「8年前にあったコト……フウノ、忘れちまったのかよ?
ニホン中を騒がせた一大イベントがあっただろうが」
「……!」 J はハッと顔を上げた。
「麻与香と聖の結婚か……!」
J がまだカレッジで鬱々とした日々を過ごしていた頃。
一人の女子大学生がニホン随一の資産家と結婚した。
それが、今から8年前のこと。
そして、同じ時期に狭間は怪しげな研究に手を付け始め、
C&S の予算枠も大幅に更新した……。
同じタイミングで、色々なことが重なっている。
だからと言って、これらの事実を互いに結び付ける糸は、まだ見当たらない。
だが。
J は目の前でだらしない笑みを浮かべている男を睨んだ。
恐らく、那音は手の内にそれを隠し持っている。
「……那音」 探るような J の声が響く。
「ん?」
「まだ何か言ってないことが、あるんじゃないの?」
「まあな。聞きたい? だったら教えてやってもいいぜ」
「……」
この期に及んで、この男は。
相変わらずの含むような那音の話し方に、J の機嫌が再び下降気味になる。
「那音」 先ほどよりも冷たい声で J は男の名を呼んだ。
「お前ね、情報を握ってることで優位に立ってると思ったら大間違いだよ。
協力したいって言ってきたのは、お前の方だけど、
こっちは、わざわざそれに乗っかる必要なんてないんだからな」
乗った方が有利なのかもしれないが、と心の中だけで呟き、
J は言葉を続けた。
「あんたと駆け引きめいた話をするつもりは、こっちにはないんだよ。
とっとと話せばいいものを、
わざわざ時間をかけて、小出し小出しに話を出し惜しみする、その態度がイヤだ。
喋り方もなんか鼻についてイヤだ。要するに、全部イヤだ」
刺々しい J の言葉に、那音が少しだけ慌てた素振りを見せる。
「あー、悪りい、悪りい。俺のクセなんだよ、こういう話し方。
麻与香にも、何とかしろって言われてんだけどよ、それがなかなか」
しかし、J の反応は素っ気ない。
「判ってるんだったら、肝心な要点だけ、スッキリハッキリ手短に言いな」
「判った、判った。えーっと、何だっけ」
少しばかり焦り気味の口調で、那音が何事かを思い出そうとする。
「ああ、そうそう。C&S のアルヴァニー・渡邊のことなんだけどな」
「……ああ、狭間が抜けた後に所長に納まったっていう女ね」
「そうそう。そのアルヴァニーなんだが、
C&S に来る前は、他所のラボラトリーで優秀な成果を挙げていた科学者だ」
「それを聖が引き抜いたんだろう? それはさっき聞いたよ」
「いや、実はな、彼女を引き抜いたのは聖じゃなくて、本当は麻与香の方なんだ」
「麻与香が?」
驚きと、再び話が複雑になりそうな予感で、
J の眉間にその日何度めかの縦ジワが入る。
→ ACT 4-27 へ
裏付ける根拠がなければ、ただの言いがかりだよ、トリガイ専務。
あんたの思い込みだけでムダに動かされるのは、あたしはゴメンです」
「慎重だなー、フウノは」
「……」
お前まで言うか。
J は少しだけムッとした。
慎重過ぎる性分には J 自身も自覚があるとはいえ、
自分の苦手な人間達にこぞって指摘されると、さすがに面白くない。
「とにかく、C&S や狭間のことは、一応頭ン中に留めておくから……」
そう言って J は空想に近い那音の言い分を打ち切ろうとしたが、
それを無視して那音がふいに言葉を割り込ませる。
「狭間の研究には、きっと麻与香も絡んでるぜ」
「は?」 那音の口から出た思いがけない名前は、一瞬 J の意表を突いた。
「麻与香? 何で麻与香がここに出てくるんだ?」
J の問いには答えず、那音はソファの背もたれに身体を戻した。
