「どしたの、今日は? ガッコ休みだろう?」
「うん、休み。今日はライブラリに行くの。借りてたやつ、まだ返してないから」
アリヲは身体をよじらせて、背中のバックパックを揺らしてみせた。
数冊の本がぶつかり合ってゴソゴソと重そうな音を立てる。
「ホントはもう返却日すぎてるんだけど」
「また行くの? お前は本当に本が好きだね」
「うん。スキ」
この区画に一つしかない小さなライブラリに、アリヲを初めて連れて行ったのは J である。
オレンジ髪の少年は、書架に並んだ蔵書の列に眼を見張り、
その中から好きなものを無料で読むことができる自由さと、
書物の中に繰り広げられる知識や物語の魅力にたちまち取り付かれ、
以来、時間さえあれば足しげくライブラリに通うようになった。
もともと好奇心旺盛なアリヲは、知ることへの意欲が高く、
それ故に、彼が通うエレメンタリー・スクールでの成績も決して悪くない。
時々顔を合わせるアリヲの父親から J はそう聞いている。
J 自身も、アリヲと話している時に、
年に似合わぬ頭の回転の早さや
そんなことを誰に習ったのか、と思わせる言葉づかいに、内心驚くことも少なくない。
「J も一緒に行こうよ」 無邪気にアリヲが J をライブラリに誘う。
「なんかヒマそうだし」
「……」
悪意とは無縁の表情で 「ヒマそう」 などと指摘されてしまうと、
どうにも複雑な心境になる J である。
同じ趣旨のことを諛左に手厳しく言い放たれるより、1.2倍くらいこたえるのは何故だろう。
「いや、そんなヒマってワケでもないんだけど」
「じゃあ忙しいの?」
「いや、忙しいってワケでもなく……」
「どっち」
「……今日はヒマです」
コイツ、ツッコミ方が諛左に似てきたんじゃないか? と、J は心の中で舌を打つ。
他人の言葉に入り込んでくるアリヲの間合いは、
どこかしら、あの男と同じタイミングを感じさせる。
良くない傾向だ。少なくとも、J にとっては。
今度から諛左がいる時は、アリヲを事務所に寄らせないようにしよう。
「だったら、行こうよ、行こうよ」
J の勝手な思惑など当然気づくこともなく、アリヲは J の腕を引っ張った。
「他にやること、ないんでしょ?」
「うーん、ライブラリか……」
J はしばらく思案顔になる。
ライブラリには、本のストックだけではなく、
過去のデイリーペーパーもデータ化されていて、自由に閲覧することができる。
当然、笥村聖が失踪した時期のデータも例外ではない。
当時のコンツェルンの表層的な動きを探ることで、
今回の依頼を解決するためのヒントが、多少なりとも見つかるかもしれない。
マスコミ報道は、情報収集手段としては意外にバカにできないものだ。
「まあ……行ってみてもいいか」
半分アリヲに誘われるような形で、J は重い腰を上げることにした。
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