アリヲは、ダウンエリアで父親と二人暮らしをしている12歳の少年である。
全体的にひょろりと細長い体型をしていて、
そう見えるのは、実際に肉の薄い体つきをしているせいもあるが、
胴体から突き出ている両手両足が普通よりも長めだからである。
標準体型の子どもの頭と爪先を引っ張って伸ばしたような、
そんな印象を見る者に抱かせる。
貧弱ではあるが、実年齢より2歳分ぐらい年上に見られることも多い。
赤毛、というよりもそれ以上に明るい髪の色はむしろオレンジ色に近く、
大きな瞳までが同様の色を帯びているため、少々特異な風貌に見えなくもない。
しかし、色白な顔にはそばかすが点々と浮かび、悪戯めいた表情は
この辺りを根城にしている大勢の子どもたちと変わらない。
数年前、事務所を開いた頃に、とある事件で知り合った J とアリヲだが、
それ以来、このオレンジ髪の少年は妙に J になついていて、
事務所にふらりと遊びに来ることもよくあった。
「どうしたの、コワイ顔して」
変声期前の少し高めの声で、アリヲは J の顔を覗き込みながら尋ねた。
オレンジの明るい瞳が J の目の前でガラス玉のようにくるくると回る。
「コワイ顔?」 J はちょっとムッとした表情を作ってみせた。
「失礼なヤツだな、会うなり」
「だって、J のここンとこにシワがある」 アリヲは自分の眉間を指差した。
「あ、わかった。諛左とまたケンカしたんでしょ」
「違う」 憮然として J は即答する。
諛左との関係を言葉で端的に表現するとしたら、むしろ 『冷戦』 だ。
J は心の中で補足した。
ケンカできるほど健康的な間柄ではない。
何よりも同じ土俵に立たせてくれないから、ケンカにもならないのだ。
……などという情けない言い訳は、もちろんアリヲには黙っている。
「じゃあ、千代子さんにまた怒られたの?」 アリヲは無邪気に続ける。
「『ミス J、最近タバコの吸いすぎです』 とか何とか言われた?
タバコじゃなくて、『お酒の飲みすぎです』 の方かな?
それとも、またケーサツに嫌がらせされた?
あ、分かった。ホントは仕事がなくって困ってるだけでしょ」
「……アリヲ、お前はひとんちの事情を知りすぎです」
矢継ぎ早に繰り出されるアリヲの言葉は、J のこめかみにピシピシと突き刺さる。
事務所に顔を出すアリヲを、J は一度も追い返したことはない。
しかし、そんなふうに大人の世界を気軽に垣間見て
挙句の果てに世間の事情通になってしまう状況というのは、
子どもの情操教育上、あまりよろしくないのではないだろうか、などと、
ガラにもなく道徳的なことも考えてしまう。
「お前が今言ったのは、全部 『いつものこと』 だから、今さら腹を立てることではありまセン」
それも情けない話だが。
J は心の中で舌を出した。
「じゃあ、なんでそんなカオしてんの?」
予想が外れて面白くなさそうな顔を近づけながら、再度アリヲが尋ねる。
『そんなカオ』 というのは、つまり先程アリヲが指摘したように
眉間にシワを寄せた不機嫌そうな表情のことである。
どうやら先程まで頭の中を巡っていた 『イキル』 という問題が、
いつのまにか J に、思索に悩む哲学者の顔つきをとらせていたようだ。
「んー、ちょっとね」 J は頭をかきながら答える。
「人生における深遠なナゾについて、考えたりしていたワケさ」
「シン…何? ナゾ?」
「何でもない」
まさか、わずか12歳の少年に
『いや、実はだな』 と人生の虚無について打ち明けるわけにもいかず、
言葉を濁した J は物思いを打ち切るように背伸びをすると、アリヲの方へ顔を向けた。
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