HAKOMURA BUSINESS CONCERN、略称 HBC。
ハコムラ・コンツエルンの総本山。
見る人を圧倒する、まるで要塞のような印象の建造物。
正面の入り口を中心線として、嫌味なぐらいに左右対称のその建物は、
鉛色の空に突き刺さるかのようにそびえ立っている。
その尊大な外観は、太古の神話に登場する伝説の塔をふと J に思い出させた。
傲慢な人間の王は自分の力を示すために、
天にも届けと言わんばかりの巨大な塔を建てた。
当然、神はそれを許さなかった。
神は、塔を建てた人々の言葉を混乱させ、人々は混乱したまま各地へ散った。
その結果、世界には多くの民族と多くの言語が溢れ返った……。
この世界を見よ。
絶対的存在が人間達の頭上から世の中を見て嘲笑っているような。
J にはそんな気がした。
今、この世界はどうなのだろう。
溢れていた民族は、『大災厄』 とそれに続く争いを経て、数百年の間に人口を激減させた。
現在地上に残っているのは、かつて大都市と呼ばれていた地の残像。
今や人類は伝説の時代以上の混乱をきたしている。
移民や流出により、民族の血統は各地に散らばって混ざり合い、
生粋はごく稀少な存在となった。
そんな現代の混沌の中、
笥村聖は新たなバベルの塔を打ち建てて、世界の王を気取っている。
今、J の目の前にある光景は、ハコムラの傲慢さの象徴以外の何物でもない。
「駐車場に入れるから、もうしばらく大人しくしててくれよな、フウノ」
那音の声が J の物思いを破る。
やれやれ、ようやくこの車から解放される。
目の前の建物の尊大さはひとまず置くとして、J は心底救われた思いだった。
あの運転で無傷のままここまで来ることができたのが不思議である。
運だけはいい男のようだ。
さすがの那音も、HBC の敷地内では慎重にハンドルを操っていた。
建物の脇に、地下へと続く通路があり、銀色の遮断機が通り道をふさいでいる。
それが駐車場への入り口らしい。
ゲート横に車をつけた那音は、背広の内ポケットから AZ を取り出し、
傍らにある鉛色の機械にかざしてみせた。
那音のIDを読み取ったゲートが、緩慢な速度で遮断機を上げる。
車はグルグルと螺旋を描きながら地下へと続く走路を進んだ。
狭く、遠近感を狂わせるような薄暗さに J は息苦しさを覚える。
外の景色が見えない閉ざされた空間や、地面の下を行く圧迫感が苦手なのだ。
やがて、コンクリートで四方を囲まれた、だだっ広い駐車空間が現われる。
那音は派手なタイヤの摩擦音を鳴らしながら急停止した。
所定の駐車位置からかなりずれているが、那音は気にしていないようだ。
いつものことなのだろう。
駐車場内には車がほとんどなかった。
広さに反する寒々しさが J に今日が休日であることを思い出させる。
ハコムラにも休みがあるのか、と奇妙な感慨を J は覚えた。
世の中を動かす歯車にも、油を差すための運転停止日は必要らしい。
車を降りて、地上へのエレベータに向かって歩き出した那音の後を J が追う。
「部外者が勝手に入っていいモンなのか?」
独り言めいた J の台詞に、那音は事も無げな表情を返す。
「役員が同行すれば OK なんだよ。ちゃんとアレがチェックしてる」
那音が 『アレ』 と指差したエレベータ手前の頭上には、
アーチ型金属バーが鈍い光を放っていた。
非接触型の AZ 認識システム。
AZ 所持者はエレベータに乗る前にこのアーチをくぐることで、
勝手に AZ が電波スキャニングされ、ID が認識される。
ハコムラ関係者の ID がなければ、エレベータは稼動しない仕組みなのだろう。
駐車場の入り口と合わせてのダブルチェックは、さすがにセキュリティの厳重さを感じさせる。
控えめな電子音とともに、エレベータが2人の目の前で開く。
ガラス張りの狭い円筒形の箱に乗り込んだ那音が、J を促した。
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