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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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 「確かに、夫人と渡邊は同時期にカレッジに在籍していました。
深い親交があったのも事実です。
しかし、言っておきますが、そのような希薄な縁故だけで
渡邊が現在のポジションに迎え入れられたわけではありません。
もちろん、夫人の推挙はありましたが、
渡邊自身、求められるに足る明晰な頭脳と柔軟な発想を持っていた。
何しろ、カレッジ時代から専門分野の研究者達に注目されていたほどですからね。
多くの名だたる研究機関から卒業後の進路について引き合いがあったと聞いています」
 
「それは凄い」
 
「まあ、優秀な人材というのは、どこでも喉から手が出るほど欲しがるものです。
最終的にハコムラが渡邊を得ることができたのは、私としても非常に喜ばしい限りです」
 
『喜ばしい』 という言葉の意図は、どこにあるのだろう。
言葉通り、純粋にハコムラという企業にとって渡邊が有用な人間であるという意味なのか、
あるいは、『極秘研究』 を進める上で渡邊の頭脳が役に立つ、という本音か。
まあ、今の段階ではどちらでもいいことだが。
諛左は言葉を続けた。
 
「しかし、優秀な人材というなら、笥村夫人もその称号に値するのではありませんか?
何しろ、17歳で天下のセントラル・カレッジに入学された程の方ですから」
 
 
セントラル・カレッジ、通称 『CC』 は、特殊なシステムを持った国の教育機関である。
『カレッジ(大学)』 という肩書きが付いてはいるが、一般的な 『大学』 としての機能はなく、
どちらかといえば、実態は 『大学院』 に近い。
在学者の多くは、一度他の大学を卒業した者達であり、
さらなる学術の研鑽・探求の場を求めた彼らが門を叩く最終学府、
それがセントラル・カレッジであった。
入学資格を与えられるのは、原則として大学卒業者に焦点を当てた22歳以上の若者であるが、
同等の知識・技術レベルに達する者であれば、
年齢条件を満たさない早熟な才能に対しても、
いわゆる 『スキップ』 が認められ、門戸が広く開かれている。
もっとも、入学審査の難度を考慮すれば、その広さは 『狭さ』 と同義語なのだが。 
 
その難関を見事にクリアしたのが、
17歳にしてカレッジ生の仲間入りを果たした笥村麻与香というわけである。
 
ついでに言うなら、
諛左の上司である J も同様の経歴を持つ 『優秀な人材』 の一員である……筈なのだが、
どうやらこちらの方は、自らの 『優秀さ』 と、それを維持するための 『努力』 と 『忍耐』 を
人生のどこかの時点で置き忘れて(あるいは、捨て去って)しまったらしい。
現在の本人を見る限りでは、CC の栄光とは無縁の生き方に至極満足しているようである。
 
それに反して、笥村麻与香は、
誰にも真似できない方法で、CC を飛び立った。
つまり、ハコムラ・コンツェルン総帥・笥村聖との結婚である。
2人が電撃入籍した件は、当時ニホンから遠く離れた地にいた諛左の耳にも、
ワールド・ワイドなニュースの一つとして伝わってきた程だった。
もっとも、諛左にとっては何の興味も持てない話題ではあったが。
 
 
十代で CC への入学を認められた程の頭脳の持ち主・笥村麻与香に関して、
しかし狭間のコメントは、やはりどこか滑らかさを欠いている。
 
「まあ、仰るとおり……そうですね、あの方も優秀と呼ぶに相応しい、とは思います。
当時の年齢を考慮すれば、むしろ渡邊よりも才能豊かであった……と言えるでしょうな」
 
また、『あの方』 呼ばわりである。
どうも笥村麻与香の話題になると、
狭間の心の中で何らかのスイッチが無意識のうちに ON・OFF の切り替えを行ってしまうようだ。
 
「カレッジ在籍中にあの方が書いた論文を幾つか読む機会がありましたが、
どれも仮説段階ではあったものの、理論的には破綻のない素晴らしい内容のものばかりでした。
もっとも、あまりに斬新すぎて、頭の固い教授連中の受けは良くなかったようですがね」
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「確かに C&S の最高管理者は私です。
しかし、ミスター・ユサ。それは名義に過ぎない。実権はほとんどありません。
現在の C&S は、すべて現所長であるアルヴァニー・渡邊の采配で機能していて、
私は、まあ、いわば意見番というところです。
何といいますか……C&S には長期的な研究課題が山積みでしてね。
私が所長を勤めていた頃から引き続き行われている実験も多々残っている。
そういった諸事情があるので、総帥秘書を拝命したからといって、
これで無関係、後は任せた、というわけにはいかないのですよ。
それで、その、兼任という立場をとらざるを得ず……つまりは、そういうことです」