J の背後の壁に目をやりながらも、
その焦点は壁を越えた何かに向けられているような、遠い視線を投げている。
「C&S への金回りが良くなったのは、ここ数年のことなんだよな……」
那音が独り言のように呟く。
「予算の時期になると、必ず前年の倍以上に額が跳ね上がっている。
で、それが始まったのは……」
そう言いかけた那音は、大理石の灰皿に煙草の火を押し付けて消すと、
立ち上がって壁際の書類棚から、1冊の分厚いファイルを取り出した。
表紙には 『社外秘』 と判が押され、中にはかなりの枚数の紙が綴られている。
相当重いらしく、那音は両手でファイルを持ち直すとソファまで戻り、
乱暴な音を立てて J の目の前のテーブルに置いた。
ファイルとテーブルがぶつかる大きな音に思わず J は眉をひそめたが、
忙しなくファイルのページをめくる那音の動作を、黙って見ていた。
「しかし、世の中ではペーパーレス化が進んでるってのに、
何でこう、紙なんか使いたがるのかね、ウチのお偉いさん方は」
「年寄りが多いからだろ」 詰まらなそうに Jが答える。
「だからって、ムダなんだよ。どうせ全部に目を通してるヤツなんていないのによ。
理解に苦しむぜ、まったく」
目当てのページがなかなか見つからないことに文句をいいながら、
辛抱強く那音はページを繰り、辛抱強く J は待った。
「ああ、あった、あった。事業所別の推移財務報告書」
やがて、那音が目当ての書類を探し出して、ファイルを J の方へ差し向けた。
「これを見れば、ここ20年間の C&S の予算が一目で判る。
まあ、ちょっと見てくれよ。8年前のところ」
そう言いながら那音が指差した紙面に J は目を向けた。
幾つかのグラフがプリントアウトされている中に、
『当初予算比較推移表』 とタイトルが付けられた折れ線グラフがある。
グラフは20年前から始まり、
那音の言葉通りに、8年前から数値が徐々に伸びている。
それは不自然なくらい急激な右上がり線で、
最新と最古のデータを比較すると、金額にしておよそ10倍以上の差があった。
「ふーん……」 J はグラフを見ながら言った。
「すごいな。ウナギ登りってのは、こういうことを言うのかね。
しかも、シャレにならない金額じゃん。8年前って何かあったの?」
「特にないね」 那音はにやりと笑った。
「狭間の研究が始まったのが、今から8年前……ってことぐらいかな」
「……例のナゾの研究ってヤツか」
J は呟いて、しばし沈黙の中で思案した。
→ ACT 4-26 へ
「……で、こっから先は俺の憶測なんだが」
那音は、殊更に J の方へ顔を近づけて声をひそめた。
2人しかいない部屋の中で誰に聞かれるわけでもないのに、
その行動は無意味だろう、と J は思ったが、
今更この男の大仰な自己演出に、いちいち口を挟むつもりはなかった。
「狭間の研究っていうのは、実は新薬の開発でも何でもなくて、
何かもっと、とんでもない内容なんじゃないか、と俺は思うんだよ」
「とんでもないって?」
「だから、通常の予算枠やプラスアルファの開発費程度じゃ収まらないような、
異常に金を喰うコトを、狭間の独断で密かに研究してるんじゃないか……ってね」
「ハコムラ内部にすら、知られるとマズいような?」
「そうだ。でないと、あの徹底した極秘管理は納得いかねえ。
だから、聖が内部調査を始めた、なんてウワサを聞いた時は、
相当焦ったんじゃねえか? それで……」
「ちょっと、ちょっと待った」 勢いづく那音の言葉を J は手で制した。
「それで狭間が聖をどうにかした、と言いたいワケ?
