あとがき、というか、言い訳というか……。
本筋の第三章でサリナスの出身についてちらりと触れていますが
この外伝「ダレックの魔道騎士」は、それをもう少し膨らませたものです。
本当は本筋に入れるつもりだったけど
ボリュームが増えすぎて、しかたなくカットしました。
本筋の進行を放っておいて、こんなん書いてる場合かい、と自分でも思ったんですが
このカットした中には
「水晶異聞」においての「魔道」というものの概念……というほど立派なものではないですけど
「魔道」ってこんな感じのものなんです、ということも書いてみたので
ちょっと早めに出しておきたかったのです。
本来、外伝って本筋の物語がある程度メドがついたときに出すものだと思うんですが
そこはまあ、ご容赦くださいませ。
家に戻ったサリナスを母親は喜びを浮かべて、父親はいつもの寡黙さで出迎えた。
サーレスは兄との再会に目を輝かせてヴェサニールの土産話をねだった。
しかし、家族との久しぶりの語らいもそこそこに、サリナスは家を出ると、そのまま師である老人の住処へと急いだ。
サリナスから紫貝を見せられた老人は、「うむ」 と一言呟いただけだったが、その満足げな顔に浮かぶ笑みには弟子への誇りと深い愛情があった。
マティロウサに叱責されたことを告げると、それは災難だったな、と老人は穏やかに笑った。
その後、サリナスは以前と同じように老人に師事して一、二年を過ごした。しかし三年目を迎える頃、サリナスは心の中に一つの望みが湧き上がりつつあるのを自覚していた。
ヴェサニールでの経験は、サリナスに深く大きな衝撃を与えた。
かつて老人が言ったように、魔女であるマティロウサは居るだけで 「魔」 を放つ異質な存在だった。それは、一介の人間が持つ力とは比べようもないほど豊かで、強大でもあり、繊細でもあった。マティロウサと対峙するだけで、サリナスは計り知れないくらいの 「魔」 を体感することができたのだ。
魔道を極めたいというサリナスの切実な想いは、もはや老人の教える知識の範囲では補うことができないほど膨れ上がっていた。
あの魔女の元で学びたい。
それはサリナスが老人への愛情と尊敬の念からなかなか口に出せずにいた、しかし心のうちにずっと抱いていた望みだった。
老人はそれを見抜いていた。そして、ある日、
「魔道騎士としてわしがお前に教えるべきことはすべて教えた」 と切り出した。
「これ以上わたしの元にいても、恐らく得るものはないだろう。さらなる高みを求めるのであれば、ヴェサニールに赴いて授け名の魔女に教えを請うがよい」
サリナスは三日考えた後、ついにダレックを離れることを決意した。
ヴェサニールへ行く、と息子に告げられた両親は、もはや驚かなかった。
幼い頃に自分達とは違う道を歩き出してしまったサリナスに対して、今までもそうであったように、今度もその意志を止めることはしなかった。
気難しい顔をして鍛冶場にこもり二日間出てこなかった父は、今までに打った中でも最高の出来と自負できる剣を造って息子に与えた。
サリナスの母は、世の母親の大半がそうであるように、ひたすら息子の身体を案じ、食事や生活についてのこまごまとした忠告を与えてサリナスを苦笑させた。
旅立ちの準備をしているサリナスの部屋をサーレスが訪れたとき、サリナスは生まれて初めて父がサリナスに造ってくれたあの短剣をサーレスに渡した。サーレスはずっとそれを欲しがっていたのだ。
短剣を受け取り、しばらく黙っていたサーレスは、少し怒ったような、それでいて泣きそうな顔をして「ちぇっ」と言ったきり、また部屋から出て行った。
出発の日は、ほどよく晴れていた。
サリナスの襟元には紫貝が光り、肩から下げた皮袋の一つには一冊の古文書が入っている。餞別だ、といって老人が手渡してくれたものだった。
「今度会うときには」 老人はサリナスの肩を優しく叩いた。
「恐らくお前もすっかり羽が生え揃って、私には及びもつかない高い空を飛んでいることだろうな、ヒヨッコよ」
