「たとえ、狭間が何か仕掛けた可能性が0%ではないにしても、
裏付ける根拠がなければ、ただの言いがかりだよ、トリガイ専務。
あんたの思い込みだけでムダに動かされるのは、あたしはゴメンです」
「慎重だなー、フウノは」
「……」
お前まで言うか。
J は少しだけムッとした。
慎重過ぎる性分には J 自身も自覚があるとはいえ、
自分の苦手な人間達にこぞって指摘されると、さすがに面白くない。
「とにかく、C&S や狭間のことは、一応頭ン中に留めておくから……」
そう言って J は空想に近い那音の言い分を打ち切ろうとしたが、
それを無視して那音がふいに言葉を割り込ませる。
「狭間の研究には、きっと麻与香も絡んでるぜ」
「は?」 那音の口から出た思いがけない名前は、一瞬 J の意表を突いた。
「麻与香? 何で麻与香がここに出てくるんだ?」
J の問いには答えず、那音はソファの背もたれに身体を戻した。
J の背後の壁に目をやりながらも、
その焦点は壁を越えた何かに向けられているような、遠い視線を投げている。
「C&S への金回りが良くなったのは、ここ数年のことなんだよな……」
那音が独り言のように呟く。
「予算の時期になると、必ず前年の倍以上に額が跳ね上がっている。
で、それが始まったのは……」
そう言いかけた那音は、大理石の灰皿に煙草の火を押し付けて消すと、
立ち上がって壁際の書類棚から、1冊の分厚いファイルを取り出した。
表紙には 『社外秘』 と判が押され、中にはかなりの枚数の紙が綴られている。
相当重いらしく、那音は両手でファイルを持ち直すとソファまで戻り、
乱暴な音を立てて J の目の前のテーブルに置いた。
ファイルとテーブルがぶつかる大きな音に思わず J は眉をひそめたが、
忙しなくファイルのページをめくる那音の動作を、黙って見ていた。
「しかし、世の中ではペーパーレス化が進んでるってのに、
何でこう、紙なんか使いたがるのかね、ウチのお偉いさん方は」
「年寄りが多いからだろ」 詰まらなそうに Jが答える。
「だからって、ムダなんだよ。どうせ全部に目を通してるヤツなんていないのによ。
理解に苦しむぜ、まったく」
目当てのページがなかなか見つからないことに文句をいいながら、
辛抱強く那音はページを繰り、辛抱強く J は待った。
「ああ、あった、あった。事業所別の推移財務報告書」
やがて、那音が目当ての書類を探し出して、ファイルを J の方へ差し向けた。
「これを見れば、ここ20年間の C&S の予算が一目で判る。
まあ、ちょっと見てくれよ。8年前のところ」
そう言いながら那音が指差した紙面に J は目を向けた。
幾つかのグラフがプリントアウトされている中に、
『当初予算比較推移表』 とタイトルが付けられた折れ線グラフがある。
グラフは20年前から始まり、
那音の言葉通りに、8年前から数値が徐々に伸びている。
それは不自然なくらい急激な右上がり線で、
最新と最古のデータを比較すると、金額にしておよそ10倍以上の差があった。
「ふーん……」 J はグラフを見ながら言った。
「すごいな。ウナギ登りってのは、こういうことを言うのかね。
しかも、シャレにならない金額じゃん。8年前って何かあったの?」
「特にないね」 那音はにやりと笑った。
「狭間の研究が始まったのが、今から8年前……ってことぐらいかな」
「……例のナゾの研究ってヤツか」
J は呟いて、しばし沈黙の中で思案した。
→ ACT 4-26 へ
裏付ける根拠がなければ、ただの言いがかりだよ、トリガイ専務。
あんたの思い込みだけでムダに動かされるのは、あたしはゴメンです」
「慎重だなー、フウノは」
「……」
お前まで言うか。
J は少しだけムッとした。
慎重過ぎる性分には J 自身も自覚があるとはいえ、
自分の苦手な人間達にこぞって指摘されると、さすがに面白くない。
「とにかく、C&S や狭間のことは、一応頭ン中に留めておくから……」
そう言って J は空想に近い那音の言い分を打ち切ろうとしたが、
それを無視して那音がふいに言葉を割り込ませる。
「狭間の研究には、きっと麻与香も絡んでるぜ」
「は?」 那音の口から出た思いがけない名前は、一瞬 J の意表を突いた。
「麻与香? 何で麻与香がここに出てくるんだ?」
J の問いには答えず、那音はソファの背もたれに身体を戻した。
J の背後の壁に目をやりながらも、
その焦点は壁を越えた何かに向けられているような、遠い視線を投げている。
「C&S への金回りが良くなったのは、ここ数年のことなんだよな……」
那音が独り言のように呟く。
「予算の時期になると、必ず前年の倍以上に額が跳ね上がっている。
で、それが始まったのは……」
そう言いかけた那音は、大理石の灰皿に煙草の火を押し付けて消すと、
立ち上がって壁際の書類棚から、1冊の分厚いファイルを取り出した。
表紙には 『社外秘』 と判が押され、中にはかなりの枚数の紙が綴られている。
相当重いらしく、那音は両手でファイルを持ち直すとソファまで戻り、
乱暴な音を立てて J の目の前のテーブルに置いた。
ファイルとテーブルがぶつかる大きな音に思わず J は眉をひそめたが、
忙しなくファイルのページをめくる那音の動作を、黙って見ていた。
「しかし、世の中ではペーパーレス化が進んでるってのに、
何でこう、紙なんか使いたがるのかね、ウチのお偉いさん方は」
「年寄りが多いからだろ」 詰まらなそうに Jが答える。
「だからって、ムダなんだよ。どうせ全部に目を通してるヤツなんていないのによ。
理解に苦しむぜ、まったく」
目当てのページがなかなか見つからないことに文句をいいながら、
辛抱強く那音はページを繰り、辛抱強く J は待った。
「ああ、あった、あった。事業所別の推移財務報告書」
やがて、那音が目当ての書類を探し出して、ファイルを J の方へ差し向けた。
「これを見れば、ここ20年間の C&S の予算が一目で判る。
まあ、ちょっと見てくれよ。8年前のところ」
そう言いながら那音が指差した紙面に J は目を向けた。
幾つかのグラフがプリントアウトされている中に、
『当初予算比較推移表』 とタイトルが付けられた折れ線グラフがある。
グラフは20年前から始まり、
那音の言葉通りに、8年前から数値が徐々に伸びている。
それは不自然なくらい急激な右上がり線で、
最新と最古のデータを比較すると、金額にしておよそ10倍以上の差があった。
「ふーん……」 J はグラフを見ながら言った。
「すごいな。ウナギ登りってのは、こういうことを言うのかね。
しかも、シャレにならない金額じゃん。8年前って何かあったの?」
「特にないね」 那音はにやりと笑った。
「狭間の研究が始まったのが、今から8年前……ってことぐらいかな」
「……例のナゾの研究ってヤツか」
J は呟いて、しばし沈黙の中で思案した。
→ ACT 4-26 へ
PR
この記事へのコメント
こんなこと書いてます
プロフィール
HN:
J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
最新コメント
いろいろ
ランキング参加中
カレンダー
ブログ内検索