懐かしいビデオ話の続き。
今回は「やっぱり猫が好き」シリーズ。
もう20年くらい前になるでしょうか。
三谷幸喜脚本のコメディTVドラマです。
もたいまさこ、室井滋、小林聡美の三人が出演し
恩田家の三姉妹という役でホームドラマを繰り広げる、という話なんですが、
これ、もう、むっちゃ好きでした。
シナリオなのか、アドリブなのか分からない台詞まわしや、シュールなドラマ展開などなど
毎回ビデオに録画して、さらに録画したものを見て大笑いしてました。
テープ、ボロボロです。
台詞のミスもそのまま放送しちゃえ、みたいな感じで、それがまた面白い。
ドラマの中の設定では
もたいまさこ=長女・かや乃、室井滋=次女・レイ子、小林聡美=末っ子・きみえ、という役なんですが
ときどき間違えて「サトちゃん」「シゲルちゃん」と本名で相手を呼んだりしてました。
そういえば、最近「生しぼり」のCMで、この三人が共演してましたね。
ドラマのときとよく似たマンションの部屋だから
たぶん、恩田家そのままの設定なんでしょうね。
懐かしい~。
思わず見入ってしまいました。
小林聡美は、このドラマがきっかけで三谷幸喜と結婚したんでしょうね。
キャラ的にも三人の中で一番おもしろかったし。私も一番好きでした。
このドラマの中で使われたギャグは
「古畑任三郎」でもときどき出てきました。
ああ、そういえば「古畑」のビデオもあったんだわ。
また眠れない夜が……。
「『あれ』 には意志がある」
老いた魔女の物思いをよそに、シヴィは言葉を続けた。
「誰にも逆らいようがない、強大な意志じゃ。それを無視すれば、遅かれ早かれ悪しき 『魔』 によって誰にとっても酷いことが起こるじゃろう。今は大人しくしておるが、それは恐らく 『背負い手』 を見つけてしまったからじゃ」
「背負い手……」
マティロウサは眉間の皺を深めた。
『水晶』 の意志。
それは一人の男を操り、『背負い手』 として相応しい者の元へ己自身を運ばせた。
『背負い手』 に選ばれた者は『水晶』の気配を敏感に感じ取り、幻視を見た。
すなわち、それは……。
「やはりそれは……あの子だと?」
そう呟く魔女の言葉には苦いものがあった。
それを感じたシヴィは、少し表情を和らげて憐れむような目をした。
「なあ、マティロウサよ。お前様はさっき 『どうする?』 とわしに問うたが、わしにはどうにも出来ん。勿論、お前様にもな」
老人は言葉を切った。穏やかな双眸を心底苦しげな気配が一瞬よぎる。
「これから先、『あれ』 を運ぶ宿命を背負ったのは、お前様が愛してやまない幼い魔道騎士なんじゃ。それはもう」 老人は目を伏せた。「どうしようもない」
老人につられるように、老魔女も足元に視線を落とした。
無邪気で屈託ないサフィラの笑顔が魔女の脳裏に浮かぶ。
やがて魔女は、重い足取りで壁際の戸棚へと近づき、小さな取っ手を引き開けて中から筒状に丸められた一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、以前サフィラとサリナスが興味を抱き、マティロウサの元から借り受けた例の羊皮紙である。結局、二人には読み解くことができずに返却し、サフィラの幻視のこともあってマティロウサはそのままそれを戸棚の奥にしまいこんでいたのだ。出してみるのは、それ以来初めてである。
「長生きするのも、考え物だね」
マティロウサは羊皮紙の紐を解きながら、ため息混じりに呟いた。そこにはシヴィに語りかけるというよりも、幾分自虐的な響きがあった。
「もしも、あと百年、いや五十年、たった一年でも早く寿命が来ていたなら、あたしもこんなことに出くわさずに済んだものを。長く生きれば生きるほど見届けなきゃいけないことが、この先もきっと増えていくに違いない。まったく嫌になる」
「それを言うたら、わしなんてどうなる」 シヴィの言葉には、いつものおどけた調子が戻っていた。
「わしはお前様より、どれだけも年上なんじゃぞ」
「お互いここまできたら、年上、年下なんて関係ないよ」
魔女や魔法使いは、老いてからの時間が長い。同じように老人の姿をしてはいるが、シヴィとマティロウサの年齢には数百年の隔たりがあるのだ。
関係大ありじゃ、と少しむっとするシヴィを目で制して、マティロウサは机の上でゆっくりと羊皮紙を広げた。
一瞬、鮮烈な魔法の輝きがマティロウサの目を刺す。たとえ魔女であっても古の息吹に満ちた魔法を目の前にしたときには、どこかしら厳粛な気分になる。
サリナスとサフィラを手こずらせた詩の文言は、マティロウサの節くれだった指になぞられて隠された魔法の封印を少しずつ露にしていった。
