「……で、こっから先は俺の憶測なんだが」
那音は、殊更に J の方へ顔を近づけて声をひそめた。
2人しかいない部屋の中で誰に聞かれるわけでもないのに、
その行動は無意味だろう、と J は思ったが、
今更この男の大仰な自己演出に、いちいち口を挟むつもりはなかった。
「狭間の研究っていうのは、実は新薬の開発でも何でもなくて、
何かもっと、とんでもない内容なんじゃないか、と俺は思うんだよ」
「とんでもないって?」
「だから、通常の予算枠やプラスアルファの開発費程度じゃ収まらないような、
異常に金を喰うコトを、狭間の独断で密かに研究してるんじゃないか……ってね」
「ハコムラ内部にすら、知られるとマズいような?」
「そうだ。でないと、あの徹底した極秘管理は納得いかねえ。
だから、聖が内部調査を始めた、なんてウワサを聞いた時は、
相当焦ったんじゃねえか? それで……」
「ちょっと、ちょっと待った」 勢いづく那音の言葉を J は手で制した。
「それで狭間が聖をどうにかした、と言いたいワケ?
それは話が飛び過ぎじゃないの? 憶測もいいところだ。
社会派ドラマやサスペンスじゃないんだからさ」
「だから、さっき言っただろ。俺の憶測だって」
「それにしたって……」
話の展開が乱暴すぎる。
那音の短絡的な発想に J は少し呆れ気味だった。
どうよ、と言わんばかりに、J の顔を正面から見据える那音を無視して、
J は今しがた目の前の男から聞いた話を頭の中でシンプルに組み立て直した。
ハコムラの系列会社の一つ、C&S。
C&S が行なっている不正 (というウワサ)。
そこには、聖の主席秘書・狭間の秘密の研究が関与している (という憶測)。
やがて不正の調査に笥村聖が乗り出した (というウワサ)。
そして、その矢先に聖は行方が知れなくなった。
聖失踪の背後では、狭間が糸を引いている…… (という憶測)。
余計な情報をそぎ落としたら、これ以上ないくらいに単純なストーリーになる。
いかにもそれらしく、いかにもありそうな企業内部でのゴタゴタではある。
だが、その構成はウワサと憶測だらけだ。
たとえ全てが事実だとしても、それはそれで出来すぎている。
「第一、ハコムラの主席秘書ともあろう男が、
たかが研究のためにハコムラ総帥をどうこうするなんて、あり得ないだろう。
リスクが大き過ぎるだろうし、そんな話自体に無理がある」
「だが、あいつは俺と違って切れるからな。
俺やフウノにとってはあり得ない話だとしても、ヤツなら上手くするかもしれない」
「ふーん……」
J は気のない返事を返した。
こいつ、狭間に何か恨みでもあるのか。
J がそう思ってしまうほど、那音は狭間にこだわっている。
「ふーんって、フウノ、俺の話、聞いてる?」
「いや、聞いてんだけどね、ナンか胡散臭い話ばかりで疲れてきた」
「ンなこと言うなよ。せっかく捨て身の情報提供してやってんのに」
「情報提供ねえ……」 J は疑わしげな視線を向けた。
「言っちゃ何だけどね、
そんなアヤフヤな情報ばかり並べ立てて、結論を急ぐこともないんじゃないの?」
「でも、可能性がないわけでもないだろう。『疑わしきは疑え』 ってな」
それはお前のことだろう、と J は心の内で那音をなじる。
疑わしい男から疑わしい話を聞かされて、信じる根拠はどこにもない。
J にとっては、聖失踪の手掛かりを与えられた、というよりは、
その方向へ関心を向けるよう那音に強いられているような感がある。
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