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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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J が持っている (正確には、諛左に持たされた)AZ は昨年発売された型で、
比較的シンプルな機種である。
それでも標準装備として、GPS、ネット、カメラ、ミュージック・プレイヤーなど
様々な機能が組み込まれているのだが、
ライト・ユーザを絵に描いたような J にとっては
それらの機能も、単なるヒマつぶし用途の域を出ていない。

ただ、オプションで電話通信にモニター機能が付加されている。
相手の顔を見ながら通話ができる、という TV電話もどきの代物である。

J 自身は、

『ID 証明機能だけの一番簡単な(つまり、一番安価な)ものでいい、
端末も通信機能も要らない』 と言い張ったのだが、

『電話が付いてなきゃ意味がないだろう。
しかも、お前は目を離すと、すぐサボるし』

と、J に新品の AZ を手渡しながら諛左は言ったものである。

『モニターがあれば、お前が働いているか、
酒場のカウンターで油を売っているかが、すぐ分かるからな』

『……』

ID で管理される上に、諛左にまで行動を監視されるのか。
カンベンしてくれ。
その時の、正直な J の心の声である。


AZ 嫌いゆえに、それを持ち歩くことも極力避けたい J だったが、
諛左に冷たくクギを刺されたこともあり、
さすがに今日は、仕方なく小さな端末機をコートのポケットに忍ばせている。

『ちゃんと ON にしておけよ。持っているだけなら、ただの金属の塊だ』

事務所を出掛けに、さらに諛左から念を押されたことを思い出し、
J はため息まじりで AZ を取り出して起動スイッチを押す。
画面が点滅して声紋チェックのメッセージが表示され、J は

「諛左のバカバカバーカ」

と、通話部分に向かって小さく呟いた。

本当なら本人に面と向かって投げつけてやりたい言葉だが、
恐らくは100倍、いや1000倍以上の悪態返し、という憂き目を見るのは確実なので
AZ 相手に憂さを晴らすしかないところが自分でも情けなく思う J である。

J の声と、AZ にインプットされている声紋データの照合が終わり、

『声紋チェックOK。本人確認OK。ID が認証されました』

という文字が画面に浮かび上がる。

「はいはい、お世話様」

と答えて、J は 《ROCK》 と描かれたボタンを押し、
銀色の機体を再びポケットにしまい込んだ。
これで J 本人がパスワードで解除しない限り、他人にこの AZ は使用できない。
個人情報漏洩対策、なりすまし対策も万全である。
まったく行き届いたキカイだ、と皮肉をこめて J は思う。


再び、J はのろのろとダウンエリアを歩き出した。
行き先は決まっていない。

狭間に会うのは、明日。諛左が勝手に決めた予定だが。
とりあえず今日は独自に使える一日だ。
何を調べようか。
歩いているうちに、どこか目的地が思い浮かぶだろう、
そんな定まらない足取りで J は歩き続けた。



→ ACT 4-4 へ

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唇をとがらせて、まだ不満げな表情を見せる J に、諛左はさらに言い募る。

『それでも、たまにはお前の意志を尊重してやろうと思って
アポ取り前にお前に連絡しようとした。したんだよ、俺は。一応。
だがな……』

言葉を切って諛左は軽く J を睨む。
その視線の意味に思い当たった J は、逆にそわそわと視線を泳がせた。

『……お前の AZ -アズ- が事務所に置きっぱなしだったんでな。
結局、俺の一存でアポ決めをした、というわけだ』

『う』

『う、じゃない』 今度は諛左の方が機嫌を損ねたような口調になる。
『いつも言ってるだろう。外出する時は、必ず AZ を持ち歩け。
携帯端末の意義は携帯することにあるんだぞ。
部屋に置いて眺めて楽しむためじゃないんだからな。分かってるのか』

『……はい』

またしても言い返せない J である。


個人識別機能搭載の携帯用端末機 『PORTUS From A To Z』、
通称 『AZ -アズ-』。

いまやニホン人の中で、
10人のうち9人までが所持していると言われている、PORTUS社の製品である。

AZ は、ニホン国民およびニホンへの永住権保持者に発行される ID ナンバーを
管理するために誕生した個体認識機が母体となっている。
およそ50年前、この機器を元にして政府の管理局とPORTUS社が共同開発し、
本来の目的以外にも様々な機能を持たせることに成功した。
(ちなみに、PORTUS社はハコムラ・コンツェルン傘下の電子製品メーカーである。)

