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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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エレベータ・ルームの出口には、
二重になったドアが金属的な光を放って行く手を遮っている。
頑ななドアを開けて中へ入るには、やはり那音の AZ が必要なようだ。

「ここから上の階は重役オンリーってやつだよ」 J の表情に気づいた那音が説明する。
「俺の部屋もこのフロアにある。
一般人でここまで入ったのは、もしかしたらフウノが初めてかもな」

「それは光栄なことで」

ドアの横に貼り付いている認識装置に、那音が AZ をかざす。

PiPiPi……

小さな電子音がさえずるように答え、やがて頭上のスピーカーから声が聞こえてきた。

『認識シマシタ。ゴ苦労様デス、トリガイ専務。オ通リ下サイ』

同時に目の前のドアが開いていく。

「サンキュ」

誰に向かってか知らないが、那音は軽くウィンクしてみせる。
3回めのセキュリティ・チェックを経て、
ようやく2人はフロア内に足を踏み入れることができた。

「あんたが 『専務』 とはねえ……」
誘われるままに那音の後ろを歩く J は、驚きの中に皮肉を込めて呟いた。
「ある意味、すごい。ハコムラも思い切ったコト、するんだな」

「それ、どういう意味だよ」

「そういう意味だよ」

一介のロクデナシに与えられるにしては破格の地位である。
しかも、こんな男のために部屋まで用意してやるとは。
そんなムダ金が余っているなら、少しは社会全体に還元してもらいたいものだ、と
持てる者に対するいつもの反感が J の中で少しばかり頭をもたげてくる。
J は辛うじてそのマイナス感情押さえつけた。

仮にも専務と呼ばれる男の部屋があるフロアにしては、
エレベータを降りて以降のセキュリティがシンプル過ぎる点が J には気になった。
那音名義の AZ さえ持っていれば、本人がいなくとも容易に侵入できるだろう。

それとも、この階に関しては特に守らなくてはならない重要性がないということか。
その判断も J には納得できる気がした。
何といっても、この男が出入りするようなフロアなのだから。

しかし、J はすぐに自分の考えを改めた。
今、2人が歩いている廊下にも、
一見したところ、監視カメラの類などは設置されていない。
しかし、まるでビス跡のように壁に光る小さな丸い穴は、
巧妙に隠されたレンズであることを J は見て取った。
それらは2人の一挙一動を冷たく見つめている。
少しでも不穏な行動があれば、すぐにでも保安部隊が飛び込んでくるのだろう。

このビル内に秘密裏に侵入する予定は今のところないが、
もしその必要に迫られたなら、大層苦労することになりそうだ。


「ここが、俺の部屋」

唐突に立ち止まった那音が廊下に面したドアの一つを指差し、開閉のスイッチを押した。

そこはオフィスというよりもプライベート・ルーム的な一室だった。
J が想像していたよりも小奇麗な、というよりは殺風景な印象を見る者に抱かせる。

入口と向き合った壁は一面窓ガラスで覆われ、下界の様子を窺うことができる。
その窓をバックに木製の机が座を占め、一応の重役室らしさを醸し出していた。
部屋の中心には、本革のソファとローテーブル。
壁際には、金属製のシンプルな書類棚があり、幾つかのファイルが立てかけられている。

しかし、それ以外に、目につくような仕事道具は何もない。
そのことが、部屋の主が不在がちであることを雄弁に物語っていた。
雑然とした J のオフィスとは大違いである。



→ ACT 4-19 へ

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ドアが閉まってエレベータが動き出す。
緩慢な浮遊感が与える不快さに、J は眉をひそめた。
三方を囲むガラスの向こうでは、
エレベータが上へと移動するにつれてコンクリートの壁が下へ下へと向かっている。

「……階段の方がいいのに」

狭苦しい空間を嫌う J が、ぽつりと洩らす。
しかし、那音は鼻で笑った。

「78階まで? 日が暮れるぜ」

「……」

傍らの電光掲示に浮き出ている 『78』 というデジタルな数字を確認し、
J はため息をついた。
100近い階層を持つビルディングである。
78階というのが、恐らく重役専用のフロアなのだろう。

「まったく、『バカ』 と 『何とか』 は……」

すぐ高いところに昇りたがる。
小声で呟いた J の言葉は、今度は那音の耳に入らなかったようだ。
車の中と同様に、ここでも那音の問わず語りが始まっていた。
勿論、J も先程と同様に相手にしていなかったが。


