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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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ここしばらく、小説の方をメインに更新していましたが、
久しぶりに私事を。


ナビ、買っちゃった。

以前もちらっと書きましたが、前から欲しいなあと思っていた
ポータブルのカーナビを、ついに買ってしまいました。

いやー、便利だわ、これ。
まだ使ってないけど、たぶん便利。
帰ってきてから、あれこれ触ってみたけど、絶対便利。

住所や電話番号からもピンポイントで行き先を指定できるし、
駐車場やコンビニ、GS の位置もわかる。
交差点付近では、レーシング・ゲームのようにリアルに立体表示してくれるし、
高速の料金も事前にわかる。
高速を使わない下道優先のルートも出してくれる。

それにポータブルだから、徒歩で持ち歩いてるときも使える。
車に乗る前に場所を設定しておけるし、
家の中で充電できる。
(車の中でも充電できるけど、ワタシ、車のシガー電源は信用してません。
煙草に火をつける時しか使わないので、電源として使うと火を吹きそうなイメージがあってコワイ)

いやはや便利。

まあ、ナビとしては、こういう機能は全部当たり前のことなのかもしれませんが、
初ナビ者のワタシにとっては、すべてが便利。

天晴れなまでの方向音痴であるワタシにとっては、
非常に心強いツールです。


そう、ワタシは方向音痴。

かつて仕事で金沢から富山に行ったとき、
その帰り道で、帰る方向を間違えて、
金沢ではなく、真逆の新潟方面へ向かって爆走し、
しかも1時間くらい気づかなかった……というくらい方向音痴。
(方向音痴以前に、初めて高速に乗ったせいもあるけれど)

フツウ間違えるか? とさんざん笑いものにしてくれた、あのときのお前にお前、それにお前。
今なら、このナビ様があるから、絶対間違えないぞ。
(というか、ナビがなくても、そこまでひどく間違えることは、もうありませんが。)


あーあ、会社に勤めていたときに、もしこのナビを持っていたなら、
得意先に行く時に道を間違えてアポ時間から大幅に遅れて到着した、なんてこともなかっただろうし、
道に迷うことを前提に運転時間を長く見積もり、
余裕をもって……どころか、早すぎるだろ、と突っ込まれそうなほど
出発時間をムダに早める、なんてこともなかっただろうなあ。


プライベートでも、ドライブ自体は決してキライではないけれど
こんな音痴っぷりなので、見知らぬ場所に行くのがちょっと苦手でした。
この前みたいに、脱輪して途方に暮れることもあるし。
友達同士で出かけるときも、道に迷うのがイヤで運転を断ったり……。


でも、そんな情けないワタシ、さようなら。
ナビさえあれば、何も怖くない。
特に外出の予定はなくても、外に出たくなる、そんな気分です。
(今日一日で、すっげーナビ信者)


このナビには、グルメぴあのガイドブックデータとかも入っているので
見知らぬ場所にいても、近くにあるレストランやお店を探すことができます。
ワンセグは付いてないけど。あまり興味ないので、それは OK。


日曜日には取材が入っているので、さっそく初ナビ。
どきどき。

いや、取材の場所は、もうわかってるんだけど。
ムリヤリ、ナビ使うぜ。

使いたいの。

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数秒間の微妙な沈黙の後、諛左から目をそらした狭間は、ふむ、と切り出した。

「研究所というのは、つまり?」

「もちろん、ハコムラ・ケミカル・アンド・サイエンスのことですが。
そう伺いました。違いましたか?」

「いや……」

再び狭間が口を閉ざす。
それまでの能弁さとは対照的なその姿には、
より一層慎重であろうとする狭間の心情があからさまに見て取れる。

この場で C&S の話題を持ち出したことについて、
諛左に何らかの意図があったわけではなかった。
たとえ狭間が C&S の金を実際に使い込んでいようといまいと、それはどうでもいいことで、
自分達にとって本筋である聖の捜索に関係があるとは思えない。
少なくとも、1分前まではそう考えていた。

だが、それにしては。
どう返答すべきか逡巡している様子の狭間を見て、諛左は思った。
その話については触れられたくない、そんなオーラが狭間の身体からほのかに立ち上っている。