こうしてサリナスは、家族や親しい友人達、そして恩師に見送られ、ヴェサニールで待ち受ける新たな日々に心を描きながらダレックを後にした。
そして、その三年後にはヴェサニールで一、二を争う魔道騎士として、広くその存在を知られるようになるのである。
―――― 外伝・ダレックの魔道騎士(完) ――――
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ヴェサニールに到着したサリナスは、初めて訪れた国への好奇心もそこそこに、道行く人々に尋ねながら魔女の家に辿りついた。
突然訪ねてきた少年を一目見て、老いた魔女は
「何の用だい」 と不機嫌そうに尋ねた。
「あの」
生まれて初めて魔女という存在を目にしたサリナスは、立っているだけで威圧感を放つ相手を前に、これまで感じたことがないほどの緊張を強いられた。
「ぼ、いや、わ、私は、その魔道騎士の、し、し、し、試問を受けに」
「試問?」
魔女はあからさまに驚き、じろじろとサリナスを見つめた。
視線が痛いものだということをサリナスは初めて知った。
「ちょっと若すぎやしないかい」
「で、でも、できる限りを学びました。受かる自信はありませんが、それでも受けて」
「おふざけでないよ!」
サリナスの言葉が終わらないうちにマティロウサの怒号が飛んだ。大人に怒鳴りつけられる感覚をしばらく忘れていたサリナスは、脳天に杭を打ち込まれたぐらいに驚いた。
「受かる自信がないと最初から認めているなら、受けたって無駄だよ。もしかしたら、で資格を得られるほど魔道騎士は甘いもんじゃないんだ。分かってるのかい」
「わわわ分かってます」 サリナスは久しぶりに泣きそうな自分に気づいた。
「分かってるなら、とっととお帰り」 マティロウサはぶっきらぼうに言って、扉を開け放った。
「ここに試問を受けにくるのは皆、努力に努力を重ねて魔道の知識や剣術を身につけてきた連中ばかりだ。皆、自分達が真剣に学んできたことに誇りと自信を持っている。魔道騎士になることへの覚悟とそこから生まれる責任もしっかり理解した上で、人は資格を得るためにここにやってくるんだ。お前のような小僧が面白半分に受けていいもんじゃないんだよ」
「面白半分じゃありません!」
サリナスは必死に食い下がった。
師の 「運試し」 という言葉を真に受けて、やや軽い気持ちでヴェサニールを訪れた感は否めないが、サリナスとて真面目に魔道騎士になりたいと思っているのだ。自信がない、というのはサリナスの本心だし、簡単なものではないと分かっているからこそ自信がないと正直に言ったつもりだが、真面目さゆえのサリナスの言葉は魔女の勘に触ったらしい。
試問を受けにきて、そんな理由で帰されたのでは師に合わせる顔がない。
「本当に魔道騎士になりたいと思ったから来たんです! 自信がない、といったのは、その、年若くして受かる者はいない、と聞かされていたからで、だから」
マティロウサは黙ったまま、怒った表情は変えずにサリナスを見つめていたが、やがて、幾つだい、とサリナスに尋ねた。
「え」
「年だよ」
「あ、16です」
マティロウサは腕組みをしてサリナスの目を見た。魔女の目は、ずっと見ていると引き込まれそうな抗いがたい光を宿し、サリナスは目をそらせずにいた。
まあ、才はあるようだね、とマティロウサは視線を外して呟いた。
「まだ名前を聞いてなかったね」
「サ、サリナスです。ダレックから来ました」
何とか帰されずに済みそうだ、とサリナスは胸をなでおろした。
「何処から来ようと構いやしないが……」 マティロウサは、それでも渋々という表情で言った。
「試問は明日からだ。今日は宿にでも止まって、明日またおいで」
その10日後。
サリナスは試問を終えて、無事ダレックへと戻ってきた。
