「それに、あの娘も 『分かったような気がする』 と言うとったじゃないか。わしは、ちょいとあの娘の中に魔力の道筋をつけてやっただけじゃよ。跳んだのは、本人の力じゃ。何も問題なかろう?」
「こういうことはね、たとえどんなに時間がかかっても、人の力を借りずに自分自身で理解して会得するのが大切なんだよ」
「そゆこと言うとるから、お前様は会得するまでにそんな皺だらけに……ああ、ごめんごめん」
シヴィの言葉にぴくりと眉を動かしたマティロウサがゆらりと立ちはだかり、その形相を見て、シヴィは即座に謝った。老いた魔女をこれ以上刺激するのは宜しくない、と悟ったようである。
ふん、と鼻を鳴らしたマティロウサは椅子に座った。
不機嫌な表情を崩さないまま、それでも用意された茶碗の一つに手を伸ばす。
「まあ、跳ぶ方はともかく、先読みの才を先に伸ばしてやってもいいんだけどね」
先読みとは、未来に起こることを何らかの形で知る能力であり、ウィルヴァンナはもともとその才が豊かであった。『夢解き』 というウィルヴァンナの呼び名はそこから来ている。
だが、マティロウサに言わせればウィルヴァンナの能力はまだ不安定で、未知の出来事を漠然と知り得たとしても、それを適切に解釈して正しく読み取る力にはまだ欠けている。
「まあ、見たところ魔力の大きい娘ではあるな」
しばらくして、老シヴィがぽつりと呟く。視線は奥の部屋、疲れ果てたウィルヴァンナが眠っている筈の部屋へ続く扉に注がれている。
「もって生まれた力とはいえ、あれだけの力を御するのは、なかなか大変じゃろうて」
「だからこそ使い方を覚えなくちゃいけないんだ。使わなきゃ膨れ上がっていくばかりだし、使い方を間違えるととんでもないことになる」
「うーむ」 シヴィが茶碗を手の中で回しながら唸った。
「たとえ手があっても指の動かし方を知らなければ、物も掴めぬ、というところか」
「物を掴むだけなら教える必要もないけどね。掴んだ物をどのくらい力を入れて振り回せばどのくらい飛ぶのか、どのくらい力を入れればどのくらいの物を持ち上げられるのか、それを理解するのが大事なのさ」
「すごいのう、マティロウサ」 シヴィが感心する。「まるで先生みたいじゃな」
「他人事みたいな顔するんじゃないよ。あんただって同じ立場だろ」
「わし、弟子なんていないもん」
あくまでも呑気顔で太平楽を決め込むシヴィの様子に、気楽なことを、とマティロウサは匙を投げたようである。
しばし沈黙が場を支配し、やがてマティロウサが改まった顔でシヴィへ向き直る。
「……で?」
「ん?」 とシヴィ。
「ん、じゃないよ。『あれ』 を」 マティロウサは隣の部屋を目で示した。「どうするつもりなのさ」
「ああ、『あれ』 ね。そうじゃなあ……」
シヴィはゆっくりと顎に手をやり、思案顔で目を閉じた。
その表情は迷っているようでもあり、困っているようでもあったが、元が笑い顔であるため、さほど真剣味が窺われないのがマティロウサには苛立たしい。
答えようとする方、答えを待つ方、いずれも知らず知らずのうちに隣の部屋へ視線を向ける。
扉に閉ざされていて見えないが、部屋の中にある机の上には、数ヶ月前に一人の男が瀕死の状態で持ち込んだ品が小箱の中に厳重にしまわれている筈だった。
→ 第四章・伝説 4 へ