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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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更なる追っ手を警戒しながら、馬の歩みを時に急がせ、時に緩め、次第に橋が近づいてくるにつれてサフィラの憂鬱は増すばかりで、知らずため息がこぼれ落ちた。

自分の背後から届く物憂い吐息の響きを耳にしたシヴィは、振り返ってサフィラを見上げた。気遣わしげなその視線に気づいたサフィラは、かすかに笑ってみせた。

「駄目だな」 言い訳めいた口調でサフィラは言った。
「旅は始まってしまったというのに、まだ、どこか躊躇している自分がいる」

「それは仕方がないことじゃな……などと、わしが言える立場ではないが」

シヴィが頭を掻きながら申し訳なさそうな表情を浮かべたが、サフィラはそれを手で遮った。

「いや、今の状況についてどうこう言っているのではない。それはもう覚悟を決めた。ただ……」

「ただ?」

「先が見えない、というところが何とも落ち着かない。『あれ』 を例の場所に運んだ後、一体どうなるのか。例えば、魔の者が復活すると同時に、伝説の騎士達も甦るのか。私の役目が背負い手ということであれば、運んだ時点で私は解放されるのか、あるいは更に深く関わらなくてはならないのか……それが気にかかる」

「……」

シヴィは答えない。答えようがないのだ。それはサフィラにも分かっていた。
幾星霜を経た魔法使いにも、予見できないことはあるのだ。

「……まあ、いいさ」
今までに何度も自分に言い聞かせた言葉を、サフィラはもう一度口にした。
「今から考えていても詮ないことだ。何が起こるかで頭を悩ませるのは、その時の楽しみに取っておくことにしよう。まずは、谷に着いてからだ。そうだな、老シヴィ?」

「うむ……」

「そして、すべてが片付いた時に、再びこの麗しきヴェサニールの土を踏むことができるよう、今はそれを祈るのみだ」

「……」

返事は返さず、ただ、かすかに頷いただけのシヴィの姿に、サフィラは漠然とした不安を抱いた。

もしかしたら、無事に戻ってくることすら儘ならない旅なのかもしれない。
その思いはサフィラに更なる欝をもたらしかけたが、サフィラは無理やりそれを追い払った。
先のことを今から考えていても仕方がない。たった今、自分自身がそう言ったところである。

「……まあ、いいさ」

サフィラは先程と同じ言葉を口に出して呟き、胸の内にある懸念を無理やり封じ込めた。


「おい、二人で何こそこそ話してんだ」
サフィラ達からやや遅れて馬を従わせるタウケーンが拗ねた口調で言った。
「三人旅なのに、俺だけ仲間外れにするなよ」

「ああ、そうか。お前がいたんだったな」

「なんじゃ、案外寂しがり屋なんじゃのう」

「疲れたから休ませろだの、仲間外れにするなだの、図体ばかりデカくて、言うことはまるっきり子供だな。情けない」

「いやいや、そういう甘えたがりなところが女心をくすぐるのじゃなかろうか。わし、女じゃないから、よう分からんけど」

「私の心は少しもくすぐったくないぞ」

「……俺、この先あんた達と旅していけるかどうか、自信がなくなってきたな……」

一言えば百返してくるような無敵の二人を前にして、さすがに軽口を得意とするタウケーンも形無しというところである。

「嫌なら、ついてこなくてもいいんだぞ」

「また、そんなことを言う」

「ぐだぐだ言うな。ほら」 サフィラが顎で前を示した。「ようやく橋だ」

 穏やかな川の流れの両岸を結ぶ石造りの橋は、数年前、長雨で川があふれた時に流された木橋に代わって造られたものであり、その時の教訓を経て川面よりかなり高めに架けられていた。
 架け直されたものの、通る者は少ないこの橋は未だに切り出されたばかりの石の色を保ち、風雨にさらされたことを示す不規則な模様がかすかに石の表面に残っていた。
 サフィラは橋の正面に馬を立たせて、さほど遠くない向こう岸を睨んだ。橋から続く道は、向こう岸に立ち並ぶ木立の群れの中に消えている。

ここを渡れば、他国。
実際に橋を目の前にすることでサフィラは改めてそれを思い知らされ、愕然とした。

立ち止まったサフィラを横から馬で追い越しながら、タウケーンが怪訝な声をかける。

「どうしたんだよ。先、進もうぜ」

それでもサフィラは動かない。

サフィラはゆっくりと背後を振り返った。
広々と続く緑の草地の向こうに、既に見えなくなった城の姿を思い浮かべる。

父上。母上。
心の中でサフィラは、慣れ親しんだ人々の顔を思い浮かべた。
トリビア。リヴィール。クェイド。
思いつく限りの名を、声に出さずにサフィラは呼んだ。
サリナス。
マティロウサ。
幾つもの人影が胸中に浮かんでは消える。

「……サフィラや」

シヴィが遠慮がちに声をかけた。それに促されるように、サフィラはゆっくりと馬を進めた。

二度と、この地を踏むことはできないかもしれない。
もし、そうなったら。皆には二度と会えないかもしれない。

突然心を鷲掴みにされたような痛みがサフィラを襲う。サフィラは不吉な予感を振り払うかのように踵を返すと馬の足並みを早めた。

馬を走らせながら、サフィラは心の中で強く念じた。
絶対、戻ってくる。
何が待っているかは知らないが、何があろうと必ず戻って、もう一度皆に会ってみせる。

「な、なんだよ、急に……」

いきなり速度を早めて自分の傍らを駆け抜けるサフィラをすれ違いざまに見たタウケーンは、サフィラの頬に光った何かに気づいて言葉を止めた。そのまま通り過ぎるサフィラの後ろ姿を見送りながら、タウケーンは複雑な表情を浮かべてしばし黙り込んだ。
やがて、憎まれ口を得意とする気の強い王女が流した涙には気づかなかったふりをして、やれやれ、とでも言いたげに頭を振りながらタウケーンも急ぎサフィラの後を追う。

橋を渡った二頭の馬は、そのまま木立の群れの中へ吸い込まれるように姿を消し、後には風のそよぐ静けさだけが残された。

旅は始まったばかりである。



(終章・完)

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