「よく、ご存知ですね」

ようやく狭間が口を開き、諛左の言葉をあっさりと認めた。
しかし、その目からは先程までなかった迷いのような、焦りのような微妙な感情が
ちらちらと覗いて相手を伺っているかのような、そんなふうに諛左には見えた。

「しかし、そのこと……つまり私が C&S の管理責任者であることについては、
ハコムラ内部の者しか知らないと思っていましたが……夫人からお聞きに?」

「いえ、実は夫人の叔父上から」

「……ああ、ミスター・トリガイね」

一瞬の躊躇の後、納得の表情を浮かべた狭間が軽く鼻を鳴らす。

「ミスター・トリガイか……。
どうも、あの人は……ハコムラの役員であるにも関わらず軽挙妄動が多い。
本来なら外部の人間に言わずともよいことを、何の疑問もなく口にするものだから……」

まったく、と呟く狭間の口調は、
得心と、反感と、不愉快と、諦めと、そういったものが複雑に混ざり合っている。
眉間に寄せられたシワが一層深くなり、
その表情から、この男が鳥飼那音の存在を決して快く思っていないことが容易に見て取れた。

諛左からすれば、
笥村麻与香も鳥飼那音も程度の差はあれ同じカテゴリー内に属する人種である。
享楽的で、自由で、掴みどころがない。
狭間の方でも、そう思っているのだろう。
笥村麻与香が苦手だ、という狭間の言葉が真実なら、
きっと鳥飼那音のことも苦手に違いない。

窺うような諛左の視線に気づいた狭間は、取って付けたように2、3度咳払いをした。
神経質そうに、またもや眼鏡に触れる。

「ああ、誤解のないように。
別に私と C&S との関わりが極秘事項である、というわけではありません。
今でこそ総帥秘書という身分をいただいていますが、
元々私は C&S の所長でしたからね。
恐らく、そのこともミスター・トリガイからはお聞き及びでしょうが。
しかし、現在では別の者が所長として実務管理をしています」

「ああ、女性の方ですね。確か、ミス・ワタナベという」

「……本当によくご存知だ」

忌々しげな表情が狭間の顔面に浮かぶ。
目の前にいる諛左へ向けられた感情なのか、
あるいは喋りすぎる男・鳥飼に対する怒気の表われか。
多分、どちらも含まれているのだろう。



→ ACT 8-8へ

「ところで 『例の件』 についてですが」

閑話休題とばかりに、諛左は次の話題を持ちかけた。
会見時間は限られている。
話が尽きぬのをよいことに時間を延長するような男では、狭間はない。

「コンツェルンの上層部の方々は、勿論 『事実』 をご存知なのでしょう?
世間的にはトップ・シークレット事項なのかもしれませんが、
社内の、しかも近い位置に属する方々にとっては
知らずに済まされることではないですから」

そうでもありませんよ、と狭間は皮肉な表情を見せる。

「勿論、私を始めとする総帥の秘書連中には、その 『事実』 とやらを伝えてあります。
他には、トップ・テンの役員達……ああ、トップ・テンというのは内部での呼称でしてね。
代表的な系列会社10社からなるハコムラの経営陣です。
といっても、単純に売上による貢献度を基準に選ばれた企業ばかりですがね。
とにかく、知っているのはそのぐらいでしょう。
知ったところで、トップ・テンの老人連中に何ができるわけでもありませんが。
先程も言いましたが、連中はさほど有能とはいえません。
総帥の身を案じてはいても、まあ、本当に案じているかどうかは別ですが、
今後どうするかについての具体的な考えなど、ないに等しい。
自分以外の 『誰か』 が考えてくれるだろう、そう思っているわけです」

「成程、それで、その 『誰か』 に選ばれたのが」

そう私です、と狭間は鼻で笑った。自嘲的な笑みである。
それは災難ですね、と諛左が相槌を打つと、狭間の笑みはさらに深くなる。

「取り急ぎ、夫人にも相談し、替え玉 《ダミー》 を立てることで急場をしのいできましたが……
所詮、ダミーはダミーです。コンツェルンに関する実務を任せるわけにもいかない。
極力ダミーは表に出さないようにして、裏では諸々の業務を私が取り仕切る。
このような状況になって、今さらながら総帥のタフさを思い知りましたよ。
恐ろしげなスケジュールを、よくもあんなに楽しそうにこなしていたものだ。
何しろ、このハコムラ本社だけでなく、系列企業も含めれば数十社にもなる。
もちろん、内部の管理だけではない、いまやハコムラはニホン経済界の頂点ですから
当然対外的な活動も多々あるわけです。
月並みな表現ですが、身体が3つも4つもあれば、と何度思ったことか。
おまけにこちらは 『例の件』 についての捜索も進めていかなくてはならない」

