この前取材した記事を上げたところに、また次の仕事をお願いされ、
ここしばらく打ち合わせやら資料整理やらでバタバタしていたため
ブログ更新も、ちょいとお休みしてました。
お仕事をいただけるのはありがたい、とはいえ、
締め切りまでが短いと、やっぱり慌しいっす。
小説の方も、中途半端に途中でストップしてますが、
仕事で文章を書いていると、
アタマの中が 『ビジネスモード』 で固まってしまうため、
どうにも小説の方が書けなくなってしまいます。
なので、今かかっている原稿を上げてから
改めて小説モードに切り替えようと思ってます。
だから、しばらく小説はお休み。
今日は、確定申告に行ってきました。
といっても、胸をはって申告するほど稼いでないんですが。
それにしても、
稼ぎは少ないのに、払ってる金額の多いことといったら。
年金、健康保険、生命保険、地震保険……。
やんなっちゃう。
何かあった時のための保険。
それは判っているけれど、こうやって改めて支払い金額を計算してみると、
今までも、とりわけ 『何かあった』 わけではないのに
ずーっとこんなお金を払い続けてきたんだなあ……とか思ってしまい、
一抹のムダ感が……。
それでも、『何かあるかもしれない』 という不安から、
払うのをやめることができない。
まったく人の心理をうまくついてますね、この保険ってヤツは。
まあ、今後どんどん年をとっていき、人生後半に差し掛かる頃になれば
『保険かけといて良かったー』 ということが山のように出てくるのかもしれませんが。
ふう。
世知がらい話はともかく。
さて、仕事しようかね。
コイツだ。
毎日のように現れては、庭をうろちょろしてエサを探している。
鳥の種類はよく判らないので、なんて名前かは知らない。
ふんばっている。
このほっそい足で、飛び跳ねながら移動する姿が、とてもラブリー。
植物が多いせいか、ウチの庭はよく鳥がやってくる。
スズメやカラスなどはもちろん、
こーゆーヤツもよくやってくる。
前にもブログに載せたけど、コイツも名前知らず。
そして、
こんなヤツもくる。
ちょっと前の写真だけど。
なんかシュッとした姿のこの人は、たぶんモズ。
以前ウチの庭木に、ハヤニエにされたカエルを見つけてぶったまげましたが、
きっとコイツのしわざ。
今は花も実も緑の葉っぱもなく、寂しい限りの庭だけど、
それでもこうして遊びに来てくれる、かわいいヤツらだ。
買ったばかりのポータブル・ナビ様を
さっそく使ってみた。
……。
……。
……。
まあ……便利っちゃ、便利。
ウン、確かに。
便利ですよ。
迷っても、すぐに現在地からルートを割り出してくれるし、
交差点で右折・左折するときも、事前に車線の指示をしてくれるし。
まあ、親切ではある。
でも。
時々お間抜けな指示もしてくれる。
「左折してください」
いや、まっすぐの一本道しかないし。
左に曲がる道、ないっスよ。
「右折してください」
いや、それゼッタイ遠回りだし。
一直線で行けるところを、なんで 『コ』 の字に走れと言うか。
これはナンなんだろう。
道のデータが古いせいなんだろうか。
ナビ君に入っているデータは 2008年3月時点のものらしいので
それ以降にできた新しい道が入ってないのは当然だけど。
それなりに便利だけど、
あまり信用しすぎると、トンデモない道を走らされるのだ、ということを実感。
それと、あまりナビ君に気をとられていると、
運転がおろそかになってしまうこともあり、超キケン。
ケータイと同じです。
要注意。
いや、ホントに便利なんだけどね。
知らない道でも怖くなくなったし。
世界が広がった感じがするのは、確か。
それはともかく。
今日は取材で富山へ。
ピカピカのお天気で、とっても運転日和。
取材の帰りに、立山があまりにきれいに見えたので
ポケットパークで、ちょいと撮影。
天気はよかったけど、ちょっと雲が多かった。
立山の上に浮かんでる雲が、
ギリシャ神話に登場する主神ゼウスの横顔のようだ。
あるいは、ただのおヒゲのお爺さんの横顔。
笑ってらっしゃる。
なんか楽しそう。
その後、ちょっと足を伸ばして、
ナビ君を頼りに、久しぶりに新湊の海王丸パークへ行ってみた。
『海王丸』 というのは、商船学校の練習用の船として作られた帆船の名前。
またの名を 『海の貴婦人』。
それを公開しているのが、海王丸パーク。
『海の貴婦人』。
なんて優美な響き。
たくさんの白い帆に風をはらみ、青い海の上を滑るように走る……。
清楚にして力強いその姿は、まさに貴婦人。
そんなイメージ。
そう、その 『海王丸』 が、これだっ。
ああっ、貴婦人が丸裸にっ。
帆がないっ。
マストが魚の骨のようだっ。
なんてこと。
3月13日までは船体整備期間中ということらしいので、そのせいか?
残念。
まあ、帆がなくても、白くてスマートな船体が、優美といえば優美。
本来の姿は、こんな感じ。
看板ですが。
帰り道、近くにあった海沿いの公園で一休みしていたら、
ブーン……、ブーン……と、聞きなれない音が。
ナンだ?