それは話が飛び過ぎじゃないの? 憶測もいいところだ。
社会派ドラマやサスペンスじゃないんだからさ」
「だから、さっき言っただろ。俺の憶測だって」
「それにしたって……」
話の展開が乱暴すぎる。
那音の短絡的な発想に J は少し呆れ気味だった。
どうよ、と言わんばかりに、J の顔を正面から見据える那音を無視して、
J は今しがた目の前の男から聞いた話を頭の中でシンプルに組み立て直した。
ハコムラの系列会社の一つ、C&S。
C&S が行なっている不正 (というウワサ)。
そこには、聖の主席秘書・狭間の秘密の研究が関与している (という憶測)。
やがて不正の調査に笥村聖が乗り出した (というウワサ)。
そして、その矢先に聖は行方が知れなくなった。
聖失踪の背後では、狭間が糸を引いている…… (という憶測)。
余計な情報をそぎ落としたら、これ以上ないくらいに単純なストーリーになる。
いかにもそれらしく、いかにもありそうな企業内部でのゴタゴタではある。
だが、その構成はウワサと憶測だらけだ。
たとえ全てが事実だとしても、それはそれで出来すぎている。
「第一、ハコムラの主席秘書ともあろう男が、
たかが研究のためにハコムラ総帥をどうこうするなんて、あり得ないだろう。
リスクが大き過ぎるだろうし、そんな話自体に無理がある」
「だが、あいつは俺と違って切れるからな。
俺やフウノにとってはあり得ない話だとしても、ヤツなら上手くするかもしれない」
「ふーん……」
J は気のない返事を返した。
こいつ、狭間に何か恨みでもあるのか。
J がそう思ってしまうほど、那音は狭間にこだわっている。
「ふーんって、フウノ、俺の話、聞いてる?」
「いや、聞いてんだけどね、ナンか胡散臭い話ばかりで疲れてきた」
「ンなこと言うなよ。せっかく捨て身の情報提供してやってんのに」
「情報提供ねえ……」 J は疑わしげな視線を向けた。
「言っちゃ何だけどね、
そんなアヤフヤな情報ばかり並べ立てて、結論を急ぐこともないんじゃないの?」
「でも、可能性がないわけでもないだろう。『疑わしきは疑え』 ってな」
それはお前のことだろう、と J は心の内で那音をなじる。
疑わしい男から疑わしい話を聞かされて、信じる根拠はどこにもない。
J にとっては、聖失踪の手掛かりを与えられた、というよりは、
その方向へ関心を向けるよう那音に強いられているような感がある。
→ ACT 4-25 へ
那音の話は続く。
狭間の優秀さに目をつけた聖は、
他社のラボにいたアルヴァニーを引き抜いて C&S の所長に就けると、
狭間を自分の秘書に任命した。
だが、当時狭間を中心に研究開発していた新技術がまだ途中だったために、
C&S 管理責任のポジションは狭間に残したまま、秘書も兼任させ、
そのまま現在に至る……ということらしい。
「今でこそ、すっかり聖の懐刀に納まってる狭間だが、
当時はまだ C&S に未練があったらしい。
いや、C&S に、というよりも、開発途中だった自分の研究に、と言った方がいいな。
だからこそ、C&S の責任者っていうポジションに居続けて、
今も指揮を取ってるって話だぜ」
しかし、そこまで狭間が執着した研究について、
その内容を明確に把握している者はいないのだ、と那音は言う。
他社に先取られることを恐れて自社の事業を社外秘にする会社は多いが、
C&S の場合、さらに漏洩の回避を徹底して、社内でも実情は不明らしい。
「何でも画期的な新薬の開発、っていうフレコミらしいけど、
誰も知らないから、ホントは何してるんだか判らない。
一部では、不老長寿の薬でも作ってるんじゃねえかってバカげた話もあるけどな」
「ふーん……」
さほど興味なさそうな面持ちで、J は新しい煙草に火をつけた。
いまやハコムラの事業は多岐に渡るが、
その中には、未だ戦乱を免れない国に向けての武器弾薬製造も含まれているという。
人死に商売で儲けておいて、その傍らでは新薬開発による医療革命か。
見境ないな。皮肉な思いで J は煙を吐いた。
生死をも一緒くたにして、余すところなく手を出すハコムラの方針に、
やはり好意を覚えることができない J である。