どこか言い訳めいている。
尋ねてもいないことを次々と明かし、その癖、歯切れが悪い。

「ですから、現在の私の職務には何の支障もない。
たとえ C&S の件があろうがなかろうが、私の多忙さは何ら変わるところがないのですよ」

「成程」

またもや凡庸な相槌を諛左は繰り返す。
狭間の言葉に納得している様子を見せつつ、心の中では何かが引っかかっていた。

狭間は何かを隠そうとしている。
諛左は直感した。
多弁によって相手を煙にまく。
狭間をそう評したのは阿南だが、煙にまこうとするのは、相手を惑わせ、目をそらせるためだ。
何から遠ざけようとしているのか。

今日ここを訪れた目的は、聖失踪についての情報を得ることだが、
いまや諛左の意識は、狭間が話し渋っている(ように見える)何かに向けられている。

これでは鳥飼那音の思う壺だ。
諛左は心の中で苦笑する。
あの男が知りたいのは、狭間が関わっているらしい 『極秘事項の研究』 の正体だ。
J に近付き、手を組もうと提案したのも、それを調べさせるためだろう。
聖の件に何ら関係があるとは思えない。
それは昨夜 J とも話したとおりだ。

だが。

しばらく黙考した後、そういえば、と思いついたように諛左が口を開く。

「C&S 現所長のミス・ワタナベと笥村夫人は……
セントラル・カレッジ時代の同窓だそうですね」

本来の目的から一層遠ざかることを承知の上で、諛左は別の話を切り出した。
C&S の話題に対して、明らかに狭間は触れられたくない、という拒否反応を示している。
グラス・ファイバー製の男が見せた、かすかな動揺。
それを隠そうとするからこそ、煙にまく。
その動機が、鳥飼の邪推する 『研究』 にあるかどうかは判らないが、
狭間が敬遠するポイントをさらに掘り下げてやったら、どんな反応を見せるのか。

少々意地の悪い諛左の意図から生まれた質問だったが、
諛左が予想したとおり、狭間の表情はさらに渋いものになる。

「それもミスター・トリガイからお聞きになったので?」

「いえ、これはフウノから」

諛左は嘘をついた。
本当は狭間の言うとおり、昨日鳥飼那音が J に打ち明けた情報の一つである。
鳥飼の名が挙がるたびに、狭間の顔には非好意的な感情が浮かび、態度が硬くなる。
この上、口まで堅くなってもらっては困る。
そう考えての、とっさの嘘である。

そもそも、カレッジ時代の笥村麻与香の交友関係など、J が知るわけがない。
麻与香がどの学部にいたのか、何を専攻していたか、
そんな基本的なことすら、鳥飼からの情報によって昨日初めて知ったくらいなのだ。



→ ACT 8-9へ

数秒間の微妙な沈黙の後、諛左から目をそらした狭間は、ふむ、と切り出した。

「研究所というのは、つまり?」

「もちろん、ハコムラ・ケミカル・アンド・サイエンスのことですが。
そう伺いました。違いましたか?」

「いや……」

再び狭間が口を閉ざす。
それまでの能弁さとは対照的なその姿には、
より一層慎重であろうとする狭間の心情があからさまに見て取れる。

この場で C&S の話題を持ち出したことについて、
諛左に何らかの意図があったわけではなかった。
たとえ狭間が C&S の金を実際に使い込んでいようといまいと、それはどうでもいいことで、
自分達にとって本筋である聖の捜索に関係があるとは思えない。
少なくとも、1分前まではそう考えていた。

だが、それにしては。
どう返答すべきか逡巡している様子の狭間を見て、諛左は思った。
その話については触れられたくない、そんなオーラが狭間の身体からほのかに立ち上っている。

「よく、ご存知ですね」

ようやく狭間が口を開き、諛左の言葉をあっさりと認めた。
しかし、その目からは先程までなかった迷いのような、焦りのような微妙な感情が
ちらちらと覗いて相手を伺っているかのような、そんなふうに諛左には見えた。

