「心して聞くがよい。ヴェサニールの魔道騎士サフィラよ」
サフィラを気遣わしげに見つめた老シヴィは、それでも語ることを止めなかった。その口調は、いまや厳粛で堂々たる響きを含んでいた。
「そして、知るがよい。かつて、この世界で何が起こったのか。そして、今これから、何が起ころうとしているのか」
老いた魔法使いは静かに語り始めた。
「その上(かみ) ナ・ジラーグというありて
かの地ダルヴァミルにとどまり
奇しく織り成す数多の彩を縒り集めて
七と一つの水晶を造れり……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遥か昔。
人々の記憶にすら上らぬ、遠い昔のこと。
世界の最果てに、風の音も届かぬ不毛の地があった。
命ある者、心ある者は決して寄りつかぬその地はダルヴァミルと呼ばれ、枯れた土塊と禍々しい大気だけを住人としていた。
人々は、不吉を込めてその最果ての地を「呪われた地」と呼び、やがて口の端に掛けることすら憚るようになった。
その最果ての地に、一人の魔者がいた。
名をナ・ジラーグという。
ナ・ジラーグは魔の者。
夜空に現われた月が凍えるほどの美貌の者。
そして、陽が光をひそめて暗く惑うほどの善ならぬ者。
強大にて凶大なる力を以って、世に災いをもたらす者。
野を駆り、天を越え、かの魔者が食らうのは人の命に宿る心の灯火であった。
散りばめられた呪いに、弱き人々は惑い乱れ、国は滅び、やがて大地も荒廃した。
不毛はダルヴァミルのみにとどまらず、すべての世界が瀕死のため息に喘いでいた。
しかし、絶望あるところに、希望もあった。
時を同じくして誕生した七と一人の勇士達がいた。
気高き心を以って世を憂う勇士達。
人に生まれ、人に在らぬ力を持つ勇士達がいた。
世界の嘆きを知る七と一人の勇士達は、かの魔の者が住まう最果ての地をめざした。
我が身の平穏を打ち捨て、彼らは故郷を離れ、城を発ち、野をさすらった。
沈む夕陽と明ける朝日を追いながら、ナ・ジラーグを求めてやがて最果ての地に至った。
かの魔の者は、七と一人の勇士達を迎え撃った。
幾星霜もの時を経たナ・ジラーグの力は強大で智恵は聡く、七と一人の勇士の力を合わせても、その闘いは永きに渡って不毛たる最果ての地を揺るがすこととなった。
やがて両者の力が尽き、いずれも満身創痍に精も果てようとしたとき、最後の力を振り絞って勇士らはナ・ジラーグを討ち果たした。
ヴァルダミルにてナ・ジラーグは敗れ、その魂はこの最果ての地に墜ちた。
世界は、かの魔の者と呪われた地の呪縛から解き放たれ、かくして平穏の時代が到来した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……と、ここには語られておる」
突然、平淡な口調に戻った老シヴィの枯れた声が、サフィラを一瞬にして現実に引き戻す。
古の詩の文言をそのまま読み進めていたにもかかわらず、老シヴィが紡ぎ出す言葉は、まるでそれ自体に魔法が宿っているかのように、在りし日の光景を鮮明にサフィラの脳裏に浮かび上がらせていたのだ。
サフィラは少し酔ったような感覚を覚え、二、三度頭を振った。
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