と思って音の正体を探してみると
公園にあった木の細い枝が、風にあおられて
まるで弦楽器のような音色を出していた。
これが音の正体。
まるで枯れ木の多重奏。
ちょっとビックリ。
ここしばらく、小説の方をメインに更新していましたが、
久しぶりに私事を。
ナビ、買っちゃった。
以前もちらっと書きましたが、前から欲しいなあと思っていた
ポータブルのカーナビを、ついに買ってしまいました。
いやー、便利だわ、これ。
まだ使ってないけど、たぶん便利。
帰ってきてから、あれこれ触ってみたけど、絶対便利。
住所や電話番号からもピンポイントで行き先を指定できるし、
駐車場やコンビニ、GS の位置もわかる。
交差点付近では、レーシング・ゲームのようにリアルに立体表示してくれるし、
高速の料金も事前にわかる。
高速を使わない下道優先のルートも出してくれる。
それにポータブルだから、徒歩で持ち歩いてるときも使える。
車に乗る前に場所を設定しておけるし、
家の中で充電できる。
(車の中でも充電できるけど、ワタシ、車のシガー電源は信用してません。
煙草に火をつける時しか使わないので、電源として使うと火を吹きそうなイメージがあってコワイ)
いやはや便利。
まあ、ナビとしては、こういう機能は全部当たり前のことなのかもしれませんが、
初ナビ者のワタシにとっては、すべてが便利。
天晴れなまでの方向音痴であるワタシにとっては、
非常に心強いツールです。
そう、ワタシは方向音痴。
かつて仕事で金沢から富山に行ったとき、
その帰り道で、帰る方向を間違えて、
金沢ではなく、真逆の新潟方面へ向かって爆走し、
しかも1時間くらい気づかなかった……というくらい方向音痴。
(方向音痴以前に、初めて高速に乗ったせいもあるけれど)
フツウ間違えるか? とさんざん笑いものにしてくれた、あのときのお前にお前、それにお前。
今なら、このナビ様があるから、絶対間違えないぞ。
(というか、ナビがなくても、そこまでひどく間違えることは、もうありませんが。)
あーあ、会社に勤めていたときに、もしこのナビを持っていたなら、
得意先に行く時に道を間違えてアポ時間から大幅に遅れて到着した、なんてこともなかっただろうし、
道に迷うことを前提に運転時間を長く見積もり、
余裕をもって……どころか、早すぎるだろ、と突っ込まれそうなほど
出発時間をムダに早める、なんてこともなかっただろうなあ。
プライベートでも、ドライブ自体は決してキライではないけれど
こんな音痴っぷりなので、見知らぬ場所に行くのがちょっと苦手でした。
この前みたいに、脱輪して途方に暮れることもあるし。
友達同士で出かけるときも、道に迷うのがイヤで運転を断ったり……。
でも、そんな情けないワタシ、さようなら。
ナビさえあれば、何も怖くない。
特に外出の予定はなくても、外に出たくなる、そんな気分です。
(今日一日で、すっげーナビ信者)
このナビには、グルメぴあのガイドブックデータとかも入っているので
見知らぬ場所にいても、近くにあるレストランやお店を探すことができます。
ワンセグは付いてないけど。あまり興味ないので、それは OK。
日曜日には取材が入っているので、さっそく初ナビ。
どきどき。
いや、取材の場所は、もうわかってるんだけど。
ムリヤリ、ナビ使うぜ。
使いたいの。
雪もなく、昨夜降っていた雨も止んで、ほどよい寒さの冬の夜。
瑞龍寺のライトアップを見に行きました。
瑞龍寺は、およそ400年前に建立された、高岡市が誇る国宝さま。
冬のライトアップは毎年行われているイベントで、
門前に出店が出たりして、けっこう賑わうようです。
あまり大層なイベントだとは思っていなかったのですが
行ってみて驚いた。
お寺に入るまでに、すでに長蛇の列。
そんなに人気があったのね。
とにかく、人で人で、入り口付近は身動きが取れないほど。
山門の両脇を固めるア様、ウン様。
(正式名称を忘れてしまったので勝手に命名しました。罰当たり?)
この方たちも照らされてました。
シャッターの瞬間、後ろの人混みにプッシュされてしまって、ちょいブレ。
『音と光のファンタジー』 では、
音楽に合わせてライトアップの色が変わります。
こんな感じ。
なるほど、その名の通り、なかなかファンタジック。
いつもは重厚な木造の建物が、
カラフルなライトに照らされて、豪華なイメージに。
ライトアップは外観のみですが、中の通路も通ることができて、
これは、その途中にあった光景。
座禅をくむ時のおざぶ。これも名前忘れた。
総門から山門までのあいだの庭にもライトが当てられ、
水玉模様が浮かんでました。
荘厳でありながら、どこかポップ、でもって幻想的。
そんなアートな、冬の夜のイベントでした。
昨夜、のぼりかけの月が、あまりにも暗い赤に染まっていたので
いつものクセで撮ってみた。
月、というと、夜空に白く輝くイメージがある。
ぼんやりした朧月であろうと、くっきり浮かんだ満月であろうと、
その光は、やっぱり白い。
なので時々こんな赤い月に出くわすと、ちょっとギョッとする。
不気味というか。
不吉というか。
色が違うだけなのに。
でも、月の位置が高くなるにつれて、
いつもの白さが戻ってきたので、なんとなくホッ。
低い位置にあるお月さまが赤く見えるのは何故なんでしょうか。
沈む夕日が赤いのと同じこと?