「で、ウワサの真偽を確かめるために、笥村聖は内々の調査に踏み切った、と」
「そういうこと」 と那音。
「といっても、本当に調査があったかどうかも定かじゃないんだよな。これもウワサだし」
「ウワサ、ウワサって、そればっかじゃん。ナンか当てになる情報はないの?」
「当てになるといえば、そうだな……。
調査云々のウワサが立った直後に、聖が失踪した……っていう事実ぐらいだな」
「直後?」
「そ。それともう一つ。こっちの方がオモシロいぜ」
那音は J の面前に向かって煙を吐き出した。
白い靄の不愉快さと、勿体ぶる那音の言い様に眉をひそめる J だが、
何も言わずに那音の言葉の続きを待った。
「聖が失踪した後に、麻与香が替え玉《ダブル》を立ててその場しのぎをしていることは
フウノも知ってるよな?」
J は無言で頷いた。
麻与香が J の事務所を訪れた時に、彼女の口からそのことを聞いている。
「実は、その替え玉野郎が、
あれだけ役員会でモメていた C&S からの開発費申請を、使途目的も含めて再提出させた。
で、数日後には、その申請案を強引に承認しちまったんだよ」
「……」
「これには、さすがに役員達も驚いてたね。
一度却下した話を浮上させて、しかも挙句に GOサインを出すなんて、
それまでのハコムラ総帥の行動パターンからは考えられないからな」
「それって、替え玉《ダブル》の独断?」
「んなワケねえじゃん」 那音はきっぱりと否定した。
「あれは所詮、木偶人形に過ぎない男だ。
後ろで糸を引いてるヤツがいるに決まってるだろうが」
「誰が」
「狭間だよ」 素っ気なく那音は答えた。
「十中八九、これは間違いない……と、俺はニラんでんだけどね」
「狭間? その根拠は?」
「ふふん」
J の問いを無視して、那音は口から煙草の煙を輪にして吐き出した。
とりわけ大きな輪ができて満足げな笑みを浮かべる那音に、
焦れったさと苛立ちを感じながら、J は先を促した。
「那音」
「いや何、実はこっからが本題なんだけど」
「本題まで長げーよ、お前。早く話せ」
「分かった分かった」
この男には珍しく J の不穏な表情を察したのか、
せっつかれて那音は J の機嫌を取るように再び喋り出した。
「C&S の現在の所長はアルヴァニー・渡邊(ワタナベ)っていう女なんだが、
実は、その上に最高管理責任者ってのが存在するんだよ」
「?」 J は怪訝な表情を浮かべる。
「よく判らないけど、普通は所長が責任者じゃないの?」
「普通はな。でも、C&S では違う。
所長も所員も研究内容も建物もひっくるめて管理してるヤツがいる。
で、その責任者っつうのが……なんと笥村聖の主席秘書だったりするんだな」
「……狭間? ますます判らない。そういう兼任って、アリなの?」
「他の企業のことは知らないが、少なくともハコムラの中ではアリらしい。
そもそも、狭間はアルヴァニーが来る前は、C&S の所長だったんだよ」
「……」
那音から次々に繰り出される新しい情報は、多少ならず J を混乱させた。
いかにも曰くありげに話す那音の口振りは要領を得ず、
今のところ、全ての情報は J の頭の中にバラバラの状態で点在するのみで、
一連の因果関係が見えてこない。
物事をロジカルに考えるのが苦手な J にとっては、もどかしさが増すばかりである。
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