→ 第四章・伝説 6 へ
「うーむ……どうすればいいかの、マティロウサ」
「それを聞いてるんだよ、こっちは!」
待たされた挙句の質問返しに、魔女の口調がつい荒くなる。
「あんたね、ウチに来てから日がな一日食っちゃ寝て食っちゃ寝て、食っても寝てもいないときは訓練の邪魔までしてくれて、ちょっとは 『あれ』 のことを考えているのかと思えば、何も考えなしかい! 何しに来てるんだよ、あんたは!」
「またそうやって怒る……」 シヴィが拗ねたようにそっぽを向く。
「本当に気短な魔女様じゃ。わし、この家にいる間に何回怒られたかのう」
「怒られるようなことをするからだろう! あたしだって、いい年した爺さんに何度も何度も目くじら立てたかないんだよ」
「だったら、もう少し優しくしてくれてもいいのに。老い先短い老人じゃよ、わし」
「老い先短いって言葉は人間様のためにあるんだ。あと数百年は生きようっていう魔法使いが使っていい言葉じゃないよ」
「使ってみたかったんじゃもん」
この爺は。
マティロウサの忍耐が尽きかけようとしたとき、ふいに老いた魔法使いの口調が変わった。
「『あれ』 をここに置いておくわけにはいかんよ」
目の前の老人の突然の変わりようにマティロウサは居を突かれた。
いつの間にか老シヴィの目には厳粛で深遠な光が宿り、同じ魔法を生業とする魔女ですら、その輝きに軽い畏縮を感じるほどの力を放っていた。どんなにおどけて見せようと、魔法使いはやはり魔法使い以外の何者でもない。マティロウサはそれを実感せずにはいられなかった。
老人は言葉を続ける。
「放っておけば、『あれ』 は必ず 『魔』 を放つ。マティロウサ、『あれ』 を……」
老人はいったん言葉を切った。
「……あの 『水晶』 をここまで運んできた、あの哀れな男をお前も見たじゃろう」
『水晶』 という言葉を発するとき、呼んではいけない者の名を口にしたように老シヴィの口調は固かった。そして、聞いてはいけない名を耳にしたように、マティロウサの反応も同じく固かった。
言われるまでもない。
マティロウサは半月ほど前にヴェサニール国の裏に広がる彼方森からシヴィが連れてきた一人の男のことを思い出した。
痩せ衰え、正気を失って焦点が定まらない男の空ろな瞳は、たとえマティロウサの魔力がどんなに強力であったとしても決して癒せぬ狂気をはらみ、豪胆な老魔女をして気を怯ませるほどであった。
男が身につけていた荷袋の中に、『あれ』 はあった。
あの忌々しい 『水晶』 が。
男が現れたとき、ここにはサリナスがいた。そして、サフィラも。
そう、あのときサフィラは得体の知れない幻視を見て気を失ったのだ。
それは古の詩によって引き起こされた。
あれは何の詩だった?
七と一つの……。
マティロウサはみずからの考えを打ち消すように頭を振った。
だが、そうすればするほど、さまざまな考えに思いが及ぶ。
サフィラは男のことが大層気になっている様子だった。
いや、正確には、男の持つ荷袋の中身が。
いくつもの断片が組み合わさって、一つの形になろうとしていた。
それはマティロウサにとって決して好ましいとは言えない紋様を浮かび上がらせる。
→ 第四章・伝説 5 へ
「それに、あの娘も 『分かったような気がする』 と言うとったじゃないか。わしは、ちょいとあの娘の中に魔力の道筋をつけてやっただけじゃよ。跳んだのは、本人の力じゃ。何も問題なかろう?」
「こういうことはね、たとえどんなに時間がかかっても、人の力を借りずに自分自身で理解して会得するのが大切なんだよ」
「そゆこと言うとるから、お前様は会得するまでにそんな皺だらけに……ああ、ごめんごめん」
シヴィの言葉にぴくりと眉を動かしたマティロウサがゆらりと立ちはだかり、その形相を見て、シヴィは即座に謝った。老いた魔女をこれ以上刺激するのは宜しくない、と悟ったようである。
ふん、と鼻を鳴らしたマティロウサは椅子に座った。
不機嫌な表情を崩さないまま、それでも用意された茶碗の一つに手を伸ばす。
「まあ、跳ぶ方はともかく、先読みの才を先に伸ばしてやってもいいんだけどね」
先読みとは、未来に起こることを何らかの形で知る能力であり、ウィルヴァンナはもともとその才が豊かであった。『夢解き』 というウィルヴァンナの呼び名はそこから来ている。
だが、マティロウサに言わせればウィルヴァンナの能力はまだ不安定で、未知の出来事を漠然と知り得たとしても、それを適切に解釈して正しく読み取る力にはまだ欠けている。
「まあ、見たところ魔力の大きい娘ではあるな」
