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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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魔法使いは、風の中で誰かが自分の名を呼ぶのをかすかに聞いたような気がした。
ふと顔を上げて気配を探るように辺りにゆっくりと目をやる。
竪琴を止めると同時に再び強く吹き出した風の音が、魔法使いの気を散らす。

「……」

もう一度、呼び声がした。
それは前よりもはっきりと聞こえたので、声の届いた方向を探すのにそう時間はかからなかった。

向こうに見える森の中から、白とも銀ともつかない不思議な小さな光が
少しずつ自分の方へ向かってくるのを目にして、魔法使いは面に笑みを浮べた。
光は次第に大きくなり、やがてその光の中に小さな人影が見えてきた。

魔法使いは答えるように、右手を高く上げた。
光る人影はその手を目指して真っ直ぐに飛んできた。

「ここまで来るには、大層な長旅だったろうな、アリファヴィアン」

魔法使いは晴れやかに笑いながら光を迎えた。

アリファヴィアンと呼ばれた小さな人影は、息を切らして魔法使いの手につかまった。
透明がかった銀色の羽が今にも風に突き破られそうなほどに揺れていた。

「そんなに笑うもんじゃないぞ、アミ」

サラサラと落ちていく砂のような声が光の人影から漏れる。

「お前みたいにでかい図体の奴には分からない苦しみだ。ああ、また笑う。笑うなと言うのに」

「白妖精のお前でも、風の精にはかなわぬか?」

「ふん、風の精ほど気まぐれな奴はいない。心地よい風を吹かせるかと思うと、次の瞬間にはすぐこれだ。荒々しく吹きつけて、我等を惑わせる。全く腹が立つったら」

忌々しそうに言って、アリファヴィアンは軽く羽を揺すった。
魔法使いアミ・シルヴムはまた声をあげて笑った。
よく通る風のような声は聞く者の心を和らげる。

白妖精のアリファヴィアンは、アミが現れる以前から谷に住んでいて、アミが現れてからはいつもこの魔法使いの側にいた。アミが 『黒の魔法使い』 と呼ばれ始めた頃には、既にこの二人(あるいは一人と一匹)は印象的な対をなしていた。
ハリトゥサの木の黒い枝で、アミに竪琴をしつらえてやったのはこの白妖精だった。
そのお返しにアミはアリファヴィアンに詩を贈った。
以来、この二人は共に時間を過ごすことが多くなった。

「それで、この風の中をそんなに急いで、一体何の用が?」

「ああ、そうだ。風と一緒に伝言も頭の中から飛ばしてしまうところだった」

「伝言?」

「そう。じいさんの」

「老シヴィか」

「当たり」

「『じいさん』 は止めろ、と言っただろう。口の悪い白妖精だ」

「ふん」

「伝言と言ったな」

「そう。じいさんはもう谷を出た。いつも急なことだ」

「まあ、あの方の突然の流離は今に始まったことではないからな」

「それで、お前への別れの挨拶代わりに、この白妖精様が伝言を承った、というわけだ」

「で、何と?」

「よく分からんが……『時、ついに満てり』 と。どういう意味だか」

白妖精の言葉を聞いて、にわかにアミの面から穏やかさが消え、厳しい表情が浮かび上がる。
アリファヴィアンはアミの気配を敏感に感じ取り、黙って魔法使いの横顔を見つめた。
夢見るような横顔。遠い記憶を尋ねて、何かを見出そうとしているような。

アミは今、あの 『古の詩』 を思っているに違いない。
白妖精は、黒の魔法使いの心の内を思った。
古の、今はもう朽ちかけた紙片でしか見ることのできない、遠い昔の英雄たちの詩。
精霊の血を引いた騎士たちの、人間たちにはもう忘れられた彼等の戦いを、
そして彼等の、とりわけ一人の魔法使いと一人の女騎士の真摯な約束事にも似た切ない思いを。

女騎士。
『白の貴人』。

アリファヴィアンは、今アミの心に浮かんでいるに違いない名前を、心の中でつぶやいた。


          → 序章・谷 3 へ

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序章・谷



黒の魔法使いがいた。

裾まで流れるゆったりとゆるやかな長衣は黒。
風にとかれてなびく髪も黒。
幾星霜もの時を眺めてきた双の瞳も黒。
手に持つハリトゥサの木で造った竪琴の色までが、夜を映しとったような黒であった。

今、魔法使いは、その闇の瞳をはるかに遠い空に向けて、険しく切り立った崖の頂にたたずみ、静かに風に吹かれていた。

目の前には、崖と崖にはさまれた小さな谷が開けている。
銀の糸の束にも似た川の流れにそって、緑色の大きな敷物めいた草原のところどころに、白い石で作られた家々が立ち並んでいる様子が、まるで投げ落とされた小石の群れに見えた。
空気がゆらゆらと揺らぎ、魔法使いの長く美しい黒髪が、それ自身風と化したかのように優美な肢体の回りを舞う。

彼は身動きもしない。
まるでこの世の果てを見極めようとでもしているかのように、その目は厳しい色を帯びていた。
空は、紗のヴェールで覆ったように憂欝な輝きを投げかけ、日の光は厚い雲の向こうに隠されて地上までは届かない。

風の音は、妙に禍々しい響きを含んでいた。
ブールの花も咲こうという今時分、このような強い風が谷に吹きつけるなど例のないことであった。
風の精は気まぐれだが、そればかりが理由ではないことを魔法使いは知っていた。

一体。
魔法使いはいつも心に浮かぶ問いを、再び頭の中にめぐらせた。

一体どれだけの時間が目の前を通り過ぎていっただろう。
どれだけの間、自分は待ち続けていたのだろう。
あの古の日々から、一体幾多の月日を自分は重ねてきたのだろうか。

谷に流れる時間について、たとえ大地と同じほどに齢を重ねた魔法使いといえども、定かに言い表わすことは困難だった。谷は人間界の介入を許さぬ魔法使いたちの集い場であり、彼等にとっては、時の観念は必ずしも必要ではなかった。悠久の月日を生きる彼等は、その存在自体が 『時』 であったし、また 『歴史』 であり、『現実』 であったからだ。
それゆえ、谷では時の流れすらが曖昧で鷹揚だった。

だが、今、黒の魔法使いは確実に、迫りつつある『時』をその身に感じていた。

満ちる。

ゆうるりと時が満ちていく。あの遥か遠い日に約束された運命。
そして、目覚める。

人も。水晶も。

魔法使いはしなやかな指に力を込め、触れた黒い竪琴の糸がかすかに弾けて快い音を響かせた。その音色にふと我に返った魔法使いは、呪縛からようやく解放されたかのように青ざめた顔で二、三度頭を振った。

長い指が竪琴の弦を一本づつなぞり、いつの間にか魔法使いは普段から弾きなれた古の詩の旋律を奏でていた。
最初は戸惑っていたような弦の響きも、次第に力強さを増していく。
そして魔法使いが竪琴を爪弾いている間は、風の勢いも少しは弱まっているかのようだった。
竪琴の上を白い指が軽やかに動き、その一つ一つの動きが美しいメロディを作り上げては夢のような旋律を生み出していた。

突然、音の流れが外れる。

「!」

魔法使いは指先に小さいが鋭い痛みを感じて反射的に竪琴から手を引いた。
弦が古くなっていたのだろうか、小さな傷が指先で血を流していた。
魔法使いはかすかに苦笑して、唇でそっと傷口に触れた。


          → 序章・谷 2 へ

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J. MOON
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本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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