エレベータはゆっくりと重力に逆らって上へと動いていく。
やがて地下を抜け、透明な円柱ボックスの周囲に外の光景が現れてきた。
数分ぶりの自然光は、J の気分を幾らか落ち着かせた。
そのまま更に上階を目指す。

閉ざされた空間の中、J は次第に足元よりも低くなっていく街の様子を眺めていた。
人が、車が、建物が、少しずつ街の中に溶け込んでいき、
やがて一体化して見えなくなる。

まるで化学の分子構造を見ているようだ。
J の頭の中に、遥か昔にジュニア・ハイで学んだ授業がふと甦る。
気の遠くなるほど小さい粒子が集まって形成される、一つの物質。
街も同じなのだ。
『街』 は最初から存在するのではない。突然生まれるわけでもない。
そこに生活する人、行き交う車の群れ、立ち並ぶビルの林……。
そういった様々な物質から構成されたものが、『街』 という曖昧な観念になっている。

見下ろす景色の中で、とりわけぼんやりと靄がかかっている区画。

あれは自分の棲息するダウンエリアの辺りだろうか。
住民の心境そのままにグレイに霞んでいる。
そう見えるのは、自分の錯覚なのだろうか。
虚しさとも鬱気ともつかない複雑な感情が、J の心に連なって襲い掛かる。

『街』 を基準にして考えれば、
人間一人一人の考えや行動など、取るに足らない些細なものだろう。
個の中の個。集団の中の個。
しかし、どんなに微少であっても、確かにヒトは存在している。

エレベータは既に遥か高い位置まで2人を運んでいた。
眼下に広がる街絵図。
ここからは見分けもつかないが、人間たちは今も地上に張り付いて蠢いている。
地上だけではない。
そびえる建造物、走り過ぎる車、どの一つ一つの中にも人間が溢れているのだ。

ヒトの集合体。一つの 『街』 から 『国』 へ。
K-Z シティ、ニホン、そしてアース……。
取り止めもなくマクロに拡大していく視点の中で、
蟻のように地面を動き回る膨大な数の人間の姿を想像した J は、
思わず吐き気がしそうになり、急いで目を閉じた。

エレベータの機械的な速度が、J の感覚を震わせる。
少し酔ったのかもしれない。
このまま上へ上へと昇り続けると、そのうちに天国まで辿り着いてしまうのでないか。
そんな錯覚すら覚えてしまう。
閉ざした瞼の裏で外の明るさを感じながら、J は目的の階への到着を待ち望んだ。


ようやく J の足元で速度が緩やかになり、
78階に到達したことを知らせる硬質な電子音とともにエレベータが止まる。
無機質に開くドアから出て行く那音の後を、少し青褪めた顔色の J が追う。
フロアの床を踏んだ瞬間、ちらりと背後を振り向いた J の目には、
透明な筒の向こう側、その遥か下方で地上が蠢いているような気がした。
ドアが閉まって視界が閉ざされた時、奇妙な安堵感が J の胸中に広がった。



→ ACT 4-18 へ

HAKOMURA BUSINESS CONCERN、略称 HBC。
ハコムラ・コンツエルンの総本山。

見る人を圧倒する、まるで要塞のような印象の建造物。
正面の入り口を中心線として、嫌味なぐらいに左右対称のその建物は、
鉛色の空に突き刺さるかのようにそびえ立っている。

その尊大な外観は、太古の神話に登場する伝説の塔をふと J に思い出させた。

傲慢な人間の王は自分の力を示すために、
天にも届けと言わんばかりの巨大な塔を建てた。
当然、神はそれを許さなかった。
神は、塔を建てた人々の言葉を混乱させ、人々は混乱したまま各地へ散った。
その結果、世界には多くの民族と多くの言語が溢れ返った……。


この世界を見よ。
絶対的存在が人間達の頭上から世の中を見て嘲笑っているような。
J にはそんな気がした。

今、この世界はどうなのだろう。
溢れていた民族は、『大災厄』 とそれに続く争いを経て、数百年の間に人口を激減させた。
現在地上に残っているのは、かつて大都市と呼ばれていた地の残像。
今や人類は伝説の時代以上の混乱をきたしている。
移民や流出により、民族の血統は各地に散らばって混ざり合い、
生粋はごく稀少な存在となった。