しかし、そんな得体の知れない研究を狭間が続けていることについて、
ハコムラ総帥である聖は無言でそれを認可していたのだろうか。
「聖がうるさく言うのは、実際の売上だけさ」 J の問いに那音が答えた。
「新技術や製品の開発に関しては、適当に見込み利益を出しておけば、
さほど文句は言わない。聖は新しいオモチャが大好きだからな」
「成程ね」
那音の言葉を聞いて、
先日麻与香が自分の夫を 『子供っぽい』 と評したことを J は思い出す。
「まあ、他の役員連中は聖よりは保守的で頭が固いけどな。
だが、ハコムラがここまでデカくなったのは、聖の先見によるところもデカい。
なんせ、将来性や可能性っていう賭金だけでギャンブルに勝ってきた部分もあるし」
「でも、その聖に NO と言わせるほどの金額を C&S は提示してきた。
それは、C&S の、というよりも、狭間本人の希望だった……。
しかし、それが却下されて、狭間は自らの古巣である C&S の売上を操作して
自分の研究資金にあてがっている……。
あんたが言いたいのは、そういうことか」
「そう」
短く答えて、那音は煙草の煙を吐き出した。
窓を閉め切った部屋の中は、2人から立ち上る煙がこもり、
周囲の壁がうっすらと白んで見える。
ここが J のオフィスだったら、有能な勤労婦人の千代子が
見るに見かねて、顔をしかめながら窓を全開にしているところだろう。
→ ACT 4-24 へ
「で、ウワサの真偽を確かめるために、笥村聖は内々の調査に踏み切った、と」
「そういうこと」 と那音。
「といっても、本当に調査があったかどうかも定かじゃないんだよな。これもウワサだし」
「ウワサ、ウワサって、そればっかじゃん。ナンか当てになる情報はないの?」
「当てになるといえば、そうだな……。
調査云々のウワサが立った直後に、聖が失踪した……っていう事実ぐらいだな」
「直後?」
「そ。それともう一つ。こっちの方がオモシロいぜ」
那音は J の面前に向かって煙を吐き出した。
白い靄の不愉快さと、勿体ぶる那音の言い様に眉をひそめる J だが、
何も言わずに那音の言葉の続きを待った。
「聖が失踪した後に、麻与香が替え玉《ダブル》を立ててその場しのぎをしていることは
フウノも知ってるよな?」
J は無言で頷いた。
麻与香が J の事務所を訪れた時に、彼女の口からそのことを聞いている。
「実は、その替え玉野郎が、
あれだけ役員会でモメていた C&S からの開発費申請を、使途目的も含めて再提出させた。
で、数日後には、その申請案を強引に承認しちまったんだよ」
「……」
「これには、さすがに役員達も驚いてたね。
一度却下した話を浮上させて、しかも挙句に GOサインを出すなんて、
それまでのハコムラ総帥の行動パターンからは考えられないからな」
「それって、替え玉《ダブル》の独断?」
「んなワケねえじゃん」 那音はきっぱりと否定した。
「あれは所詮、木偶人形に過ぎない男だ。
後ろで糸を引いてるヤツがいるに決まってるだろうが」
「誰が」
「狭間だよ」 素っ気なく那音は答えた。
「十中八九、これは間違いない……と、俺はニラんでんだけどね」
「狭間? その根拠は?」
「ふふん」
J の問いを無視して、那音は口から煙草の煙を輪にして吐き出した。
とりわけ大きな輪ができて満足げな笑みを浮かべる那音に、
焦れったさと苛立ちを感じながら、J は先を促した。
「那音」
「いや何、実はこっからが本題なんだけど」
「本題まで長げーよ、お前。早く話せ」
「分かった分かった」
この男には珍しく J の不穏な表情を察したのか、
せっつかれて那音は J の機嫌を取るように再び喋り出した。
「C&S の現在の所長はアルヴァニー・渡邊(ワタナベ)っていう女なんだが、
実は、その上に最高管理責任者ってのが存在するんだよ」
「?」 J は怪訝な表情を浮かべる。
「よく判らないけど、普通は所長が責任者じゃないの?」
「普通はな。でも、C&S では違う。
所長も所員も研究内容も建物もひっくるめて管理してるヤツがいる。
で、その責任者っつうのが……なんと笥村聖の主席秘書だったりするんだな」
「……狭間? ますます判らない。そういう兼任って、アリなの?」
