突然、サフィラはシヴィの瞳の奥に異様な陽炎が炎を散らして映っているのを見て、眉をひそめた。
それは真昼の日の光のようにも見えたし、数多の星々が流し落とすさやかな輝きのようでもあった。
その不思議な光は、最初は雲のような曖昧な形をしていたが、そのうち一点を中心に徐々に集まり始め、終いには艶やかな球の形を取って更に輝きを増した。
それは恐ろしいまでに美しく、怪しげな彩りを奏でていた。
サフィラは目が離せず、ただその球体に魅せられたように見入っていた。
心の中で何かが不安の信号を発していた。
見てはいけない。あれは善ならぬ物。美しくはあるがあやかしの物。見てはいけない。
心と裏腹にサフィラの目はその球に吸い付けられ、視線を反らすこともままならなかった。
球は次第に光を上げ、眩しいくらいにサフィラの瞳を焼き尽くそうとしている。
その光は、まるで罪人を縛る縄のようにサフィラの体に纏わりついて、解けようともしない。
頭が重くなり、自分の呼吸が上がっているのをサフィラは感じた。
目を離せ。
見てはいけない。
あの光を見てはいけない。
あれは。
あの幻覚にも似た光、あれは。
……水晶?
「ほら、茶碗を回して」
嗄れた声が突然頭の上から降ってきて、サフィラは激しく体を震わせた。
マティロウサが湯気の立ったポットを片手にテーブルの側に立っていた。
サフィラはアサリィ茶の強烈な香りで乱暴に現実に引き戻され、自分がこの魔女の私室の木椅子に相変わらず座ったままでいることに気付くと、小さな声で祈りの言葉を唱えた。
圧倒的な疲労感がサフィラを苛み、体中の力が吸い取られたような心地で、テーブルの上に体を支えるのすら大儀だった。
その尋常ならざる顔色の悪さを一目見て、マティロウサが眉をひそめた。
「どうしたんだい、魔白。真っ青だよ」
「わからない……。急に」
苦しげな息の下からサフィラは何とか言葉を絞り出した。
あれは一体何だったのだろう。サフィラは自ずと問うた。
幻覚にしては鮮やかすぎる。
予知夢というには余りにも曖昧で漠然としている。決して忘れ得ぬようなあの禍々しき輝きは。
では、老シヴィの見せたあやかしか。
だが一体、何の為に?
サフィラはそっと向かいに座る老シヴィの姿を盗み見た。
この老いた魔法使いは相変わらず穏やかにサフィラを見つめていたが、その裏に隠された微かな動揺と驚きをサフィラは見逃さなかった。心持ち俯いた仕種でアサリィ茶を啜る老人の瞳は、心なしか先程よりも暗い表情を宿していた。
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