まあまあ、と老シヴィが小突かれた頭をさすりながら、なだめるようにマティロウサに声をかける。
「マティロウサ、そのくらいにしておいてはどうじゃ。これ以上小言を続けると、皆ますます恐れ入って、お前様を訪ねてきた理由さえ語ることもできん」
「どうせ、ろくな理由じゃないさ」 マティロウサが鼻を鳴らす。
「しかも、厄介そうなのが一人増えてるし」
マティロウサはフィランデの王子へ冷たい視線を向ける。
タウケーン王子は老魔女の辛辣な視線を避けるように周囲に目を泳がせ、せめて先ほどまで姿を見せていた若い方の魔女がこの場にいればいいんだが、と心の中で密かに考えていた。マティロウサに言われてウィルヴァンナが再び奥の部屋に消えたのは、つい先刻のことである。
「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着かんかな」 とシヴィが人数を数え出す。
「ひい、ふう、みい……と。マティロウサ、アサリィ茶を五人分」
「あたしが入れるのかい?」
その積もりならただじゃおかない、とでも言わんばかりの形相でマティロウサがシヴィを睨む。
「ああ、それなら私が」
何となく心にやましいところがあるサフィラが席を立ちかけたが、お前は座ってろ、とサリナスがその腕を掴んで引き戻す。
「長居する積もりはないんだ、マティロウサ」
サフィラが逃げないように腕を掴んだまま、サリナスが改めて口を開く。
「実はあなたにぜひ聞いてもらいたいことがあって」
「いや、サリナス、それは私の口から言う」
このお堅い男に説明させたら、どうしたって自分が悪者になってしまう。それはマズイ、とサフィラは慌ててサリナスの言葉を遮ろうとする。
「私がちゃんと話すから」
「だめだ」 サリナスはきっぱりと言った。
「どうせお前は自分の良いように話を持っていこうとするに決まっている。さっき俺に話したように」
長い付き合いゆえに、サリナスの方もサフィラの性格を充分把握していた。
しかしサフィラも負けじと言い返す。
「そんなことはない。第一、私自身の話だぞ。お前にある事ない事言われては私の立場がない」
「ある事ない事とはよく言う。全部ある事ばかりだろうが」
「失礼な。私にだって言い分はあるぞ」
収まりかけた二人の言い争いに再び火がつきそうな気配が濃くなったとき、マティロウサが拳で机を力任せに叩き、瞬時にして二人を黙らせる。その音にタウケーンまでもが身体をびくりとさせ、怖い魔女様だな、と聞こえよがしに呟いた。
「それで?」
ぶっきらぼうにマティロウサに促されたサフィラとサリナスは顔を見合わせ、不承不承サフィラは語り手の役割をサリナスに譲った。サフィラとしては、先ほど心の内をサリナスに指摘されてしまったこともあり、後ろめたさも手伝って何となく肩身が狭いのである。
サリナスの話はさすがに簡潔で無駄がなく、話題の主であるサフィラですら文句のつけようがないほど事実のみを語っていた。隙あらば口を挟んでやろうと狙っていたサフィラだったが、その余地もないことに腹が立ったくらいである。
マティロウサは半分目を閉じながら無愛想に耳を傾け、それとは対照的に老シヴィは好奇心満々の表情を浮かべて話に興じている。
「……というわけで、俺としては是非あなたにサフィラを止めてほしいんだ、マティロウサ。老シヴィでもいい。とにかく、サフィラがやろうとしていることは、良くないことだと思う」
やがてサリナスが語り終えると、マティロウサはしばらく黙ったまま、ちらりと老シヴィに目を向ける。同時に老シヴィの方も、マティロウサに意味ありげな一瞥を投げた。一瞬のうちに両者の間で交わされた視線に気づいた者はいない。
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