「しかし、そのこと……つまり私が C&S の管理責任者であることについては、
ハコムラ内部の者しか知らないと思っていましたが……夫人からお聞きに?」

「いえ、実は夫人の叔父上から」

「……ああ、ミスター・トリガイね」

一瞬の躊躇の後、納得の表情を浮かべた狭間が軽く鼻を鳴らす。

「ミスター・トリガイか……。
どうも、あの人は……ハコムラの役員であるにも関わらず軽挙妄動が多い。
本来なら外部の人間に言わずともよいことを、何の疑問もなく口にするものだから……」

まったく、と呟く狭間の口調は、
得心と、反感と、不愉快と、諦めと、そういったものが複雑に混ざり合っている。
眉間に寄せられたシワが一層深くなり、
その表情から、この男が鳥飼那音の存在を決して快く思っていないことが容易に見て取れた。

諛左からすれば、
笥村麻与香も鳥飼那音も程度の差はあれ同じカテゴリー内に属する人種である。
享楽的で、自由で、掴みどころがない。
狭間の方でも、そう思っているのだろう。
笥村麻与香が苦手だ、という狭間の言葉が真実なら、
きっと鳥飼那音のことも苦手に違いない。

窺うような諛左の視線に気づいた狭間は、取って付けたように2、3度咳払いをした。
神経質そうに、またもや眼鏡に触れる。

「ああ、誤解のないように。
別に私と C&S との関わりが極秘事項である、というわけではありません。
今でこそ総帥秘書という身分をいただいていますが、
元々私は C&S の所長でしたからね。
恐らく、そのこともミスター・トリガイからはお聞き及びでしょうが。
しかし、現在では別の者が所長として実務管理をしています」

「ああ、女性の方ですね。確か、ミス・ワタナベという」

「……本当によくご存知だ」

忌々しげな表情が狭間の顔面に浮かぶ。
目の前にいる諛左へ向けられた感情なのか、
あるいは喋りすぎる男・鳥飼に対する怒気の表われか。
多分、どちらも含まれているのだろう。



→ ACT 8-8へ

「ところで 『例の件』 についてですが」

閑話休題とばかりに、諛左は次の話題を持ちかけた。
会見時間は限られている。
話が尽きぬのをよいことに時間を延長するような男では、狭間はない。

「コンツェルンの上層部の方々は、勿論 『事実』 をご存知なのでしょう?
世間的にはトップ・シークレット事項なのかもしれませんが、
社内の、しかも近い位置に属する方々にとっては
知らずに済まされることではないですから」

そうでもありませんよ、と狭間は皮肉な表情を見せる。

「勿論、私を始めとする総帥の秘書連中には、その 『事実』 とやらを伝えてあります。
他には、トップ・テンの役員達……ああ、トップ・テンというのは内部での呼称でしてね。
代表的な系列会社10社からなるハコムラの経営陣です。
といっても、単純に売上による貢献度を基準に選ばれた企業ばかりですがね。
とにかく、知っているのはそのぐらいでしょう。
知ったところで、トップ・テンの老人連中に何ができるわけでもありませんが。
先程も言いましたが、連中はさほど有能とはいえません。
総帥の身を案じてはいても、まあ、本当に案じているかどうかは別ですが、
今後どうするかについての具体的な考えなど、ないに等しい。
自分以外の 『誰か』 が考えてくれるだろう、そう思っているわけです」

「成程、それで、その 『誰か』 に選ばれたのが」

そう私です、と狭間は鼻で笑った。自嘲的な笑みである。
それは災難ですね、と諛左が相槌を打つと、狭間の笑みはさらに深くなる。

「取り急ぎ、夫人にも相談し、替え玉 《ダミー》 を立てることで急場をしのいできましたが……
所詮、ダミーはダミーです。コンツェルンに関する実務を任せるわけにもいかない。
極力ダミーは表に出さないようにして、裏では諸々の業務を私が取り仕切る。
このような状況になって、今さらながら総帥のタフさを思い知りましたよ。
恐ろしげなスケジュールを、よくもあんなに楽しそうにこなしていたものだ。
何しろ、このハコムラ本社だけでなく、系列企業も含めれば数十社にもなる。
もちろん、内部の管理だけではない、いまやハコムラはニホン経済界の頂点ですから
当然対外的な活動も多々あるわけです。
月並みな表現ですが、身体が3つも4つもあれば、と何度思ったことか。
おまけにこちらは 『例の件』 についての捜索も進めていかなくてはならない」

