宣言にも似たサフィラの言葉は、聞きようによっては非常に頼もしいものであったが、あまりに挑戦的なその口調にマティロウサはかえって眉をひそめる。
「知ったことかって、サフィラ、お前」
何もそういきり立たなくても、という魔女の言葉を遮るようにサフィラは勢いよく立ち上がった。
「いや、マティロウサ。正直に言わせてもらえば、さっき老シヴィが言ったように、確かに私は猛烈に腹を立てている」
腰に手を当て、目の前の魔女や魔法使い以外の誰かを睨むように、サフィラは宙に目を向けた。
「だが、それはあなたたちにではなく、伝説から千年も経ったこの世の中で、こんな仰々しいやり方を用意してまで復活しようとしているバカ者とやらにだ」
バカ者じゃなくて魔の者じゃが、と呟いたシヴィを睨んで制し、サフィラは続けた。自分でも次第に気分が高揚してくるのが分かる。
「バカ者め、最果ての地で大人しく朽ちていればいいものを、わざわざ無関係の人間を巻き込むような厄介な予言を残すとはいい度胸だ。いいだろう。水晶だか伝説だか知らないが、私を背負い手とやらに選んだことを後悔させてやる」
意気込みは充分だが、少しばかり矛先が的外れなのではないか、とマティロウサは考えた。
どうやらサフィラは、この上もなく非現実的な状況への戸惑いを、この上もなく現実的な方法で片付けることに決めたようだった。つまり、怒りを露わにする方法である。
「サフィラ、喧嘩を売りに行くわけじゃないんだから」
「売ってきたのは向こうの方だ」
やんわりとたしなめる魔女にサフィラはきっ、と目を向けた。
「売られた喧嘩は買うぞ、私は」
ああ、いつものサフィラだ。マティロウサは心の中で密かに思った。
サフィラをよく知るマティロウサにしてみれば、今のサフィラが見せている極端なまでの短気さは、運命に翻弄されて脱力している姿よりも遥かにサフィラらしいと断言できた。それが少しだけ魔女の不安を和らげたが、同時にサフィラがやや自暴気味なのが幾分気にかかった。
サフィラの心境も理解できるし、それでもどうにもならない状況なのはマティロウサにも分かっていた。だが、だからと言って、当事者がこのように捨て鉢な態度を取るのは、あまり宜しくないのではないだろうか。
しかし、マティロウサの杞憂は、サフィラが次に放った言葉で氷解した。
「……こんな訳の分からない理由で、ヴェサニールに不幸を呼び入れてたまるものか」
言いたいことを言って少しは気が治まったのか、少し声の調子を落としたサフィラの言葉は、マティロウサの胸にしみた。
結局のところ、サフィラの心は健全で純粋なのだ。
自分であろうと他人であろうと、不幸になることを望まない。
サフィラはこの国を愛している。
王女だからという理由ではない。
ヴェサニールという国に生まれ育ち、この国しか知らないサフィラにとって、世界のすべてがここにある。緑なす草原、季節ごとに実りをもたらす農地、穏やかに流れる時間、素朴な人々、鳥が飛ぶ青空や小川のせせらぎに至るまで、国全体に広がる気質はサフィラと一体化し、今では分かち難いものになっていた。
その愛する国、そして愛する者に災いが降りかかることは、自分の身を切られるように耐え難いのだ。しかも、自分が原因であれば尚更である。サフィラが健全であればあるほど、その事実はサフィラを苦しめることになる。
ヴェサニールを巻き込むわけにはいかない。
そんなサフィラの痛い決意がマティロウサには手に取るように分かった。
捨て鉢にもなろうというものである。
→ 第四章・伝説 24(完) へ