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老人はサリナスの成長を喜ぶ一方で、弟のサーレスについては兄ほど才がないことを知っていた。いや、それ以前に、魔道に対する興味や熱意そのものが欠けていることも分かっていた。
まだ幼いゆえにサーレス自身は気づいていないが、その心の中には兄を慕う気持ちと、その兄に対する幼稚な対抗意識が見え隠れしている。
兄が剣を学べばそれに従い、兄が魔道に魅かれればそれに倣う。
どちらにしても、兄が歩んでいる道筋を何歩か遅れてたどっているだけにすぎない。
どちらも愛すべき弟子ではあるが、兄弟間の複雑な心理を諭すには二人ともまだ幼すぎる、とため息をつくしかない老人であった。
あるとき、老人の家で古文書の整理をしていたサリナスに老人が言った。
「お前ももう15歳になるな」
「はい」
ふむ、と老人は少し何かを考えるように黙り込んだ。そして再び口を開く。
「魔道騎士の試問を受けられるのは15歳からだ。今年は置くとしても、来年あたりにはお前も受けてみればいいかもしれん」
「でも、先生」 サリナスは老人の言葉に手を止めた。
「魔道を習い始めてまだ二年も経ちません。来年なんて早すぎます。受かるわけないですよ」
「そうかな」
老人はそれがサリナスの生真面目さからくる言葉であることを見抜いていた。
老人自身も最初はそこまで期待していなかったことだが、この二年の間でサリナスの魔道の才能が恐ろしいくらいに伸びていた。
「もともと才があれば、たった一年もかからずに芽吹くこともある。なあに、一度目の試問は運試しみたいなものじゃ」
老人は気安げに言った。
「それに、授け名の魔法使いや魔女に一度会ってみるのも、お前にとっては一つの経験じゃよ」
「そうでしょうか」 サリナスはまだ疑わしげだった。そして、ふと思いついて尋ねた。
「先生は一回で受かったんですか?」
老人は顔をしかめて見せた。
「師匠に恥をかかせるような質問をするな」
結局、サリナスは魔道騎士の試問を受けることを父に告げた。
いつものように父は黙っていたが、
「魔道騎士になって何をするつもりだ」と、数年前と同じような質問をした。
だが、あの幼かったときと違い、サリナスの答えは淀みなかった。
「人の役に立ちたい」
父親は再び黙ったが、やがて小さく、そうか、と呟いただけだった。
翌年、老人の言葉に従ってサリナスはヴェサニールのマティロウサの元に赴いた。
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翌日、サリナスは老人の家を初めて訪れた。
魔道を教えてくれ、と突然現れた少年に、老人はしばし目を見開きサリナスを見つめていたが、やがて穏やかな声で、入りなさい、とだけ言ってサリナスを迎え入れた。
老人はまずサリナスに幾つか質問をし、少年の利発さを推し量った。そして、剣術だけでなく魔道においても才を開く可能性があることを見て取ると、自らが持てるすべての知識や術を引き継ぐ相手に選んだ。
しばらくすると二人は互いに 「先生」 「ヒヨッコ」 と呼び合うようになった。
この頃になるとサリナスの父は息子が完全に親離れしてしまったことを悟った。
さらに、サーレスまでもが老人の元に通い出したと母親に聞かされ、もともと寡黙がちではあったが更に口数が少なくなった。
一度足を踏み入れてみれば、魔道の世界はサリナスにとってとても興味深いものに思えた。
あるときサリナスは老人に尋ねた。
「先生、『魔法』 と 『魔道』 は違うものなんですか?」
違う、と老人は即答した。
「『魔法』 は古の神との契約によって使うことができる魔の技だ。生来その力を持つ魔法使いや魔女にしか使えない哲理でもある。使う者の魔力の大きさによっては森羅万象の根源にまで影響を与えることができる」
少年にとってはいささか高度な説明にサリナスの顔は少しばかり困惑し、それに気づいた老人は、ヒヨッコのお前には少し難しかったかな、と顎をかいた。
