一休みしている J の目の前を、幾人もの住人たちがぱらぱらと通り過ぎていく。
親子連れ。
恋人たち。
子供たち。
老人たち。
一日中、こうやって座っていたら、一体何人の人間が目の前を通っていくだろう。
煙草の煙ごしに見え隠れする人々の表情に目をやりながら、
J はどうでもいいことを考える。
100人? 200人? それ以上か。あるいは以下か。
その100人だか200人だかの人々には、それぞれの暮らしがある。
100通りの生き方、200通りの人生。
似通っているようで、決して同じではない、そんな人生が集まって構成されている世界。
自分も、そのシステムの中に確実に生きている。
その他大勢のうちの一人として。
不思議だ、と J は思う。
取るに足らない一人の人間に過ぎないのに、
自分がいなくなっても、世の中は何も変わらないのに、
そんな事実とは関係なく、自分という存在が 『イキテイル』 ことが。
突如、寂寞とした空しさが J の心に忍び寄る。
それは、これまで幾度も J の隙を見ては襲い掛かり、
ひととき J の内側を荒らしては霧のように消え去ってしまう、
幼い頃から物慣れた感情だった。
『イキル』 ことの価値。
J には、それが明確に見出せない。
何のために、どうして、という単純な疑問形に、今までに答えが出たことはない。
一部のモラリストは言うだろう。
『ヒトの命、それ自体に価値がある。
その尊い命を燃やしてイキテイクことには、何らかの意味がある』 と。
では、今、J の目の前を歩いている人々をつかまえて
『あなたが自分が命を燃やしてイキテイルことに
どんな意味がありますか?』 と尋ねたら、
すらすらと答えられる人間は、一体どれだけいるのだろう。
100人、200人、いや、何億人という人間達の、個々の存在価値は?
そして、J という人間の存在価値は?
イケナイ、イケナイ。
J は新しい煙草を取り出して、火をつけた。
価値があろうとなかろうと、自分がイキテイルというのは事実。
それを、勝手に迷路の中に落とし込んではいけない。
そこから抜け出せる方法なんて、今までに見つかったことがないのだから、
今考えても思いつく筈がない。
そこまで考えて、必ず J の思考は停止する。
自分で自分に問いかけておきながら、
答えを出さずに曖昧な結論で終わらせるのは、J の得意技だ。
心の中に湧き上がる軽い自己嫌悪を無視しながら
J は煙草の煙と一緒に、はかないため息を吐き出した。
「 J 」
ぼんやりと街の光景を眺めていた背後から、幼い声で名を呼ばれた J は
ゆっくりとした動作で振り返った。
J の視線の先に、一人の少年の姿があった。
古びた建物の間にある路地からあどけない顔を覗かせて、
明るい色の瞳を J に向けている。
「ああ、アリヲ」
J が声をかけると、アリヲと呼ばれた少年は小犬のように跳ねながら近付いてきた。
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