まったく何とも、という意味のない台詞で狭間は発言を閉めた。
どうでもよい個人的な不平の類になると、狭間の口は滑らかになるようだ。
諛左が言葉を挟む隙もない。
誰にも言えない分、ここぞとばかりに目の前の訪問者に憤りをぶつけているだけかもしれないが。

しかし、聞きたいのは狭間のやるせない重責感についてではない。

成程、と諛左は相変わらずの相槌を打って狭間の不満をやり過ごした。
便利な言葉だ。
『成程』 と一言、したり顔で頷けば何故か相手は納得する。
今日は何回口にしただろう。

「ハコムラの経営管理、『不明者』 の捜索、
すべてがミスター・ハザマお1人の肩にかかっている、というわけですね。
失礼な言い方ですが、第三者の私などからしても、
それがどれだけ大変なことか想像がつきますよ」

「投げ出すわけにもいきませんからな」

狭間が憮然と答える。
お前などに判るか、と言いたげだ。
判ってたまるか、と心の中でやり返し、表情は平静なまま諛左は言葉を続けた。

「そういえば、ミスター・ハザマは首席秘書というポジション以外にも
ご自分が責任者として管理されている研究所もお持ちだとか……。
そちらの方もないがしろにはできないでしょうから、一層多忙を極められたことでしょうな」

「研究所?」

狭間の視線がすっと細くなり、諛左にロック・オンされる。

何気ないふうを装って切り出したつもりだが、狭間の反応は過敏だった。
好意的とはいえない感情が、きつい光となって諛左を見据えている。

ヤブヘビ、という古い諺が諛左の頭に浮かぶ。
話題のセレクトを誤ったか。
……いや、正しかったのか?
諛左は少しだけ躊躇した。



→ ACT 8-7へ

「真意……」

そう呟いたきり、狭間は黙り込んだ。
不平めいた台詞が多い男だが、慎重になるべき瞬間はわきまえているようで、
そんな時は口を開く前に、話すこと、話さざることを選り分けるための時間が必要らしい。
そのための沈黙なのだろう。

しかし、今回の沈黙は狭間に何のインスピレーションももたらさなかったようだ。
答えが見つからない解答者のように、視線を落として小さくため息をつく。

「……『あの人』 の真意など、誰にも判りませんよ」

あの人。
『夫人』 から 『あの人』 への変化。
そこにどんな心理が隠れているのか諛左には断定しかねたが、とりあえず口は挟まない。

「あの人はね、理屈じゃないんですよ。言動も、発想も、普通じゃない。
ああ、普通じゃない、というのは、異常という意味ではありませんよ。自由だ、ということです。
常識とか、法律とか、世間一般で尊重されている様々なルールが、
あの人には当てはまらない。縛られないんですよ。とにかく自由だ。
人によっては、その自由さが、気分屋だ、我儘だなどと映る場合もありますが。
人並みの基準しか持たない私などから見れば、扱いづらいこと、この上ない人種です。
いや、はっきり言って……苦手ですね」

批判している、ように聞こえる。
腹立たしく思っている、ようにも見える。
だが、裏に回れば、そんな自由な笥村麻与香に何かしら羨望に似たものを抱いている。
諛左の目にはそう映った。
道を踏み外すことなく、ごく常識的な人生を歩んできた品行方正な優等生。
そんな狭間が、自分とは真逆の自由奔放な相手に抱く曖昧なコンプレックス。
恐らく笥村麻与香は、
狭間のようなタイプの人間に謂れのない劣等感を植え付ける、そういう存在なのだろう。
そして、このように相反する両者が寄り合えば、
非常識ぶりに振り回されるのは、得てして優等生の方なのだ。