そんな現代の混沌の中、
笥村聖は新たなバベルの塔を打ち建てて、世界の王を気取っている。
今、J の目の前にある光景は、ハコムラの傲慢さの象徴以外の何物でもない。


「駐車場に入れるから、もうしばらく大人しくしててくれよな、フウノ」

那音の声が J の物思いを破る。

やれやれ、ようやくこの車から解放される。
目の前の建物の尊大さはひとまず置くとして、J は心底救われた思いだった。
あの運転で無傷のままここまで来ることができたのが不思議である。
運だけはいい男のようだ。

さすがの那音も、HBC の敷地内では慎重にハンドルを操っていた。
建物の脇に、地下へと続く通路があり、銀色の遮断機が通り道をふさいでいる。
それが駐車場への入り口らしい。

ゲート横に車をつけた那音は、背広の内ポケットから AZ を取り出し、
傍らにある鉛色の機械にかざしてみせた。
那音のIDを読み取ったゲートが、緩慢な速度で遮断機を上げる。

車はグルグルと螺旋を描きながら地下へと続く走路を進んだ。
狭く、遠近感を狂わせるような薄暗さに J は息苦しさを覚える。
外の景色が見えない閉ざされた空間や、地面の下を行く圧迫感が苦手なのだ。


やがて、コンクリートで四方を囲まれた、だだっ広い駐車空間が現われる。
那音は派手なタイヤの摩擦音を鳴らしながら急停止した。
所定の駐車位置からかなりずれているが、那音は気にしていないようだ。
いつものことなのだろう。

駐車場内には車がほとんどなかった。
広さに反する寒々しさが J に今日が休日であることを思い出させる。
ハコムラにも休みがあるのか、と奇妙な感慨を J は覚えた。
世の中を動かす歯車にも、油を差すための運転停止日は必要らしい。

車を降りて、地上へのエレベータに向かって歩き出した那音の後を J が追う。

「部外者が勝手に入っていいモンなのか?」

独り言めいた J の台詞に、那音は事も無げな表情を返す。

「役員が同行すれば OK なんだよ。ちゃんとアレがチェックしてる」

那音が 『アレ』 と指差したエレベータ手前の頭上には、
アーチ型金属バーが鈍い光を放っていた。

非接触型の AZ 認識システム。
AZ 所持者はエレベータに乗る前にこのアーチをくぐることで、
勝手に AZ が電波スキャニングされ、ID が認識される。
ハコムラ関係者の ID がなければ、エレベータは稼動しない仕組みなのだろう。
駐車場の入り口と合わせてのダブルチェックは、さすがにセキュリティの厳重さを感じさせる。

控えめな電子音とともに、エレベータが2人の目の前で開く。
ガラス張りの狭い円筒形の箱に乗り込んだ那音が、J を促した。



→ ACT 4-17 へ

運転の得手・不得手を語るよりも、
問題なのは、那音が一般道路の交通規制をほとんど無視しているところにある。
赤信号なのに勝負を賭けて突っ切ろうとする。
道路を渡ろうとしている通行人の姿も目に入っていない。
目の前を過ぎる人の姿に、

「バッカヤロー、何処見て歩いてんだっ」

と怒鳴りつけることはしょっちゅうなのだが、
どう考えても赤信号で止まるべきなのは那音の車の方なのだ。

「バカヤローはお前だ! このロクデナシ!」

運転席で前後左右に揺さぶられながら、堪りかねて J は隣の男を怒鳴りつけた。
数年ぶりに車酔いしそうな不快感がこみ上げてくる。

「ここがダウンエリアの路地だったら、ゼッタイお前、何人か轢き殺してるぞ!
このヘタクソ、ヘタクソ、ヘタクソ!」

「そんなに連呼すんなよ。
女に 『ヘタクソ』 なんて言われると、違うコト言われてるみたいでヘコむじゃん」

「くだらないこと言ってるんじゃない! 前見ろ、前!」

車は、道を横切ろうとした中年の女の脇を辛うじてすり抜ける。
サイドミラーに写った女が何か叫んでいるのを横目で見ながら、
J は心の中で固く誓った。
この先二度と那音の運転する車の助手席には乗らない。ゼッタイ。


やがて、交通量がそれほどでもない道に出たせいか、
那音の車の扱いも少しはスムーズになったようだ。
それでも時々シートの上で、予告もなくガクンと飛び上がる時はあったが。

当の運転者は、機嫌よくマシンガン・トークを続けている。
しかし J の方は、那音の話の10分の1も耳に入っていたかどうか。

どうやら話題は自分の愛車のことらしい。
この色は今年の限定だから、なかなか手に入らない、とか。
AZ を装着させて、GPS と連動したナビが可能だ、とか。
そういえば昔からこの男は車に金をかけていた、と J は思い出す。
運転が下手な割には、やたらといい車に乗りたがるのだ。
道楽者を地でいく那音には、常に俗物のイメージが付きまとっている。