以来、AZ は進化し続け、現在では、個人の ID 証明に加えて、
ネットワークを介した情報端末、電話通信システム、CPU 搭載のデータベースは勿論、
よりエンターテインメント性を高めた機種には
テレビ受信、カメラ撮影機能、録音・録画・再生機能などが組み込まれ、
従来の ID 証明機能が付録にすら思えるようなものまで登場している。

命名者が意図した通り、まさに 『A から Z まで』、
すなわち、ありとあらゆるライフシーンでの利用が可能な機体へと成長したわけである。
『大災厄』 後、復興に躍起になっていたニホンが、
どうだ、と言わんばかりに胸を張って自慢できる、科学技術の粋といえるだろう。


しかし、J はこの 『AZ』 が嫌いだった。

そもそも、ID による個人の認識、という考え方が気に食わなかった。

いくらニホン国民の義務とはいえ、
勝手に番号を割り振られ、数字として管理されている自分自身を想像すると、
何ともやるせない気分になってしまうのだ。

最近では、公の機関や施設、一部の銀行などにおいては
AZ を携帯していないと入館できないところまである。
入り口で AZ をリーダーにかざせば、
所持者の ID、勤務先、保険番号などの個人データがデジタルに分解され、
ホストコンピュータによって 『ここにいる人間は、○○本人である』 と識別されるのだ。
そして、記録が残される。
『○時○分○秒、○○入館』というふうに。

目の前にいる人間を実際に見て、会話を通じて認識するよりも
AZ による判定の方が重きを置かれているような現状は、
果たしてどうなのだろうか、と たびたび J は思う。

ID に対する J の個人的な好き嫌いは置くとして、
あくまでも一つのツールとして考えれば、確かに便利には違いない。
それが証拠に、今ではごく普通に受け入れられているし、
むしろ、AZ なしでは考えられない世の中にまでなっているのが現状だ。

しかし、ID のみならず、最近の AZ の過剰ともいえる多機能性については、
メカニカルな知識や興味とは縁がない J にとっては、閉口するばかりである。
操作が複雑になるばかりで、厄介なことこの上なく、
ご丁寧に 『A から Z まで』 と謳われても、
そこまで使いこなす機会もないし、そんな気もさらさらない J なのであった。



→ ACT 4-3 へ

ACT 4  - He  who  gives  fair  words  feeds  you  with  an  empty  spoon -



風が冷たい。
コートのポケットに両手を突っ込んで、
事務所を出た J はぶらぶらとダウンエリアを歩き始めた。

何処へ向かうでもなく、吹きつける風に逆らうように、ただ歩く。
時々見上げる10月も終わりの空は鉛の色を帯びて、
雲の切れ目に微妙な陰影を躍らせている。
窓から見下ろそうが、路上から見上げようが、
街に漂うモノトーンの色調を変えることはできないようだった。

さて今日はどうしよう。
思案顔の J である。


麻与香の依頼を受け、動き始めて2日め。
昨日、笥村聖の本宅を訪れはしたものの、ほとんど何の手掛かりも得られなかった J は
そのことに対する諛左の嫌味を覚悟して事務所に戻った。

しかし、意外にも諛左は、

『まあ、そう簡単にはいかないだろうな』

と、素っ気なく言っただけだった。
この男にしては珍しく寛容な反応に、少々拍子抜けした J だったが、

『家の方はしばらく放っておいても構わないだろう。
笥村聖は在宅中に行方不明になったわけじゃないからな。
力を入れて調べなきゃならないのは、ハコムラ本社の方だ。
いちおう、主席秘書の狭間にはアポを取っておいた。
明後日の午後1時だから、よろしくな』

と告げられ、相変わらず一方的に J の時間を切り売りするその態度に、
J の顔にはいつもの不機嫌さが戻ってくる。

『あのさ、諛左サン』

『何』

『いつも言ってるよね。
アポ取る前に、こっちの予定も一応聞いてほしいって』

『アポイントメントは原則として先方の都合に合わせる。
お前の予定を聞いたからといって、それを優先させるわけにもいかないだろう。
特に今回はお忙しいハコムラの主席秘書様が相手だからな。
これでも何とか時間を取ってもらったんだぞ。
今さら変更はできないから、そのつもりで』