「もっとも、そういう奔放さが、総帥は気に入っていたようでしたがね。
総帥にも 『自由』 を愛する同様の気質がありましたし、まあ私に言わせれば」

似た者夫婦といったところでしょう、と狭間は眼鏡のフレームに手を掛けて
意味なく1、2度それを持ち上げる。

「ですから、ミスター・ユサ。先程あなたは、夫人の真意を問われましたが」

『あの人』 から 『夫人』 へ戻っている。
狭間の中で、感情の軌道修正が行われたようだ。

「あなた方への依頼を決めたのは、夫人の一存ですから。
残念ながら私には、夫人の考えていることは正直言って判りかねます。
事前に相談を受けたわけでもありませんし。
それでも強いて真意を問われるなら、そうですね、
夫人の気紛れ、といったところでしょうか。甚だ非論理的な解答ですが」

『あの女は気紛れだから』

これまでに何度も J が口にしていた同様の台詞を諛左は思い出した。

ロジカルか否か、それは置いておくとしても
狭間と J という異なるタイプの2人の人間から、図らずも同じ意見が出たということは、
恐らくその見解は当たっているのだろう、と諛左は思う。
どちらも根底に何らかの個人的な感情を含んでいるとしても。


成程、と短く答えることで、諛左はその話題を打ち切ることにした。
もともと、どうしても聞きたかった話ではない。
単なる前置きだ。

少し喋りつかれたのか、狭間は大きくため息をついて
眼鏡を外すと顔全体を片手で撫で上げた。
その、つるりとした仕草が、やはり諛左に蛇のイメージを思わせる。
あるいは、グラス・ファイバー製の人形か。



→ ACT 8-6へ

「ところで、ミスター・ハザマ」

狭間が口を閉ざすのと入れ替わるように、今度は諛左が口を開く。

「今回伺ったのは他でもない、あなたも先程口にされた 『例の件』 について、
笥村麻与香夫人から我々に依頼があったためなのですが……
それについては、お聞き及びでしょうね?」

聞いていますよ、とグラス・ファイバー製の男は即答する。
眉根に寄せたシワで、不機嫌さの度合いが増したことが知れる。

「聞いていますがね、ミスター・ユサ。
夫人がどう申し上げたのかは存じませんが、
私個人の考えを述べさせていただくなら、あなた方にご助力いただいたところで
なんら解決の糸口が見つかるとは思えないのですよ」

いったん言葉を切る。
気を落ち着けようとするかのように深く呼吸して、狭間は言葉を続けた。

「『あれ』 以来、我々だって何もしなかったわけではない。
いろいろ手を尽くしてきたんだ、この数ヶ月というもの」

「伺ってますよ。夫人の話では、名だたる調査機関に秘密裏にコトを依頼されたとか」

「そうです。それでも、はかばかしい成果は得られなかった。
こういうことを言っては失礼かもしれないが、
ダウンエリアの片隅に居を構える小さな事務所のあなた方が、
我々を満足させるような結果を、一体どうやって導き出すことができるというんです?
どう考えても無理というものでしょう」

失礼かもしれない、どころではなく、明らかに失礼な狭間の言い様だが、
取り立てて腹も立たない諛左である。
事実だからだ。
ただ、黙って聞いている。

「それ以前に、依頼のルート自体が間違っている。
たとえ、ミス・フウノが夫人と親しい旧知の仲であったとしても、
単にカレッジ時代の親密さや睦まじさだけを理由に、
人一人探してもらおうという、夫人の発想が判らない。
しかも探す相手は、ダウンエリアの一般人とは明らかに異なる人物だ。
蒸発した夫や、逃げた飼い犬を探すのとは、まったく訳が違うんですよ」

親密さ?
睦まじさ?
事務所に戻ったら J に言ってやろう。
『お前は笥村麻与香と親密で仲睦まじい間柄らしいな』 と。
きっと J は激怒するだろう。
いい土産ができた。

腹の中で爆笑しながら、顔は神妙なままで諛左はもっともらしく頷き、
狭間の言葉が途切れたタイミングを見計らって、口を開いた。

「今あなたが仰ったことについては、実は我々自身も疑問に思うところなのです、ミスター・ハザマ。
ご指摘にもありましたように、
我々は一介の 《JACK-OF-ALL-TRADE --何でも屋--》 に過ぎません。
守備範囲もダウンエリアに限ります。
人探しの経験がないわけではありませんが、至って小規模な事例ばかりです。
ですから、ハコムラ総帥夫人ともあろう方が、
カレッジ時代の親交だけを頼って我々に話を持ちかけるとは、
とても考えにくい。いや、考えられない」

