J は笥村家訪問が無意味であったことを強く再認識した。
ハコムラ本社を当たった方が得る物はあるだろう。
それは後日に回すとして、今日はここで切り上げよう。
勝手にそう決めた J は再び笥村邸に背を向けた。
何も麻与香のために足取りを早めることもないのだから。
歩き始めた J の目の前を、みすぼらしい野良犬が一匹通り過ぎた。
住人の豊かさとは裏腹に、センターエリアといえども犬の世界は厳しいらしい。
どこかのゴミ箱から拾ってきたのか、齧りかけのホットドッグをくわえている。
「いいねえ、お前は」
J は思わず口に出して犬に語りかけた。
「こっちは何の収穫もないってのに」
犬は、J を警戒するような目つきで見ていたが、やがて小走りで走り去った。
その姿を目で追った J の脳裏に、
子供の頃に口ずさんでいた幼い歌の歌詞が、ふと浮かんでくる。
bow-wow, bow-wow (ワンワン!)
bow-wow, bow-wow ! My little tiny puppy has lost his way !
Don't you come across him on your way ?
(ワンワン、ワンワン!可愛い子犬が迷子になった)
(途中で見かけなかったかい?)
「bow-wow」
J は頭の中のフレーズを揶揄するように呟きながら、
背後に感じる強い視線の主を、もう一度だけちらりと見やった。
アイスブルーの冷たい瞳が、相変わらず黒髪の陰からじっと J を見据えている。
諛左に似ている男。
苦手なタイプの男。
せいぜい、門に貼り付いていればいい。
番犬代わりの護衛なんかに用はない。
今度は躊躇することなく門前を離れ、J は来た時と同じく無愛想に立ち去った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミス・フウノという名の女が門の向こうに消え去るのを、阿南は無言で見送った。
確かにヤバい女だ。
最初に一目見た時から抱いていた感想を、阿南は再確認した。
女の動きは無防備なようでいて、何故か隙がなかった。
笥村邸を訪れる数多の人々とは、明らかに違う雰囲気。
それが阿南には気に入らない。
無理やりそのように振舞っている様子でもない。
あくまでも自然体だった。
女が醸し出す空気もさることながら、
阿南の心が引っかかっているのは、それだけではなかった。
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