『う……』

あまりに正論すぎる言葉は、いつものごとく J の反論を許さない。
さらに諛左が追い討ちをかける。

『それ以前にだな、お前の都合を聞いたからといって、
優先させなきゃならないほどの過密スケジュールを、お前がこなしているとは思えない。
何か言いたいことは?』

『……ございません』

また勝てなかった。
心の中で舌打ちするしかない J である。
この男を言葉でやりこめてやる日が、いつかは訪れるのだろうか。
いや、そんな日は永遠に来ないような気がする。



→ ACT 4-2 へ

さて。

いまだに浮上できず、
ここしばらくは、ヒト様のブログに立ち寄る気力もなく、
ただただ ACT 3 の更新のみにネット時間を費やしてきたワタクシでございます。

メッセージをくださった方々、お返事もできず、ゴメンナサイ。

とりあえず 「PURPLE HAZE」 の ACT 3 までが終わったので
ちょっとごあいさつ。

読んでくださっている方、本当にありがとうございます。


「水晶異聞」とは違って、「PURPLE HAZE」 では、
どこか負のイメージを負ったような、突き放した文章を意識して書いています。

そんな地の文に加え、
主人公 J のネガティブで投げやりな心の声や、
ユサの辛辣さ、マヨカの執着なども相まって
内容的には、明るく楽しい物語では決してないと思います。

書いといてナンですが。

それが最終的にどのように帰結するのか。
大まかなプロットはありますが、実は、うまくまとまるかどうか自分でも不安です。

簡潔に書こうと思いながらも、相変わらずダラダラしてるし。


ともかく、次からは ACT 4 に入るワケですが
相変わらずケダルい感じで話は進んでいきます。

よろしければ、また読んでやってくださいな。

 

ところで、ACT 1~3 までのサブタイについて
「どういう意味?」というお問い合わせがあったので、
ここでご説明させていただきます。


基本的にサブタイトルは、英語あるいは日本のことわざを、
そのまま、あるいは、ちょっと変えて使っています。


まず、ACT 1 の “ All  is  fish  that  comes  to  my  net ” ですが、
直訳は 「網にかかるものは何でも魚」。
要するに「利益になるものは全て利用せよ」という意味です。
(本当は my  net ではなく、the  net ですが)

これは、物語の中でユサの台詞でも使わせてもらいました。
マヨカの依頼をしぶる J に対しての、ユサからの軽い進言ですね。
「何でも屋」 である J の基本スタンスを表わす言葉でもあります。


ACT 2 の “ The  worst  of  friends  must  meet ” は、
もともとあることわざを、真逆の単語に変えて使っています。

オリジナルのことわざは 「 The  best  of  friends  must  part 」。
「 最良の友との間にも別れはくる」 という意味なんですが、
この章では J が最も会いたくない、かつての友人・マヨカが登場することから
「 The  worst  of  friends  must  meet 」 と無理やり変えました。

「最悪の友でも、会わなくてはいけない時がくる」
という意味で使っています。
会いたくもないのに、マヨカに会わなくてはいけない J の心境ですね。


そして、
ACT 3 の “ A  good  dog  seldom  meets  with  a  good  bone ” です。
直訳すると 「良い犬もおいしい骨にぶつかることは少ない」 てな意味。
英語のことわざをそのまま使ってます。

意味は、
「たとえ才能がある人でも、
機会に恵まれなければ才能を発揮できずに終わることもある」 というもの。

ACT 3 で登場した、ハコムラ家の番犬・アナンのことを指しています。
同時に、ハコムラ家を調べに来たのに、結局は徒労に終わる……という
J の行動をイメージした言葉でもあります。

でも、この章では “dog” という言葉を意識しすぎて
やたらと 「番犬」 という表現をしてしまったかな、と反省しています。

最後の方には、本物の野良犬もちょこっと出てきたし。
J に歌まで口ずさませたし。

 

ところで、サブタイに格言やことわざを使おうと思ったのは、
先人達の経験や知恵から作られた古い言葉のハズなのに、
現代社会に生きる自分達にも充分通用する、
そんな不変性(というと大袈裟ですが……)に魅かれたから。

