「かの魔の者の身体は呪われた地で確かに朽ちた。しかし、意識は水晶とともにまだ生き永らえておる。そして……待っておるのじゃよ」
「……何を」
かすれた声でサフィラが問うた。鼓動はこれ以上ないほどに早まり、その激しさでサフィラは全身が揺れているような錯覚を覚えた。
シヴィはそれには答えずに、目の前の羊皮紙を指でなぞった。
水晶はただ待つ
封印が解け 時が満ちるを 永遠ならぬ平穏の果てを
かの魔の者が目覚める刻印ある日まで
水晶が最果ての地へ赴く時まで
心せよ その日を 心せよ 目覚めを
旧き刻の伝説は歌う
かの妖しき魔の者と水晶の物語
七と一人の勇士の物語
シヴィが語り終えるとともに、沈黙が部屋に訪れる。
同時にサフィラの身体に起こっていた変調も、まるで幻であったかのように消え去った。それでもサフィラの顔からは血の気が失せており、病を患った後のような倦怠感に全身を襲われていた。
「サフィラ」 気遣わしげに声をかけたマティロウサが、二杯目のアサリィ茶を差し出した。
「大丈夫かい、あんた。この前ほどじゃないけど、ひどい顔だよ」
「うん……」 まだ荒い呼吸を少しずつ整えながら、サフィラは茶碗を受け取った。
「……今のが『予言』の部分か、老シヴィ?」
「……そうじゃ」
「古の魔者は消滅したのではなく、今わの際に勇士達を巻き添えにして水晶に力を隠したと?」
「そうじゃ」
「そして時が経てば、その封印が解けて再び魔者が復活すると?」
「そうじゃ」
「その 『時』 とやらが……今、だとでも?」
「……」
サフィラが冗談の積もりで尋ねた最後の問いにシヴィは答えず、ただ黙り込んだ。しかし、サフィラはその沈黙の中に肯定の意を読み取った。
再び静けさが周囲を襲う。
「……子どもを寝かしつけるどころの物語どころではないな」 ようやくサフィラは口を開いた。
「今の話を聞かされでもしたら、逆に悪い夢に襲われて眠ることなどできそうもない……もし、この 『予言』 とやらが現実に起こるのだとしたら、の話だが」
「信じられぬかの?」
シヴィが穏やかに問う。先ほどまでの暗い語調は微塵もない。
サフィラは緩慢に首を振った。
「信じられるとでも? 大昔に世を荒らした悪い魔者は勇士達に倒された。しかし、数百年後、魔者は再び甦り……それで? 一体この先、どう物語は続く?」
サフィラの語気は少しばかり苛立たしげだった。
「そして、それが私に、何の関係がある?」
サフィラが本当に聞きたいのは、そのことだった。
何故、この古の詩にかかわるときだけ、自分はおかしくなるのか。
つい先ほどもそうだった。
何故、幾度も幾度も不可解で不可思議な幻視を見るのか。
その答えは、どこにも見当たらない。
サフィラは頭を抱えた。自分がひどく混乱しているのを感じていた。
その様子を見るシヴィとマティロウサの瞳は蔭りを帯びている。
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