サリナスは、そんなサフィラの様子にあからさまな不審の目を向けていたが、やがて自分も椅子に座るとサフィラの顔を正面から見据えた。
「で」
「ん?」
「ん、じゃない。何があったんだ」
「何が?」
「とぼけるな。何かなければ、こんな時間に来ないだろう」
「いや、まあ、ちょっと」
「ちょっと、何だ」 サリナスの口調には、いつもよりも手厳しさが感じられた。
「うん、まあ、ちょっと」
「さっきから、ちょっとちょっと、って、何が言いたい」
いつになく歯切れの悪いサフィラに、サリナスはあからさまに不審の目を向ける。
これは悪いときに来てしまったかな、とサフィラはふと思った。
ここに来るまでは、どう言おう、ああ言おう、こう切り出そう、と馬に揺られながら頭の中で一生懸命考えていたサフィラだが、さきほどからのサリナスの態度の中には、どこか不機嫌な気配が見え隠れしている。どのように告げようと、サフィラの胸の内にある不埒な計画を知ったら、今のサリナスにはそれこそ何と説教されるか。
実はサリナスが穏やかでないのは、読んだばかりの手紙に書かれていた弟の不心得が原因なのだが、サフィラが知る由もない。
サフィラはサリナスの家に来たことを少しばかり後悔していた。かといって 「やっぱり帰る」 と言っても、今の雰囲気だと、それはそれで納得してくれないに違いない。
進退きわまった感が無きにしもあらずのサフィラである。
「うーん」
気づかぬうちにサフィラは声に出して唸っていた。
勿論サリナスはそれを聞き逃さない。
「サフィラ、本当にどうしたんだ……何か、気にかかることでもあるのか?」
やや口調をやわらげたサリナスの言葉には、かすかにサフィラを案じるような響きが加わり始めた。いつもと違うサフィラの様子に、不審が懸念に変わってきたようだ。
「相談なら乗るぞ」
親身なサリナスの言葉だが、こうなってくるとサフィラにとってはますます話しづらいし、帰りづらい。
「いや、特に相談があるわけではなくて、ただ」
サフィラは椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き始めた。
「ただ、この先、またこんなふうに、お前の家を、訪ねることも、なくなる、かもしれないと、思うと」
考え考え、思いついたことを適当にサフィラは口にした。
「つい、会いたくなり、何と言うか、その、えー、」
「そんなことで?」 サリナスは呆れたようだった。
「それで夜中に城を抜け出して、いきなり人の家にやってきたのか? 」
「いや、だから、それは悪かったって」
「悪いというか、非常識だろう」
サリナスは声を荒立てたが、夜中であることを思い出し、やや調子を落とした。
「お前はもうすぐ結婚するんだぞ。結婚間近の若い娘が、夜中に男の家を訪ねてくること自体がおかしいだろう。しかも王女の身分で」
サフィラ付きの侍女姉妹にひそかに 「カタブツ」 と評されていることなど知りもしないサリナスだが、その評価を証明するかのように生来の生真面目さからサフィラを正すサリナスである。
「第一、誰かに見られたらどうするんだ。何というか、その」 サリナスは少し口ごもった。
「やましいことがあると言われても、申し開きできないぞ」
そして、それがヴェサニール王の耳にでも入ったら。
サリナスは頭が痛くなった。ただでさえ王の心証が大変よろしくないサリナスである。こんな状況を知られたら、国外追放でもされかねない。
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