ACT 4 - He who gives fair words feeds you with an empty spoon -
風が冷たい。
コートのポケットに両手を突っ込んで、
事務所を出た J はぶらぶらとダウンエリアを歩き始めた。
何処へ向かうでもなく、吹きつける風に逆らうように、ただ歩く。
時々見上げる10月も終わりの空は鉛の色を帯びて、
雲の切れ目に微妙な陰影を躍らせている。
窓から見下ろそうが、路上から見上げようが、
街に漂うモノトーンの色調を変えることはできないようだった。
さて今日はどうしよう。
思案顔の J である。
麻与香の依頼を受け、動き始めて2日め。
昨日、笥村聖の本宅を訪れはしたものの、ほとんど何の手掛かりも得られなかった J は
そのことに対する諛左の嫌味を覚悟して事務所に戻った。
しかし、意外にも諛左は、
『まあ、そう簡単にはいかないだろうな』
と、素っ気なく言っただけだった。
この男にしては珍しく寛容な反応に、少々拍子抜けした J だったが、
『家の方はしばらく放っておいても構わないだろう。
笥村聖は在宅中に行方不明になったわけじゃないからな。
力を入れて調べなきゃならないのは、ハコムラ本社の方だ。
いちおう、主席秘書の狭間にはアポを取っておいた。
明後日の午後1時だから、よろしくな』
と告げられ、相変わらず一方的に J の時間を切り売りするその態度に、
J の顔にはいつもの不機嫌さが戻ってくる。
『あのさ、諛左サン』
『何』
『いつも言ってるよね。
アポ取る前に、こっちの予定も一応聞いてほしいって』
『アポイントメントは原則として先方の都合に合わせる。
お前の予定を聞いたからといって、それを優先させるわけにもいかないだろう。
特に今回はお忙しいハコムラの主席秘書様が相手だからな。
これでも何とか時間を取ってもらったんだぞ。
今さら変更はできないから、そのつもりで』
『う……』
あまりに正論すぎる言葉は、いつものごとく J の反論を許さない。
さらに諛左が追い討ちをかける。
『それ以前にだな、お前の都合を聞いたからといって、
優先させなきゃならないほどの過密スケジュールを、お前がこなしているとは思えない。
何か言いたいことは?』
『……ございません』
また勝てなかった。
心の中で舌打ちするしかない J である。
この男を言葉でやりこめてやる日が、いつかは訪れるのだろうか。
いや、そんな日は永遠に来ないような気がする。
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