「他の企業のことは知らないが、少なくともハコムラの中ではアリらしい。
そもそも、狭間はアルヴァニーが来る前は、C&S の所長だったんだよ」
「……」
那音から次々に繰り出される新しい情報は、多少ならず J を混乱させた。
いかにも曰くありげに話す那音の口振りは要領を得ず、
今のところ、全ての情報は J の頭の中にバラバラの状態で点在するのみで、
一連の因果関係が見えてこない。
物事をロジカルに考えるのが苦手な J にとっては、もどかしさが増すばかりである。
→ ACT 4-23 へ
「ケミカル・アンド・サイエンス?」
「『C&S -シー・アンド・エス-』 っていう通り名の方が判りやすいかもな」
「……ああ、あれか」
その名は J の耳にも聞き覚えがあった。
ハコムラ・コンツェルンの医薬部門として作られた研究施設である。
新薬や医療器具の開発・販売などを手がけていて、
つい最近では、進行性疾患の新療法を開発したとか何とか、
そんな記事を J はデイリーペーパーで読んだことがあった。
系列会社といえども、コンツェルンの中ではそこそこ大きな規模を持つらしい。
「で? その C&Sが何だっつーの?」
「これはウワサなんだが……」 那音が声をひそめる。
「笥村聖が直々に、その C&S を密かに内部調査させていたらしいんだよ」
「内部調査? 査察ってこと?」
「いやいや、そんな穏便なモンじゃないらしい。
どちらかというと、不正疑惑がらみってヤツ」
「不正?」 不穏なキーワードに、J の関心がぴくりと動く。
「那音、その辺りを、も少し詳しく」
那音から聞き出した話は、次のような内容だった。
ハコムラ・コンツェルンでは、前期決算の利益の中から
傘下各企業に開発用の予算が割り当てられてることになっている。
その金額は、各社からの申請額を基に検討され、
最終的には役員会において認可・非認可の判断を受けることになる。
勿論、C&S も例外ではない。
しかし、今年に入って開催された役員会において、
当の予算案についてのささやかな議論が交わされた。
C&S から提出された予算申請が、
役員達の予想外に巨額であったことが原因である。
「何しろ、他社とは桁違いなんだよ」 那音が説明する。
「ウン十億って金だぜ? そんな金額を、よくもまあ提示できたもんだ。
何を開発するつもりなのかは知らないが、
さすがの俺も、C&S って度胸があるのかバカなのか、分からなかったね」
元々C&S は、資金面においてはコンツェルン内部で優遇されている機関らしく、
先年までは、かなりの開発費を分配されていたため、
他の会社から反感を買うこともあったのだ、と那音は付け加えた。
しかし、今年度の巨大な申請額においては、さすがに役員達を鼻白ませた。
結局、C&S 側の申請は却下され、前年と同額の配分に収まった。
「問題は、その後だ」 興が乗ってきたように、那音が身を乗り出す。
「毎月報告される C&S の売上額が、少しずつ落ち始めたんだよ。
悪い時には、前年比マイナスなんてこともあってな」
「たまたま景気が悪かったんじゃないの?」
「他の会社の売上が順調に延びてんのに?
上から下まで関係会社がガッツリ結びついてる組織の中で、
そこだけ落ち込むなんて、あり得ない話なんだよ」
そういうものなのか、と
ハコムラの経営状態にさっぱり関心がない J は思ったものだが、
当時のコンツェルン内部では、C&S の売上減はかなり問題になったらしい。
「そんなことが続くうちに、いつの頃からか
まことしやかなウワサが流れ始めたんだよ」
「ウワサ?」 J は尋ねた。「どんな」
「C&S が売上をちょろまかして、
却下された開発予算の不足分に当てているんじゃないか……ってね」
「……分かりやすいウワサだな」
「そうなんだよ、いかにもありそうな、って感じだろ?
元々、C&S はコンツェルン内部でも余り良く思われていなかったから
いつの間にか、そのウワサに尾ひれがついちまってさ。
あることないことが広まって、
一時期はちょっとした季節のご挨拶ぐらいに話題になったんだよな、これが」
そして、当然それはコンツェルン総帥の聖の耳にも入ってしまった。
→ ACT 4-22 へ