車に興味のない J にとっては、
那音の言葉は質の悪い BGM のように耳をすり抜けていくだけだった。
しかし、自分の話が無視されていることも那音は気にしていない。
ただ、ただ話し続ける。

こいつは麻与香と同じだ、と J は思った。
会話を求めているのではない。自分が話したいだけなのだ。
血による結びつきなどない筈なのに、つくづく似ている叔父と姪。
鬱陶しさが J の胸中にじわりと広がっていく。


気分を紛らわせるように、J は窓の外に目を向けた。
車の速度に合わせて流れては消えていく街の景色が、
次第にモノトーンからカラーの波へと移り変わっていく。

時折目にする巨大な看板で、
J は自分達がセンターエリアとダウンエリアの境界にある
繁華街ブロックに差し掛かったことを知った。

道路の両側にびっしりと立ち並ぶ小振りの建物は、夜になれば毒を吐くような色彩に覆われる。
そして、疲れた顔の準センター族(真性センター族はこんな場末に現われない)や
成金の類(真性の資産者も同様である)がぞろぞろと現われて
ひとときの歓楽と引き換えに金を落としていくのだ。
ダウンエリアにはないその喧騒と艶やかさは、この辺り特有のものだ。

正午近いこの時間には、さすがに大人しい風情を保っているが、
それでも行き過ぎる人の数は、ダウンエリアとは比べ物にならない。

夜の徘徊を趣味とする J ではあるが、
この辺りまで足を伸ばしたことはほとんどない。むしろ、避けている。
日が落ちた後にこの界隈が見せる虚栄と煩雑は、
ダウナーズの J を、ただ、ただ疲れさせるだけだった。


やがて、その繁華街も通り抜けると、街の色は劇的なまでに変化する。
華やかでけばけばしいビルボードから、四角い巨大な金属の群れへ。
企業が争うように建てたビル街が現われ、センターエリアの中心部が近付いてきたことを告げる。

突然、大仰なブレーキングの反動が J を襲う。
軽い減速の G で再びシートに身体を押し付けられた J は
隣の那音をジロリと睨み、改めて窓の外に視線を向けた。

J の目の前に無機質で巨大な灰色のビルがそびえていた。
ビル街の中心に、王座のように場を占めるハコムラの本社。

ハコムラ・ビジネス・コンサーンである。



→ ACT 4-16 へ

那音からいきなり突きつけられた、調査への協力。
動き始めたばかりだというのに、このタイミングの良さは何だろう?
都合がいいといえば、いい。しかし、よすぎやしないだろうか?
訝しむ理由は充分である。

速いペースで物事が運ぶのを J は余り好まない。
しかも、他人のペースで。
その他人が那音だったら、なおのことだ。
この男がどんなナイショ話をしてくれるのかは判らないが、果たしてその裏にある意図は?

だが。
J は自らの疑り深さを心の隅に無理やり追いやった。

とにかく、情報がなさ過ぎるのも事実だ。
そう考えると、那音の申し出は、何かを得るチャンスになるかもしれない。
ロクデナシとはいえ、対外的には 『腐っても役員』 というポジションにいる那音である。
真っ向からハコムラに切り込んでいくよりも
裏口ならではの思いがけない情報が、もしかしたら転がっているのではないか?

焦る必要はないと思うが、
せめてツーペアぐらいの手の内は得ておきたい。
切り札、とまではいかなくても。

まあ、いいか。
J は自分を納得させた。
腹の内では何を考えているのか判らないが、
今ここで、那音が隠し持っているカードを見せてもらうのも悪くない。
今は流れに乗っておこう。


「じゃ、行くか」

不承不承納得した様子の J に目をやり、
運転席に嬉々として乗り込んだ那音だったが、
スタートさせようとした時、車がガクンと大きく揺れて止まる。

J は思わず那音の顔を見た。
視線に気付いた那音は少しバツが悪そうに笑った。
気を取り直したように、ペダルを踏みなおしたが、
再び大きな揺れが車に襲いかかり、エンジンが止まる。
それが何度か繰り返され、
跳ねては止まり、止まっては跳ねる車の様子に、J がイラついた表情を見せた。