「それに対して 『魔道』 とは、人間が魔の理(ことわり)を学び、習得し、実践する力。いわば人智の技だ。この力は人の世の理の中でしか働かない。だから、サリナス、人間である私やお前には 『魔道』 は使えるが 『魔法』 は使えないのだよ」
「では、魔法使いや魔女は人間ではないのですか?」
「彼らは人間から生まれはするものの、人間とはまったく異なる理屈で生きておるのだよ。我々のように魔道を行うたびに呪文を唱える必要もない。彼ら自身が 『魔』 の発現者だからだ」
「時に、ヒヨッコよ。魔道で使われる呪文は大抵の場合において簡潔で短い。何故かは知っておるな」
「はい、ええと」 突然の師からの質問に、サリナスは慎重に答えを探す。
「魔道はもともと人間が戦闘時の補助力として使い出したものであり、長い詠唱を必要とする呪文はその目的にそぐわないため、時代とともにどんどん簡略化されていった……からです」
「ふむ。古文書を丸暗記したような答えだが、まあ良しとしよう」
サリナスはほっと胸をなでおろした。
「今お前が言ったように、魔道を作り出したのは人間。呪文を生み出したのも人間。逆に言えば、人間にはそれ以上の力を持つことは不可能なのだ。であるからして、呪文なしの 『魔法』 を使える人間がもしもいたとしたら」
まあ、おらぬとは思うが、と老人は前置きした。
「それはもう人間ではない」
サリナスは少し考え、再び問うた。
「太古の時代には齢を重ねた魔物達の中にも魔法を使えるものがいた、と古文書で読みましたが、あれは本当ですか」
勉強熱心なヒヨッコだな、と老人は笑った。
「だが、サリナスよ。今の世には魔物などどこにもいないし、太古の物語が事実かどうか証明する術もないのだよ。いたかもしれんし、いなかったかもしれん」
また、あるときサリナスはこうも尋ねた。
「先生、『魔道』って何なんでしょう?」
この単純にして奥が深い質問には、さすがの老人もしばし考え、慎重に言葉を選んだ。
「そうさなあ。強いていえば 『変化をもたらす力』 というところかな」
「変化をもたらす力?」 サリナスは老人の言葉を繰り返した。
「そうだ。たとえば」 老人は辺りを見回して一枚の紙を手に取った。
「お前にも今はできるだろうが、魔道を使ってこの紙を隣の部屋に移動させたとする」
こんなふうに、と老人が短い呪文を唱えると、紙は老人の手の上で一瞬にして消えた。
「消えたように見えるが、そうではない。これは、移動という 『変化』 に過ぎない」
「はい」
「そして、たとえば道具を使わずに火や水を起こすとき、我々は空気中の熱や微細な水の粒を魔道によって凝縮し、それが火や水となる。この凝縮も 『変化』 の一つ」
サリナスは老人の言葉を努めて理解しようと頷き、老人はそれを満足げに見つめた。
「つまり、魔道は形や状態、位置を変える術、あらゆる 『変化』 を司る理である、というのが永年の経験から私が得た答えだ。だが」 老人は付け足した。
「石を砕いて粉々の状態にすることはできても、それを砂金に変えることはできない。それは石が持つ本質から大きく外れることであり、『変化』 ではなく 『転化』 と呼ばれる力だ。ヒヨッコだからといって、お前を本当の鳥に変えることも勿論できない。魔道による 『変化』 は、物事の本質を外れない範疇内での 『変化』 なのだよ」
「転化……」
それはサリナスが初めて聞く言葉だった。
「うむ」 老人は水を一口飲んで喉を潤す。
「完全なる 『転化』、そして完全なる 『消滅』 と 『生成』、これらはすべて 『魔法』 の領域だ。たとえば火を起こすにしても、我々は大気に 『変化』 を与えて火を生み出すが、魔法使いはまったくの無の状態から火を 『生成』 するのだ」
こんなふうにポンとな、と老人は手をぱっと開いてみせた。
実際のところ、魔道に入門したばかりのサリナスにとって、老人の言葉をすべて理解するのは困難であった。分かったような分からないような表情を見せるサリナスの頭を軽く叩き、老人は言った。