「PURPLE HAZE」 は、現代の日本とは違う設定のニホンが舞台ですが、
世界観や文明レベルなどは違っていても
そこに生きている人々の行動はワタシ達と変わりません。
すこぶる、人間クサいです。

現実社会であろうと、架空の世界であろうと
どこに行っても人間は人間。変わりません。
そんなイメージが、
ワタシの中で 「ことわざ」 が持つ不変イメージと重なったワケでして。


英語表記にしたのは、ちょっとアザトイかな……と思わないでもないですが。


ちなみに、次から始まる ACT 4 のサブタイトルは
“ He  who  gives  fair  words  feeds  you  with  an  empty  spoon ”(仮)。

これも英語のことわざ。
直訳は 「巧言を用いる者は、空のスプーンで食べさせようとする」。

「言葉を巧みに操って表面を取り繕う人間は、仁が欠けている者が多い」……という意味。
「巧言令色少なし仁」 ってヤツですね。

巧言をかまそうとしているのは、さて、一体誰なのか。

それは……えーっと、いつか分かります。たぶん。


というわけで、ACT 3 のあとがき……のハズが
結局あとがきになってない、そんな今日のエントリーでした。

「それから……」

ミヨシがやんわりと付け加える。
その声に麻与香の回想が一瞬途切れ、現実を呼び起こした。

「言動や物腰は、どこか冷めた雰囲気をお持ちでしたが、
ご気性は正反対なのではないか……とも、お見受けいたしました」

「あら、クールなのは見せ掛けだけってこと?
それとも、クールを装っているってことかしら?」

「装う、と言うよりは……」 麻与香に質されて、ミヨシはさらに困り顔になる。
「ご自分の感情をうまくコントロールされているのだと思います。
しかし、一度リミッターが外れてしまうと、
ご自身でも自らの感情を持て余してしまう、そんな方ではないでしょうか」

「怒らせちゃいけないタイプってことね」

「まさに」

「何故、そう思ったの?」

「目でございます」

ミヨシは即答した。
ほんの一瞬、老人の表情から穏やかさが消え、眼光が鋭く光る。

「冷静でいながらも、目の力が非常に強いのです。
一度、目を合わせたら、なかなか逸らせず、そのまま視線が突き刺さってくるような。
こちらが迂闊なことを申せば、いきなり襲いかかってこられるような気までいたしまして……」

「野獣じゃないんだから」

「はあ、それはそうなのですが」
再び、柔和な表情を取り戻したミヨシは、申し訳なさそうに麻与香に頭を下げる。
「すべてわたくしの印象ですので、根拠は何もございませんが」

「いいのよ。根拠なんて必要ないわ。あなたの目が利くことは分かってるから。
それに、どうやらあなたもフウノを気に入ってくれたようだし」

微笑みながらミヨシが会釈する。

「さすがに奥様のご学友だけあって、なんとも興味深い、ユニークな方でいらっしゃいますね。
『今回の一件』 は抜きにして、一度じっくり話をさせていただきたいものでございます」

「『ユニーク』 ねえ……随分、平凡な表現だこと」

「はあ、ボキャブラリーが少ないので、それ以外に妥当な言葉が見つかりません。
申し訳ございません」

別に謝るほどのことでもないのだが、
律儀な老人は心底申し訳なさそうに麻与香に頭を下げてみせる。
頭の位置を戻した時、ミヨシはふと何かを思いついたような表情を浮かべた。

「……そういえば、警護の阿南でございますが」

「阿南?」 麻与香は少し眉をひそめて、名前の主を思い出そうとした。
「……ああ、あのデカい男ね。頬に傷のある」

「そうでございます。ミス・フウノがお見えになった時、屋敷の警備に当たっておりました。
それでミス・フウノと接した際に、どうやら何らかの 『関心』 を持ったようでして……」

「ふうん?」

ミヨシの言葉は麻与香の興味を引いたようだった。
それで? という目つきで先を促す。

「恐らくは、阿南もわたくしが感じたのと同様の思いを抱いたのではないでしょうか。
それに、ミス・フウノにおかれましても、
阿南の存在が少々気にかかるようなご様子でした」

