「お前様がかの地へ赴き、到達したとして」
言葉を探して黙り込むマティロウサに代わって、シヴィが静かに言った。
「そこで何が起こるのか、わしらには分からぬ。魔の者の復活が、そして勇士達がどのような形で具現するのか……何もお前様に教えてやることはできんのじゃ」
「成程ね。あなた方は、こちらが聞きたくないことはいろいろ話してくれるが、肝心なことはどれも分からないんだな」
相変わらずサフィラの語調は手厳しい。
まったくじゃ、と打ち沈んだシヴィの声がそれに同意する。
「まこと面目ないことじゃ。勝手に厄介事を押し付けられて、お前様がわしらに腹を立てるのも当たり前じゃな。しかし、わしらに出来るのは伝えることだけ……。それを許してくれとは、とても言えぬ。可能であれば、お前様と代わってやりたい、と心底思う」
恐らく、それは老いた魔法使いの本心なのであろう。肩を落とすシヴィの姿に、サフィラは少しだけ罪悪感を覚えた。もともと本気で他人を恨めしく思うことができない性格のサフィラである。ただ、困惑がサフィラの心を少しばかり頑なにしている。
「……あの人と同じ事を言うんだな、老シヴィ」 サフィラは、ようやく口調を元に戻した。
「あの夢の中の人も 『許せとは言わぬ』 と私に言った」
そして、『受け入れろ』 と。
セオフィラス。白い女騎士。
では、あの美貌の騎士も、今、目の前で打ちひしがれているシヴィと同じ心境なのだろうか。
囚われの身である境遇を嘆きながらも、その運命の一端を担う役割をサフィラに押し付けたことを済まなく思っているのだろうか。
サフィラは長く深いため息をつきながら、額を机の上にコツンと乗せた。木の匂いと机に染み込んだ薬草の匂いが混ざり合って、サフィラの鼻先に届く。俯いたまま、サフィラは目を閉じた。
受け入れろ。
受け入れろ。
サフィラの頭の中で、セオフィラスの言葉がぐるぐる回っている。
まるで魔道騎士が使う呪言のように、簡素で無駄のない言葉。
ならばこれは、古の勇士が自分にかけた術なのか。
セオフィラスの深い沼の瞳が自分を見ているような気がした。
受け入れろ。
ヴェサニールの人々の顔が次々と浮かんでは消える。
少しずつ心の中が透き通ってくるのをサフィラは感じた。
そして、サフィラは目を開け、顔を上げた。
目の前にセオフィラスの幻影が浮かび上がる。
サフィラは幻影を睨みつけた。
そうするしか、ないのであれば。
「受け入れよう」
ついにサフィラは顔を上げ、声に出して言った。
そこには挑むような響きがあった。
「水晶の思惑に乗ってやろうじゃないか」
サフィラはマティロウサとシヴィの顔を交互に見た。
「運べと言うなら運んでやるさ。背負えと言うなら、災いもろとも背負ってやろう。その結果、何がどうなろうと知ったことか」
→ 第四章・伝説 23 へ