J が懸念していた通り、
麻与香の心の中では 『笥村聖の捜索』 という依頼とは別の思惑が蠢いている。
それは麻与香にとって、あるゲームの始まりだった。
コマは J。
ダイスを振りながら歩を進めるのも、J 自身。
ゲームボードのゴールは、麻与香の手の内にある。
楽には辿り付けない。
ゴールまでの道程には、麻与香がバラまいた様々な布石が用意されているから。
勿論、幾筋もの脇道も。
麻与香は煙草を取り出しながら、また笑った。
ウンザリしながらも困惑し、憤慨し、さらに倦怠を募らせるであろう J の姿を思うだけで
麻与香の口元には、たちの悪い微笑が自然に浮かんでくるのだ。
「楽しそうでございますね、奥様」
ミヨシの指先でライターが火を点す。
その火が煙草の先端に移るのを眺めながら、麻与香はミヨシを見た。
「楽しいわ。この上もなく。
フウノが 『本当のこと』 を知ったら、どんな顔するか、想像するだけで楽しくなっちゃう」
「いけない方でございますね」
やれやれ、と肩を竦めたミヨシの表情は、それでも言葉とは裏腹に笑みを浮かべている。
「ねえ、ミヨシ」
「はい」
「フウノを見て、どう思った?」
「ふむ、そうでございますねえ……」
ダイニングルームの片隅に置いてあった大理石の灰皿を取り、
丁寧な動作で麻与香の前に差し出したミヨシは、困ったような思案顔を女主人の方を向けた。
「……身のこなし方や歩き方などには慎重さを感じましたが、
ご気性の方は、なかなか気難しいお人柄ではないかと。
勿論、わたくしの勝手な憶測でございますが」
「いいのよ、続けて」
「心で思うことを100としたら、口に出すのは、そのうちの10だけ……。
言外に含むところを多くお持ちのような。
話していて、そのような印象を受けました」
「ふふ、そうね。あの子、昔からそんなところがあるわ」
カレッジ時代の昔を思い出したのか、麻与香の視線の先が遠くなる。
「何か言いたげな目をするクセに、言葉にはなかなか出さないのよ。
まるで 『言ってもムダ』 とでも言わんばかりにね」
そう、麻与香の記憶の中の J はいつもそうだった。
麻与香がおびただしく投げかけた言葉の数々に対して、
煩わしさを満面に浮かべながらも、J から答えが返ってくることはほとんどなかった。
諦めにも似た感情を瞳に浮かべて、意味ありげに麻与香を見るのだ。
ため息とともに。
J の中に潜むある種の倦怠感は、否応なしに麻与香の関心を引いた。
大勢の中にいても孤を保とうとする J のルーツを探ってみたかった。
疎まれながらも麻与香が J に付きまとったのは、それゆえの執着だった。
麻与香の口元に、懐かしむような、それでいてどこか悩ましい笑みが浮かぶ。
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