「……那音、この車、ウサギ跳びしてっぞ。最近の車のハヤリ?」

「いや、そういう面白い機能は付いてないんだけど。
買ってまだ間もないんだよ。だから、ちょっとまだ扱いに慣れてなくってよ」

そういう問題だろうか?
J は皮肉な視線を那音に向ける。
言い訳めいた口調で弁解しながらギアを騒々しく入れ替える那音だが、
やはり車は不愉快な揺れを繰り返すだけだった。

「……歩いた方が早いんじゃないの?」 と、J。
「というか、わざわざハコムラまで行かなくても
話があるなら今、車の中ですればいいじゃん。その方が手っ取り早い」

「まあそう言うなって。こんな狭いトコロじゃ落ち着いて話なんてできねえよ」

答えながら、那音は二度ギアを動かした。
途端に車が急発進する。
反動でシートに軽く叩き付けられた J は思わずため息を吐いた。

下手くそめ。


しかし、スタート時のエンストなど、運転中の那音に比べたらまだましな方だった。
J はそれを身をもって思い知ることになる。

急ブレーキ、急発進は当たり前で、運転自体も荒い。
スピードを出し過ぎないだけ、まだ救いがあるが、
根本的にこの男はドライバーには不向きなようだ。
那音の車に乗ったのは初めてだが、この短い時間の内に J はそう確信した。



→ ACT 4-15 へ

那音は周囲を見回して、殊更に声を低くする。
人影も疎らな大通りには、2人の会話を聞いている者もいないのに、
つくづく必要性のない行動を取るのが好きな男のようだ。
恐らく密談をしているという雰囲気を盛り上げたいのだろう。
芝居がかったヤローだ、と J は半ば呆れながら、那音の次の言葉を待った。

那音は意外なくらい真面目な顔をして J に囁いた。

「フウノ……俺と組まない?」

「組む?」 唐突な申し出に、J は驚きの表情を見せる。
「組むって、何を」

「だからさ、今回の件で、俺、フウノに協力したい、なんて思ってるワケだよ」

「イキナリだな。何でそういう話になるんだ」

「まあ、俺もいろいろ考えるトコロがある、っていうのかな」

「……」

いよいよ怪しい。
J は無言のまま眉をひそめた。
勿体ぶった那音の言い回しが、J のカンに触る。

「立ち話も何だからさ、話のできる所に行かねえ? 俺の愛車でドライブがてら」

「やだね」

J はきっぱりと断った。
那音からの申し出に胡散臭さを感じる J としては、
じゃあ喜んで、と安易に誘いに乗る気はさらさらない。

「アヤシイ人について行ってはいけない、と厳しく言われてるんだ」

J はあながち冗談とも思えない真顔でぶっきらぼうに答えた。

「それに、あの愛車とやらが気に入らない。
誰がお前みたいなケーハクな男と一緒に、あんなケーハクな車に乗れるか。
人の車の趣味に文句をつける気はないけど、自分が乗るとなると話は別」

しかし、突き放したような J の言葉に、那音はひるんだ様子はない。
この男は、他人からのマイナス感情には極めて鈍感、という
厄介な性格の王道を行く。
いわゆる、空気が読めないヤツ、というタイプだ。

「つれないなあ、ホントに。いい車なんだよ、あれ。
いいじゃん、付き合えよ。いいトコロに連れてってやるからさ」

「いいトコロ? どこよ」

「世間では、HBC と呼ばれてるトコ」

「……まさか、ハコムラ・ビジネス・コンサーン?」
思いも寄らない行き先を告げられ、さすがの J も驚きの声を上げた。
「それ、ハコムラの本社じゃないか」

「当たり。あそこなら、ナイショ話してても人に聞かれる心配がないからな」
那音は下手なウィンクを J に投げかけた。
「どうせ、いつか本社も調べるつもりなんだろ?
だったら、事前に会社見学、なんてのもいいんじゃねえ? ほら、早く乗った乗った」


結局、その3分後。
半ば急き立てられるように J は那音の車の助手席に乗り込んでいた。

見た目の色はともかく、車の内装は比較的落ち着いた色調でまとまっていた。
木目調のダッシュボードとステアリング、それ以外は黒と銀のダブルトーン。
革貼りのシートはゆったりとした間隔で、窮屈さを感じさせない。
車にさほど詳しくない J の目にも、高級車であることが分かる。

しかし、車内の快適さに反して、J の心境はリラックスとは程遠いところにあった。



→ ACT 4-14 へ

プロフィール
HN:
J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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