しばらくして、老シヴィがぽつりと呟く。視線は奥の部屋、疲れ果てたウィルヴァンナが眠っている筈の部屋へ続く扉に注がれている。
「もって生まれた力とはいえ、あれだけの力を御するのは、なかなか大変じゃろうて」
「だからこそ使い方を覚えなくちゃいけないんだ。使わなきゃ膨れ上がっていくばかりだし、使い方を間違えるととんでもないことになる」
「うーむ」 シヴィが茶碗を手の中で回しながら唸った。
「たとえ手があっても指の動かし方を知らなければ、物も掴めぬ、というところか」
「物を掴むだけなら教える必要もないけどね。掴んだ物をどのくらい力を入れて振り回せばどのくらい飛ぶのか、どのくらい力を入れればどのくらいの物を持ち上げられるのか、それを理解するのが大事なのさ」
「すごいのう、マティロウサ」 シヴィが感心する。「まるで先生みたいじゃな」
「他人事みたいな顔するんじゃないよ。あんただって同じ立場だろ」
「わし、弟子なんていないもん」
あくまでも呑気顔で太平楽を決め込むシヴィの様子に、気楽なことを、とマティロウサは匙を投げたようである。
しばし沈黙が場を支配し、やがてマティロウサが改まった顔でシヴィへ向き直る。
「……で?」
「ん?」 とシヴィ。
「ん、じゃないよ。『あれ』 を」 マティロウサは隣の部屋を目で示した。「どうするつもりなのさ」
「ああ、『あれ』 ね。そうじゃなあ……」
シヴィはゆっくりと顎に手をやり、思案顔で目を閉じた。
その表情は迷っているようでもあり、困っているようでもあったが、元が笑い顔であるため、さほど真剣味が窺われないのがマティロウサには苛立たしい。
答えようとする方、答えを待つ方、いずれも知らず知らずのうちに隣の部屋へ視線を向ける。
扉に閉ざされていて見えないが、部屋の中にある机の上には、数ヶ月前に一人の男が瀕死の状態で持ち込んだ品が小箱の中に厳重にしまわれている筈だった。
→ 第四章・伝説 4 へ
まだ細かいところは「どうしようかなー」と迷っている状態ですが
とりあえず進めることにしました。
行き当たりばったりの連中ですが
またしばらくの間、見守ってやってくださいませ。
その声に正気を取り戻したウィルヴァンナは、自分を覗き込んでいる魔女の顔に気づくと、少し興奮したように魔女の腕にすがった。
「見えたような気がしました。どうすればいいのか、少しだけ見えたような気が……」
「……そうかい」
マティロウサは、上気したウィルヴァンナの顔をしばらく見つめていたが、やがて観念したように深く息をついて言った。
「その感覚を忘れるんじゃないよ。今はたまたま」ちらりと老シヴィに目をやる。
「余計な爺さんが手を出したから出来たようなもんだからね。いずれは自分で自分の力を回すことをちゃんと覚えなきゃならないよ」
「はい、マティロウサ、はい」
ウィルヴァンナはまだ気分の高揚を抑えきれない様子であったが、やがてそれを上回る疲労感が少しずつ全身に襲い掛かかってくるのを感じ、息を荒くした。
「今日はここまでだ。もう休んだ方がいいね」
マティロウサの言葉に小声で何とか返事をすると、ウィルヴァンナは魔女の手助けを借りてふらりと起き上がり、そのままよろよろと家の中へ戻っていった。
魔女はしばらくの間その後ろ姿を見ていたが、ため息をつくと自分ものろのろとその後を追った。
後ろ手に扉を閉めたマティロウサは、部屋の中を見て軽く目を見開いた。
先程起こった風によってあらゆる物が散乱していた部屋の中はきちんと片付き、書物も巻物もすべてあるべき物があるべき所に収まっていた。
おまけに机の上には、さっきまでなかった筈の茶碗が二つ、どちらにも淹れたてのアサリィ茶が並々と注がれて湯気を上げていた。
シヴィの仕業である。
魔女はそれを一瞥して、不機嫌そうに言った。
「ふん、ご機嫌取りのつもりかね」
「まあ、そう言わんと」 シヴィが椅子の上に腰掛けながら、片方の茶碗に手を伸ばす。
「お前様も一息入れたがいい、魔女殿」
「まったく。『見てるだけ』 って言っただろう? それを余計な手出しをして。いくら 『跳ぶ』 のがあんたの得意技だからってね、勝手なことをしてもらっちゃ困るんだよ」
「だから、ちょっと手伝っただけだと言うとるのに」
自分自身を今いる場所から別の場所へ移動させる、つまり魔法使いの言葉では 『跳ぶ』 と言われる魔法の訓練をウィルヴァンナが行ったのは初めてである。その訓練に、見たい見たい見るだけ見るだけ、と騒ぐシヴィを同席させたはいいが、結局、大人しく見るだけでなかったのは先程起こった出来事の通りである。
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