「まあ、焦ることはない。身をもって少しずつ覚えていけばよい。追い追いにな」
老人の言葉通り、サリナスは少しずつ、だが確実に、砂が水を吸うのと同じ早さで老人の教えを学んでいった。
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老人がダレックに来てからひと月ほど経ったある夜。
街の中で火事が起こった。
子供達が面白半分に起こした火が風に乗り、近くの家に飛び火したのだ。
知らせを聞いたサリナスの父は消火に加わるために急ぎ家を出て、騒ぎで目覚めたサリナスとサーレスも母親の 「家にいなさい」 という言葉を振り切って父の後を追った。
燃えているのが自分と仲の良い友人の家だと知ったとき、サリナスは周囲で 「まだ子どもが中に……」 と囁かれる言葉が気になり、物見高い人の間を潜り抜けてその一番前へ出た。
目の前で唸りをあげている巨大な炎の渦は、その熱気とともにサリナスの足をすくませた。
鍛冶場の火とは比べ物にならないほど激しい火だった。
大人たちが懸命に水をかけて火を消そうとしている姿がサリナスの目に入ったが、天を染めるほど舞い上がった凶悪な炎に対しては、何をしても無駄ではないかとさえ思った。
友人を助けたいという思いがありながら、サリナスはその場から動けずにいた。
そのとき、
「皆、下がれ」
という枯れた、しかし威厳のある声が辺りに響き、一瞬人々のざわめきが絶えた。
サリナスの目前にあの老人が立っていた。
「下がるのだ」
年降りた声に圧倒されるように、消火に当たっていた者も周りで見ていた者も、少しずつ老人を遠巻きにし始めた。
老人は周囲に人がいないことを確かめると、轟々と燃え盛る家の前で二言、三言小さく呟いた。
それはサリナスが今まで聞いたことのない不思議な語感の言葉だった。
突然、一陣の突風が人々の頭上を勢いよく吹きぬけ、煽られるように炎が舞った。人々は思わず声を上げて顔を覆ったが、サリナスは目を見開いて何が起こるのかを見守った。
炎の周囲を風が旋回していた。それはまるで透明な空気の壁のように炎を閉じ込め、やがて螺旋を描いて天へ向かって伸びていった。
風の動きに乗って少しずつ炎の塊が剥ぎ取られ、空に散っていく。
それが繰り返されるうちに、いつしか炎は勢いを失い、しばらくすると焼け崩れた柱や壁の下でくすぶる熾き火と白く立ち上る煙だけが残った。
人々は歓声を上げた。
逃げ遅れたサリナスの友人はすぐに救出された。
サリナスは駆け寄って泣きじゃくる友人を慰めながら、目は老人から離れなかった。
幾人かはすぐに残りの火を消しにかかり、幾人かは老人の周りに集まってその力を称え、それ以外の者達はたった今起こった出来事を興奮した顔で語り合った。
隣ではしゃぐ弟が人の群れに紛れないように手を握りながら、サリナスも弟と同じく気持ちが高ぶっていた。だが、同時に少なからぬショックも受けた。
もしも老人が魔道騎士ではなく一介の剣士に過ぎなかったら。
サリナスは考えた。
今、目の前にいる友人の命は助かっただろうか。
こんなにも素早く火を止めることができただろうか。
剣の腕前が多少立つとはいえ、自分は燃え盛る炎を目の前にしてただ足が竦んでいただけだ。子供だからという理由を除いたとしても、自分は老人のように一瞬で火を消して人を助けたりはできない。
サリナスはかつて父に問われた言葉を思い出した。
『何のために剣を?』
守るための剣。
でも、剣だけでは守れないこともある。
その夜、火事騒ぎが一段落した後、弟と二人で帰宅したサリナスは母親にひどく叱られ、すぐにシーツの中に追いやられた。
ベッドに横になりながらもサリナスはなかなか寝付けず、心の中は一つの言葉で一杯だった。
魔道騎士。
魔道騎士。
サリナスは小さな声で何度も呟いた。
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