しかし、この正論に、今度はサフィラが驚いたように目を見開いた。
「やましいこと? 何でだ。私とお前の間でやましいことなど起こるはずがないじゃないか」
「……」
きっぱりと決め付けるサフィラに一瞬絶句したサリナスは、やがて小さなため息を一つついた。
「……それはそうなんだが」
確かにサリナス自身、サフィラに対して 「良き年下の友人」 以上の感情を持っていない。まして色恋の対象に見たことなどは一度もなかった。双子の侍女が予想した通りである。
サフィラが王女であるという点を差し引いたとしても、それは変わらないだろうし、結婚話を聞いたときは、優秀な魔道騎士を一人失うことになるかもしれないという残念さの他には、元気の良い妹 (感覚的には弟に近いが) が嫁ぐと聞かされた兄のような心持ちですらあった。
しかし、こちらが何とも思っていないとはいえ、若い娘からの 「やましいことなど起こるはずがない」 という言われようは、一人の男としてどうなのだろうか。
信頼されているのか、相手にされていないのか。
いろいろな意味に取れる分、心中複雑なサリナスである。
とにかく、とサリナスは複雑な思いを隅に追いやり、話を切り上げるように椅子から立ち上がった。
「そういう詰まらん理由で、いちいち夜中に城を抜け出してくるな」
「詰まらん?」 今度はサフィラが、かちん、ときた。
「詰まらん理由だと?」
サフィラは思わず立ち上がり、机の上を叩いた。
「お前に会うためにわざわざ訪ねてきたのが、詰まらんことだと言うのか?」
「詰まらんね。少なくとも、緊急を要する用件ではないだろう」 サリナスはにべもなく言った。
「……」
サフィラとしては、久しく顔を見ていなかった親友にぜひ会いたい、という気持ちもあって仕組んだ今夜の脱走劇である。その思いを当の相手に「詰まらん」呼ばわりされては、さすがに面白くなかった。
二人はテーブルを挟んで立ったまま相手を正面から睨むような形でしばらく黙っていたが、やがてサフィラは 「もういい」 と怒ったように言って扉へ向かった。
自分の計画を打ち明けるつもりでやってきたサフィラだったが、今の心境はその真逆だった。
絶対サリナスには教えてやらない。打ち明けてなどやらない。
魔道騎士としては優秀この上ないサフィラだが、ときに自分の感情を持て余す様子は、同じ年頃の若者達と変わるところがなく、頑固で幼稚なのだ。
かたくなな表情を見せるサフィラに、さすがに言い過ぎたと感じたのか、サリナスは去ろうとするサフィラの腕を取った。
「おい、サフィラ」
「離せ。詰まらん理由で訪ねてきて悪かったな。帰ってやるから、その手を離せ」
「サフィラ」
突然。
「……これはこれは」
サフィラとサリナスの言い合いに割り込むように、別の声が聞こえてきた。
二人は言葉を止め、一瞬互いの目を見合わせると、同時に声のした方向へ顔を向けた。
扉が半分ほど開き、そこに一人の男が立っていた。
男はうっすらと笑みを浮かべ、驚いた表情で自分を見ている二人の魔道騎士の顔を見比べながら面白そうに言った。
「何とまあ、とんでもないところを見てしまいましたな」
「誰だ、あんた」
突然現れた男への驚きをまだ消せぬまま、サリナスは尋ねた。
しかし、サフィラの方は、男の顔立ちと声に覚えがあった。
「お前は……」
サフィラは探るような視線を男に向け、それに答えるように男はサフィラに向かって優雅にお辞儀して見せた。その大袈裟で軽薄な動作は、今日、まさにサフィラが城で目にしたものだった。
「お前……フィランデの使者?」
男はもう一度微笑んだ。
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