「何故、お前様が選ばれたのか、という質問じゃったが」
シヴィは珍しくサフィラから目をそらした。
「正直言うと、それはわしらにも分からん」
「それはまた、あっさり言ってくださる」
やや皮肉めいた口調のサフィラに、シヴィが、面目なさそうな表情を浮かべてみせた。
「水晶がどのような基準を以って背負い手を選んでおるのかは、お前様には悪いが本当に見当が付かんのじゃ。御しやすい性格の者か、波長が合う者なのか、あるいは」
シヴィはサフィラをちらりと見た。
「魔力とは異なる何らかの力を持っておる者か」
シヴィの瞳の中に、お前様は優秀な魔道騎士じゃろう? という問いが見え隠れする。だが、当然サフィラには喜ぶ気になれない。普段なら誉められれば満更でもないサフィラだが、このような状況において自分の中の力を評価されても迷惑なだけである。
「……こんなことなら、ここに来るんじゃなかったな」
サフィラは額を指で支えて俯き、その日何度ついたか分からないため息を再び吐いた。
「そんな物語を聞かされるとは、予想外だった」
元はと言えば、とサフィラは隣で眠りこけているサリナスを睨んだ。この男が魔女の家に行くなどと言い出すから。
そして、と次に反対隣のタウケーンを見る。このバカ王子が現われて話を面倒にするから。
どちらかと言えば八つ当たりに近い感情だったが、何も知らずに幸せそうに眠る二人の顔を見ていると、自分の中にわだかまる腹立ちの一つもぶつけてやりたい、そんなサフィラであった。
二人への癇癪は置いておくとして、正直、厄介なことになった、とサフィラは思わずにいられない。
これでは、当初予定していた城からの脱走どころの話ではない。
実のところ、サフィラはシヴィに聞かされた伝説の物語に対する抵抗を心の内からまだ拭い去ることができないでいた。
あり得ない。
現実味がない。
信じられない。
馬鹿げている。
否定的な意識が言葉の渦となって、次から次へとサフィラの頭の中を行き来する。
だが、それらすべてを合わせるよりも雄弁に、先ほど目にした水晶の記憶がサフィラに語りかける。
真実である、と。
そして、サフィラの脳裏には水晶が見せたあの生々しい幻視の数々が甦り、結局は、認めざるを得ないのだ。
この短時間に、信じるべきか否か、という堂々巡りがサフィラの中で何度も繰り返され、見つからない出口を探すのにも似た倦怠感がサフィラを苛んでいた。
「もしも、私が仮に 『背負い手』 であるとして」 さほど期待しない口調でサフィラは尋ねた。
「その最果ての地とやらに赴くのを私が拒んだら、どうなる? 私を選んだのは水晶の意志かもしれないが、それを実行するかしないかは、私の意志だろう? 水晶は私が動き出すまで待ち続けるのか? それとも、別の背負い手を探すのか? 私としては後者であってほしいところだが、どうも今までの話の流れからすると、運命はそれほど私に親切でもないのだろうな」
しかし、この問いは老魔法使いと老魔女の表情に更なる陰りを与え、サフィラは好ましくない答えが返ってくることを容易に予想できた。
シヴィとマティロウサは互いの顔を見合わせ、やがて重々しく口を開いたのは魔女の方だった。
「サフィラ、一度選ばれた背負い手は目的を果たすまで他の人間に課せられることはないんだよ」
「それはさっき聞いた」
「いいからお聞き」
マティロウサはサフィラの言葉を撥ね付けた。しかし、それでいて何処から話すべきか迷う瞳をサフィラに向け、慎重に言葉を選びながら話を続けた。
「水晶がかの地へ戻らんとする意志は強く、硬い。もしも背負い手がそれを無視したり、あるいは拒否したりしようものなら」
「しようものなら?」 とサフィラ。
「意識を操るか、眠りを妨げて夢に現われるか、心を奪うか……水晶は善ならぬ力を以って背負い手にそれを強制するだろう」
マティロウサはそこで言葉を切った。
「……そして、魔の影響は背負い手のみならず周囲にも及ぶことになるだろうよ」
「何だって?」 サフィラは思わず問い返した。「周囲とは、どういう意味だ?」
「言った通りの意味さ」
マティロウサは深くやり切れないため息とともにサフィラに答えた。そして、急に面を上げ強い目でサフィラを見据える。
「これを言わないでおくのは公正じゃないだろうね。いいかい、サフィラ。お前が水晶の意志に背いて最果ての地から遠ざかったままでいたら、焦れた水晶の魔は日に日に荒んで、人を狂わせることになるだろう」
マティロウサの言葉はこれ以上ない程に枯れていた。
「お前だけでなく、周りにいる人々も。分かるかい。水晶を放っておくと、ヴェサニールに災いが襲い掛かることになるんだよ」
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