まったく何とも、という意味のない台詞で狭間は発言を閉めた。
どうでもよい個人的な不平の類になると、狭間の口は滑らかになるようだ。
諛左が言葉を挟む隙もない。
誰にも言えない分、ここぞとばかりに目の前の訪問者に憤りをぶつけているだけかもしれないが。

しかし、聞きたいのは狭間のやるせない重責感についてではない。

成程、と諛左は相変わらずの相槌を打って狭間の不満をやり過ごした。
便利な言葉だ。
『成程』 と一言、したり顔で頷けば何故か相手は納得する。
今日は何回口にしただろう。

「ハコムラの経営管理、『不明者』 の捜索、
すべてがミスター・ハザマお1人の肩にかかっている、というわけですね。
失礼な言い方ですが、第三者の私などからしても、
それがどれだけ大変なことか想像がつきますよ」

「投げ出すわけにもいきませんからな」

狭間が憮然と答える。
お前などに判るか、と言いたげだ。
判ってたまるか、と心の中でやり返し、表情は平静なまま諛左は言葉を続けた。

「そういえば、ミスター・ハザマは首席秘書というポジション以外にも
ご自分が責任者として管理されている研究所もお持ちだとか……。
そちらの方もないがしろにはできないでしょうから、一層多忙を極められたことでしょうな」

「研究所?」

狭間の視線がすっと細くなり、諛左にロック・オンされる。

何気ないふうを装って切り出したつもりだが、狭間の反応は過敏だった。
好意的とはいえない感情が、きつい光となって諛左を見据えている。

ヤブヘビ、という古い諺が諛左の頭に浮かぶ。
話題のセレクトを誤ったか。
……いや、正しかったのか?
諛左は少しだけ躊躇した。



→ ACT 8-7へ

「真意……」

そう呟いたきり、狭間は黙り込んだ。
不平めいた台詞が多い男だが、慎重になるべき瞬間はわきまえているようで、
そんな時は口を開く前に、話すこと、話さざることを選り分けるための時間が必要らしい。
そのための沈黙なのだろう。

しかし、今回の沈黙は狭間に何のインスピレーションももたらさなかったようだ。
答えが見つからない解答者のように、視線を落として小さくため息をつく。

「……『あの人』 の真意など、誰にも判りませんよ」

あの人。
『夫人』 から 『あの人』 への変化。
そこにどんな心理が隠れているのか諛左には断定しかねたが、とりあえず口は挟まない。

「あの人はね、理屈じゃないんですよ。言動も、発想も、普通じゃない。
ああ、普通じゃない、というのは、異常という意味ではありませんよ。自由だ、ということです。
常識とか、法律とか、世間一般で尊重されている様々なルールが、
あの人には当てはまらない。縛られないんですよ。とにかく自由だ。
人によっては、その自由さが、気分屋だ、我儘だなどと映る場合もありますが。
人並みの基準しか持たない私などから見れば、扱いづらいこと、この上ない人種です。
いや、はっきり言って……苦手ですね」

批判している、ように聞こえる。
腹立たしく思っている、ようにも見える。
だが、裏に回れば、そんな自由な笥村麻与香に何かしら羨望に似たものを抱いている。
諛左の目にはそう映った。
道を踏み外すことなく、ごく常識的な人生を歩んできた品行方正な優等生。
そんな狭間が、自分とは真逆の自由奔放な相手に抱く曖昧なコンプレックス。
恐らく笥村麻与香は、
狭間のようなタイプの人間に謂れのない劣等感を植え付ける、そういう存在なのだろう。
そして、このように相反する両者が寄り合えば、
非常識ぶりに振り回されるのは、得てして優等生の方なのだ。

「もっとも、そういう奔放さが、総帥は気に入っていたようでしたがね。
総帥にも 『自由』 を愛する同様の気質がありましたし、まあ私に言わせれば」

似た者夫婦といったところでしょう、と狭間は眼鏡のフレームに手を掛けて
意味なく1、2度それを持ち上げる。

「ですから、ミスター・ユサ。先程あなたは、夫人の真意を問われましたが」

『あの人』 から 『夫人』 へ戻っている。
狭間の中で、感情の軌道修正が行われたようだ。

「あなた方への依頼を決めたのは、夫人の一存ですから。
残念ながら私には、夫人の考えていることは正直言って判りかねます。
事前に相談を受けたわけでもありませんし。
それでも強いて真意を問われるなら、そうですね、
夫人の気紛れ、といったところでしょうか。甚だ非論理的な解答ですが」