J が笥村邸から出て行く姿を、実はミヨシは邸内からそっと窺っていた。
そして、阿南と J がすれ違った時の様子を見逃してはいなかったのだ。

「あら、そうなの? ……へえ、阿南ねえ」

麻与香が面白そうに呟いた。
キャッツ・アイの瞳に浮かんだ光が、妖しさを増す。

「阿南、阿南か……面白そうだわね」

麻与香の脳裏に、自分がプロデュースするゲームの先行きが浮かび上がる。
『J』 というひときわ大きなコマと、それを取り巻く大小さまざまなコマ達。
その一つに、たった今、
アイスブルーの瞳を持つ2m近い巨体の男が加わったようである。

「また、何か悪巧みでございますか?」

悪戯めいた微笑みを浮かべる美貌の女主人を見やりながら
ミヨシはわざとらしくため息を吐いてみせた。

「困った方でございますね。
そういうところは、本当に旦那様とそっくりでいらっしゃる」

「悪巧みとは失礼ね」 さほど失礼とは思っていない口調で麻与香は答えた。
「あたしは、楽しいことを、もっと楽しくしたいと思っているだけ。
悪巧みだと思うなら、ミヨシ、あなた、あたしを諫めてみれば?」

挑戦的な言葉と眼差しの麻与香に対して、ミヨシはにっこりと微笑んだだけだった。

「いえいえ。お二方に負けず、わたくしも楽しいことは大好きでございますから」



-ACT 3-  END


→ ACT 4-1 へ

J が懸念していた通り、
麻与香の心の中では 『笥村聖の捜索』 という依頼とは別の思惑が蠢いている。

それは麻与香にとって、あるゲームの始まりだった。

コマは J。
ダイスを振りながら歩を進めるのも、J 自身。

ゲームボードのゴールは、麻与香の手の内にある。
楽には辿り付けない。
ゴールまでの道程には、麻与香がバラまいた様々な布石が用意されているから。
勿論、幾筋もの脇道も。

麻与香は煙草を取り出しながら、また笑った。
ウンザリしながらも困惑し、憤慨し、さらに倦怠を募らせるであろう J の姿を思うだけで
麻与香の口元には、たちの悪い微笑が自然に浮かんでくるのだ。

「楽しそうでございますね、奥様」

ミヨシの指先でライターが火を点す。
その火が煙草の先端に移るのを眺めながら、麻与香はミヨシを見た。

「楽しいわ。この上もなく。
フウノが 『本当のこと』 を知ったら、どんな顔するか、想像するだけで楽しくなっちゃう」

「いけない方でございますね」

やれやれ、と肩を竦めたミヨシの表情は、それでも言葉とは裏腹に笑みを浮かべている。

「ねえ、ミヨシ」

「はい」

「フウノを見て、どう思った?」

「ふむ、そうでございますねえ……」

ダイニングルームの片隅に置いてあった大理石の灰皿を取り、
丁寧な動作で麻与香の前に差し出したミヨシは、困ったような思案顔を女主人の方を向けた。

「……身のこなし方や歩き方などには慎重さを感じましたが、
ご気性の方は、なかなか気難しいお人柄ではないかと。
勿論、わたくしの勝手な憶測でございますが」

「いいのよ、続けて」

「心で思うことを100としたら、口に出すのは、そのうちの10だけ……。
言外に含むところを多くお持ちのような。
話していて、そのような印象を受けました」

「ふふ、そうね。あの子、昔からそんなところがあるわ」

カレッジ時代の昔を思い出したのか、麻与香の視線の先が遠くなる。

「何か言いたげな目をするクセに、言葉にはなかなか出さないのよ。
まるで 『言ってもムダ』 とでも言わんばかりにね」

そう、麻与香の記憶の中の J はいつもそうだった。
麻与香がおびただしく投げかけた言葉の数々に対して、
煩わしさを満面に浮かべながらも、J から答えが返ってくることはほとんどなかった。
諦めにも似た感情を瞳に浮かべて、意味ありげに麻与香を見るのだ。
ため息とともに。

J の中に潜むある種の倦怠感は、否応なしに麻与香の関心を引いた。
大勢の中にいても孤を保とうとする J のルーツを探ってみたかった。
疎まれながらも麻与香が J に付きまとったのは、それゆえの執着だった。

麻与香の口元に、懐かしむような、それでいてどこか悩ましい笑みが浮かぶ。



→ ACT 3-24(完) へ

プロフィール
HN:
J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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