マティロウサの指が詩の途中で動きを止める。目で追ったのは次の一節だった。
善ならぬ者の思いに染まりし七と一つの水晶に
七と一人の勇士たちの魂は封ぜられ
やがて行方も知れず 何人の目にも触れず
ただ静かに時を待つのみ
「時を待つのみ……」
マティロウサの口から思わずため息がもれる。
千年も前に創られたと伝えられる、一つの詩。
この詩を創り上げた者にとって、待つべき『時』とはどれほど後の時代を意図していたのだろう。
そして、自分自身がその時代に生き合わせないことを幸運に思っただろうか。
あるいは、その時代に忌々しい運命を負うべき者を思って嘆いただろうか。
やり切れない。
マティロウサは目を閉じた。
シヴィの言葉が真実を語っているとしたら、サフィラにどのように話せばいいのか。
「……来る」
突然、シヴィが静かに言った。マティロウサが、はっと身じろぎする。
「シヴィ?」
「来るぞ、マティロウサ……」
「来るって、何が?」 マティロウサは思わず身を固くした。
「シヴィ! 何が来るって聞いてるんだよ!」
シヴィはそれに答えない。
シヴィの目は一点を見つめ、視線の先に何かを読み取ろうとしている光があった。
「近い……!」
マティロウサが息を呑んだそのとき。
ガタンと家の外で物音がした。
「来たか……」 とシヴィ。
一体何が来た?
『水晶』 に関わる災いか?
それとも、より忌まわしい何か?
マティロウサが、この魔女にしては珍しく心臓が激しく波打つ心地で扉の方に目を向ける。
そして、その視線の先に現われたのは。
「夜分遅くに失礼する、マティロウサ」
馬をつなぐのもそこそこに息を切らして、しかし礼儀正しく挨拶することだけは忘れずに扉から顔を覗かせたのは、老いた魔女がこの上なく見知っている黒髪の若き魔道騎士であった。
マティロウサはサリナスの顔をしばらく見つめた後、険悪な面相でシヴィへと目を向けた。
ほーら来たじゃろ?、と、マティロウサの凍てつく視線に答えるように、老シヴィが得意げにマティロウサへ笑顔を向ける。
「わしの予感はよく当たる……おおっ、痛いっ」
マティロウサは皆まで言わせず、意味深なことを口走って肝を冷やりとさせた老シヴィの頭を力任せに小突き上げた。
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