だが、シヴィに教えられるまでもなく、サフィラは心の内で女騎士の正体を悟っていた。
人に生まれ、人に在らぬ力を持つ伝説の勇士が存在するというのであれば、かの騎士の姿ほどそれに相応しい者はいないだろう。それは認めざるを得ない。
今や、この途方もない伝説を信じるか否かという二択はサフィラの頭の中から抜け落ちていた。
信じない、と言い張るには、先ほど目にした水晶から繰り出された波動の余韻は強力過ぎたし、美しい女騎士の幻視は鮮烈過ぎた。鮮烈ではあったが、不思議なことに女騎士のビジョンを思い浮かべることで、逆にサフィラは困惑の中に冷静さを見出すことができた。
「それで、老シヴィ」 硬いが、明瞭な口調でサフィラは尋ねた。
「この古の伝説とやらの中で、私に与えられた役回りは一体何なんだ?」
問われてちらりとサフィラを見たシヴィだが、まだその口は開こうとしない。
焦れたようにサフィラが続ける。
「まさか、この期に及んで無関係とも思えない。何かあるんだろう?」
「ふむ」
シヴィは手にしていた茶碗を机の上に置き、サフィラには答えず、マティロウサを振り返った。
「お前様の愛弟子は前向きじゃな。頼もしい限りじゃ」
しかし、マティロウサとしては手放しでシヴィに賛同する気にはなれなかった。人格的には決して成熟しているとは言えないこの幼い魔道騎士をよく知る魔女から見れば、今のサフィラには前向きというよりも半ば自棄という言葉の方が相応しい気がしたからだ。しかし、そのことは口に出さずにマティロウサは魔法使いを顎で促し、先を進めるように合図した。
それを受けて、シヴィがようやくサフィラに視線を戻した。
「さて、サフィラ王女よ。先ほどわしは 『七と一つの水晶は最果ての地へ戻ろうとする』 と言うたな」
「それが水晶の意志だ、と」 サフィラが付け加える。
「うむ、その通りじゃ。しかし、たとえどんなに意志は強くとも、水晶は自分自身の力でナ・ジラーグが待つダルヴァミルへ移動することはできない。まあ、足が付いておるわけでもないから歩いては行けぬわな。かと言って、コロコロと勝手に転がっていくこともできぬ」
シヴィは少しおどけた様子で言い、こんなときに、と言いたげなマティロウサが隣で渋い顔をする。
「そこで、水晶をかの地まで運ぶ者が必要となる」 シヴィの語調が少しずつ緩慢になる。
「そして、それを選ぶのは水晶自身じゃ……と言われておる」
選ぶ。
夢の中で、例の女騎士が同じ言葉を使っていたことをサフィラは思い出した。
『お前を選んだことを、許せとはいわぬ』
そういうことか。
サフィラはすべての疑問が氷解した。
「要するに」 サフィラはやや挑むような口調で言った。
「水晶は私に、呪われた地まで自分を連れて行け、と言っているんだな」
「うむ……」 シヴィは少し言葉を濁した。「まあ、そういうことになるかの」
サフィラは腕組みをしてシヴィを見つめた。その瞳は疑わしげである。
「……それだけか?」
そんな筈はないだろう、とサフィラの視線は言いたげである。
「それだけ、とは?」 シヴィが問い返す。
「だって、そうだろう。あれだけ大層な語られ方をして、あれだけ幻視を見せられて、その挙句が単なる運び手で済むとは思えない」
もっと厄介な役回りを寄こせというわけでは決してなかったが、いささか拍子抜けの感は否めない。
しかし、サフィラの言葉を聞いたシヴィの目がすっと細くなる。
「……簡単なことだと、お思いかな」
「そうは言わないが」
「サフィラ王女よ。あの水晶を携えてきた老人のことを覚えておるかな」
「老人?」
言われてすぐにサフィラは、半月前にシヴィがヴェサニールの裏の彼方森から連れ帰った一人の男のことを思い出した。
→ 第四章・伝説 19 へ