ヴェサニールに到着したサリナスは、初めて訪れた国への好奇心もそこそこに、道行く人々に尋ねながら魔女の家に辿りついた。
突然訪ねてきた少年を一目見て、老いた魔女は
「何の用だい」 と不機嫌そうに尋ねた。
「あの」
生まれて初めて魔女という存在を目にしたサリナスは、立っているだけで威圧感を放つ相手を前に、これまで感じたことがないほどの緊張を強いられた。
「ぼ、いや、わ、私は、その魔道騎士の、し、し、し、試問を受けに」
「試問?」
魔女はあからさまに驚き、じろじろとサリナスを見つめた。
視線が痛いものだということをサリナスは初めて知った。
「ちょっと若すぎやしないかい」
「で、でも、できる限りを学びました。受かる自信はありませんが、それでも受けて」
「おふざけでないよ!」
サリナスの言葉が終わらないうちにマティロウサの怒号が飛んだ。大人に怒鳴りつけられる感覚をしばらく忘れていたサリナスは、脳天に杭を打ち込まれたぐらいに驚いた。
「受かる自信がないと最初から認めているなら、受けたって無駄だよ。もしかしたら、で資格を得られるほど魔道騎士は甘いもんじゃないんだ。分かってるのかい」
「わわわ分かってます」 サリナスは久しぶりに泣きそうな自分に気づいた。
「分かってるなら、とっととお帰り」 マティロウサはぶっきらぼうに言って、扉を開け放った。
「ここに試問を受けにくるのは皆、努力に努力を重ねて魔道の知識や剣術を身につけてきた連中ばかりだ。皆、自分達が真剣に学んできたことに誇りと自信を持っている。魔道騎士になることへの覚悟とそこから生まれる責任もしっかり理解した上で、人は資格を得るためにここにやってくるんだ。お前のような小僧が面白半分に受けていいもんじゃないんだよ」
「面白半分じゃありません!」
サリナスは必死に食い下がった。
師の 「運試し」 という言葉を真に受けて、やや軽い気持ちでヴェサニールを訪れた感は否めないが、サリナスとて真面目に魔道騎士になりたいと思っているのだ。自信がない、というのはサリナスの本心だし、簡単なものではないと分かっているからこそ自信がないと正直に言ったつもりだが、真面目さゆえのサリナスの言葉は魔女の勘に触ったらしい。
試問を受けにきて、そんな理由で帰されたのでは師に合わせる顔がない。
「本当に魔道騎士になりたいと思ったから来たんです! 自信がない、といったのは、その、年若くして受かる者はいない、と聞かされていたからで、だから」
マティロウサは黙ったまま、怒った表情は変えずにサリナスを見つめていたが、やがて、幾つだい、とサリナスに尋ねた。
「え」
「年だよ」
「あ、16です」
マティロウサは腕組みをしてサリナスの目を見た。魔女の目は、ずっと見ていると引き込まれそうな抗いがたい光を宿し、サリナスは目をそらせずにいた。
まあ、才はあるようだね、とマティロウサは視線を外して呟いた。
「まだ名前を聞いてなかったね」
「サ、サリナスです。ダレックから来ました」
何とか帰されずに済みそうだ、とサリナスは胸をなでおろした。
「何処から来ようと構いやしないが……」 マティロウサは、それでも渋々という表情で言った。
「試問は明日からだ。今日は宿にでも止まって、明日またおいで」
その10日後。
サリナスは試問を終えて、無事ダレックへと戻ってきた。
→ 次へ