『あの女は気紛れだから』

これまでに何度も J が口にしていた同様の台詞を諛左は思い出した。

ロジカルか否か、それは置いておくとしても
狭間と J という異なるタイプの2人の人間から、図らずも同じ意見が出たということは、
恐らくその見解は当たっているのだろう、と諛左は思う。
どちらも根底に何らかの個人的な感情を含んでいるとしても。


成程、と短く答えることで、諛左はその話題を打ち切ることにした。
もともと、どうしても聞きたかった話ではない。
単なる前置きだ。

少し喋りつかれたのか、狭間は大きくため息をついて
眼鏡を外すと顔全体を片手で撫で上げた。
その、つるりとした仕草が、やはり諛左に蛇のイメージを思わせる。
あるいは、グラス・ファイバー製の人形か。



→ ACT 8-6へ

「ところで、ミスター・ハザマ」

狭間が口を閉ざすのと入れ替わるように、今度は諛左が口を開く。

「今回伺ったのは他でもない、あなたも先程口にされた 『例の件』 について、
笥村麻与香夫人から我々に依頼があったためなのですが……
それについては、お聞き及びでしょうね?」

聞いていますよ、とグラス・ファイバー製の男は即答する。
眉根に寄せたシワで、不機嫌さの度合いが増したことが知れる。

「聞いていますがね、ミスター・ユサ。
夫人がどう申し上げたのかは存じませんが、
私個人の考えを述べさせていただくなら、あなた方にご助力いただいたところで
なんら解決の糸口が見つかるとは思えないのですよ」

いったん言葉を切る。
気を落ち着けようとするかのように深く呼吸して、狭間は言葉を続けた。

「『あれ』 以来、我々だって何もしなかったわけではない。
いろいろ手を尽くしてきたんだ、この数ヶ月というもの」

「伺ってますよ。夫人の話では、名だたる調査機関に秘密裏にコトを依頼されたとか」

「そうです。それでも、はかばかしい成果は得られなかった。
こういうことを言っては失礼かもしれないが、
ダウンエリアの片隅に居を構える小さな事務所のあなた方が、
我々を満足させるような結果を、一体どうやって導き出すことができるというんです?
どう考えても無理というものでしょう」

失礼かもしれない、どころではなく、明らかに失礼な狭間の言い様だが、
取り立てて腹も立たない諛左である。
事実だからだ。
ただ、黙って聞いている。

「それ以前に、依頼のルート自体が間違っている。
たとえ、ミス・フウノが夫人と親しい旧知の仲であったとしても、
単にカレッジ時代の親密さや睦まじさだけを理由に、
人一人探してもらおうという、夫人の発想が判らない。
しかも探す相手は、ダウンエリアの一般人とは明らかに異なる人物だ。
蒸発した夫や、逃げた飼い犬を探すのとは、まったく訳が違うんですよ」

親密さ?
睦まじさ?
事務所に戻ったら J に言ってやろう。
『お前は笥村麻与香と親密で仲睦まじい間柄らしいな』 と。
きっと J は激怒するだろう。
いい土産ができた。

腹の中で爆笑しながら、顔は神妙なままで諛左はもっともらしく頷き、
狭間の言葉が途切れたタイミングを見計らって、口を開いた。

「今あなたが仰ったことについては、実は我々自身も疑問に思うところなのです、ミスター・ハザマ。
ご指摘にもありましたように、
我々は一介の 《JACK-OF-ALL-TRADE --何でも屋--》 に過ぎません。
守備範囲もダウンエリアに限ります。
人探しの経験がないわけではありませんが、至って小規模な事例ばかりです。
ですから、ハコムラ総帥夫人ともあろう方が、
カレッジ時代の親交だけを頼って我々に話を持ちかけるとは、
とても考えにくい。いや、考えられない」

狭間を真似たわけではないが、諛左も途中で言葉を切った。

「本日伺ったのは、『例の件』 についてご意見をお聞きしたいという目的の他に、
夫人の真意を確認したい、という意図も、実のところ少々ありましてね」



→ ACT 8-5 へ

プロフィール
HN:
J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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