狭間を真似たわけではないが、諛左も途中で言葉を切った。

「本日伺ったのは、『例の件』 についてご意見をお聞きしたいという目的の他に、
夫人の真意を確認したい、という意図も、実のところ少々ありましてね」



→ ACT 8-5 へ

どうやら狭間は、自分の心に湧き上がった不平不満を静かに飲み込むタイプではないようだ。
少なくとも、諛左はそう判断した。

その点を取り上げてみても、J とは正反対といえる。
何か言いたげな目をしながらも、心に思うことの半分も口に出すかどうか。それが J だ。
結果、何を考えているのか判らない印象を見る者に抱かせる。
そんな J に比べれば、心情をあからさまに吐露する狭間の態度は、まだ理解しやすい。

正直なところ、今をときめくハコムラのトップを支える首席秘書が、
ここまで人当たりの悪い男だとは、諛左も予想外だった。
だが、巨大に膨らんだ組織の中で、常に内外に目を光らせ神経をすり減らしている、
目の前にいるのは、そんな男なのだ、と思えば、
多少なりとも柔和さに欠ける今の態度も、どこか納得できた。

とはいえ、こうも簡単に自らの所属組織を悪し様に口にする、というスタンスは、
第三者の諛左から見ても決して感心できる行動ではない。
それとも、何らかの意図を秘めたポーズなのか。
この男も、あの信頼に値しない鳥飼那音と同様、諛左や J をミス・リードに陥らせるための
コマの一つに過ぎないのか。
諛左は一層慎重になった。


『見た目ほどヤワな男じゃないぞ、狭間は』

諛左の頭に、阿南の言葉が浮かび上がる。

『一見、神経質そうで取り扱いに困るガラス細工のようだが、
実は、鋼鉄よりも頑丈なグラス・ファイバー製で、
壁に叩きつけても、壊れもせずにそのまま跳ね返ってくるだけだ。
しかも口数が多いから、何か尋ねたとしても』

煙に撒かれてしまうかもな。
阿南はそう言った。

昨晩のこと。
世に公表するのを憚られる事実、つまり 『笥村聖は、実は……』 という秘密を
J から打ち明けられた時の阿南の反応は、驚きこそ見受けられたものの、意外に冷静だった。
ただ、そういうことか、と一言呟いただけで、しばらく口を閉ざしていた。
同席していた金髪の情報屋が見せた、呆れるほどに大仰な反応とは対照的だった。
(情報屋の方は、あまりに騒ぎすぎて 「うるさい」 と J に一喝されていたが。)

一時期は笥村聖のガーディアンとして働いていた阿南のことだ。
この男なりに思い当たることがいろいろあるのだろう、と諛左は察した。
それは、複雑そうな、しかしどこか納得しているかのような阿南の表情からも窺い知れた。
もしかしたら、静かに腹を立てていたのかもしれない。
あるいは、主不在の屋敷を何の疑いもなく数ヶ月警備していた自分自身に対して、
一抹の馬鹿馬鹿しさを覚えていたのかもしれない。

ともかく、4人が秘密を共有することになった。
この先どう動くか、誰が何をするか、そんな計画的な話から、
笥村聖に実際何が起こったのか、幾つかの憶測、邪推なども含めて、
時には有効な、時には無責任な意見を出し合い、
まとまりもせずに話が尽きた頃には、既に時計の針は天辺を越えていた。

とりあえずは予定通り、主席秘書の狭間から話を聞いてみる。
そこから何か掴めるものがあれば、また考えることにしよう。
話すことに飽いてきたらしい J が (あの女は考えるのが面倒になると、すぐ飽きるのだ)
そんな曖昧かつ適当な形で話を半ばムリヤリ終わらせた時に、阿南がぽつりと言った、
それが 『グラス・ファイバー』 云々という台詞だった。


阿南の言葉は、狭間に関する幾許かの先入観を諛左に植え付けたが、
実際に狭間と対面した今の印象との間に誤差はほとんど見当たらない。
阿南の表現は的確だった。
口数が多い、という点においても。


→ ACT 8-4 へ

プロフィール
HN:
J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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