サフィラが自室に戻るなり、双子の侍女姉妹はため息をついて若い主を出迎えた。
「ほんっとうにお美しいですわ、サフィラ様。
昔語りに登場する星の精霊みたいに輝かしくて」と、リヴィール。
「いえ、それよりも雲の合間から顔を覗かせた月のような」と、トリビア。
「どちらにしても」 二人は声を合わせた。「お美しいですわ」
「お召しを手伝った私達も甲斐があったというものですわ」
「皆様も驚いていらしたわね。サフィラ様が余りにいつもと違うお姿だったものだから」
「クェイト様、泣いてらっしゃいましたわ。
よほどサフィラ様の男のような立ち居振る舞いがご心痛でしたのね」
「あら、でもいつもは凛々しい少年のように見えるサフィラ様ですけれど、ほら今は、その凛々しさがかえって高貴な雰囲気を醸し出して。まさに 『王女』 ですわね」
「もともとサフィラ様はお顔立ちがよろしいから、このようなドレス姿でも見栄えがしますのね。うらやましいですわ、男装も女装もお似合いで」
「女装って何だ。いちおう女だ、私は」
部屋に入ると同時に結い上げた髪をほどき、いつもは決して身に付けないような華やかな装身具を剥ぎ取っていたサフィラは気分を害したようにつぶやいた。
「それよりも、これ何とかしてくれ」 と、手の届かない背後の留め金を指差す。
「あらあ、もうお脱ぎになりますの? お似合いですのに」
「こんなもの着てくつろげるか。早く早く」
急かすサフィラに、せっかく着たのにもったいない、と口を尖らせながらもトリビアが背後に回る。リヴィールはサフィラが床に放り投げた首飾りや手袋を、こちらもぶつぶつ言いながら拾い上げた。
「でも、どうせならお化粧もしていただければよかったんですけど。まあ、サフィラ様なら肌もお綺麗ですから素顔でも充分ですが」
「あれだけは絶対に嫌だ。あんな甘ったるい匂いのするものなんか、顔に塗りたくれるか。お前達、あんなものつけてよく平気だな」
「あら、化粧は女性の身だしなみですわよ。ドレスを着たんですから、当たり前ですわ」
「嫌だ。鼻が利かなくなる。薬草が嗅ぎ分けられないだろ」
「サフィラ様、この期に及んで、まだ魔道に関わるおつもりですの?」 呆れたようにトリビアが尋ねた。
「結婚なさったら、今まで通りには参りませんわよ。タウケーン王子だって、お認めになるかどうか」
「知るか。こんな嫁が嫌なら離縁だ。もらった銀星玉なんか付き返してやる」
「ああ、あの銀星玉!」 リヴィールが手を止めて、しばし夢見るような表情をした。
「あれは、本当に素晴らしい輝きでしたわね。サフィラ様、もう一度よく見せていただけませんこと?」
「ああ、これね。ほら」
サフィラは手にしていた小箱を無造作にリヴィールに向かって投げた。何てことをっ、と青ざめながら何とかそれを受け止めたリヴィールは、非難するような視線をサフィラに投げつつ、手にした小箱の蓋をそっと開けて中の銀星玉に魅入っている。
「……美しいですわねえ。箱の装飾も洗練されていて。こんな高価なものを身に付けることができるなんて、女性の憧れですわね」
「まあ、綺麗は綺麗だな。嫌いじゃない。だが、それだけだ」
リヴィールの感激にも、サフィラの共感は得られなかったようである。
ようやくドレスの呪縛から逃れたサフィラは、いつものように簡素な服装を身に付けると、ようやく落ち着きを見せた。
「やっぱりこれが一番ラクだな。何より動きやすい」
満足げなサフィラに反して、双子姉妹は心底残念そうな素振りを見せる。
「綺麗なお召し物ですのに……でも、どうせ式までは踊り方やら歩き方やら、まだまだお習いになるんだから、普段から着慣れておいたほうがよろしいのでは?」
「やめてくれ。考えただけでウンザリする」
と答えるサフィラの胸中を、もちろん侍女達は気づいていない。
サフィラの頭の中では式までの四日の間にどうやって城を抜け出すか、という企みの芽が少しずつ膨らんでいる。
この二人の侍女は城の人間の中でも特に大仰で騒がしい。絶対に知られてはいけない。
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