それは、どんな事件か、というと。
かなり以前、NO によって逮捕された1人の犯罪者がいた。
男は数年間を刑務所で過ごした。
その間、「どうあっても自分を捕らえた警官へ復讐せずにはいられない」 という
断固たる決意を固めたようで、
出所するやいなや、昔の舎弟を引き連れて密かに NO を付け狙っていたのである。
運悪く、NO はその時、この事務所で時間潰しをしていた。
今のように、2人の部下を引き連れて。
そして、J と諛左は奥の部屋で打ち合わせの最中。
突然、けたたましい炸裂音がした。
無数の銃弾が表通りから事務所2階の窓を目掛けて、有無を言わさず撃ち込まれたのだ。
驚いた J と諛左が奥から出てきた時、部屋の状態は惨憺たるものだった。
通りに面した大きなガラス窓は、原形をとどめないくらい粉々。
夏真っ盛りの猛暑とはいえ、風通しがよくなった、とはとても喜べず、
さらに天井や壁には、出来の悪い星座のような弾痕。
今でこそ、目立たなく埋め込まれているが
当時は、ただでさえ安普請で冴えない建物が、一層みじめな様子を呈し、
J だけではなく、珍しく諛左をも唖然とさせたものだ。
大仰な事件ではあったが、しかし、大怪我をした人間はいなかった。
当の部屋にいた NO と部下達に関して言えば、
2人は細かいガラス破片を受けて軽傷を負い、
たまたま彼らが上司の背後に控えていたため、 NO は幸運にも無傷。
しかし、給湯室にいた千代子が銃声に驚いて沸いたばかりのポットを取り落とし、
軽い火傷を負ってしまった。
このことが J の機嫌をすこぶる損ねた。
『何でウチの千代子さんが、お前のせいで怪我をしなくちゃならないんだ!
お前はピンピンしてるってのに』
『俺のせい、とは何だ! あの大女の火傷は、直接俺とは関係ないだろうが!』
『ヒトの事務所をこんなにしておいて、関係ないとは、どの口が言う?
一歩間違えてれば、粉々になったのはガラスだけじゃなかったかもしれないんだぞ!
ホントにお前は疫病神だ。
そうだ、何もかも、お前が悪い!
ガラスが壊れたのも、千代子さんの火傷も、アタシが不愉快になるのも、
近所から白い目で見られるのも、事務所の客が少ないのも、
景気が悪いのも、物価が高いのも、天気が悪いのも、
ぜーんぶお前のせいだ、この無能のアル中!』
……後半は言いがかりに近い言い分だが、ここぞとばかりに NO を非難する J に、
憤慨した NO がどんなに反論を主張しても、当然それらは無視された。
銃撃した当の犯罪者一味は、
騒がしく登場した割りに、NO の執念によってあっけなく再逮捕され、刑務所へ逆戻りしている。
連中が再び世間に復帰するのは数年先のことだ。
その時までに NO が心身ともに壮健であれば、さらに復讐の念を募らせた犯人によって
再度狙われることになるかもしれない。
『また狙われるとしても』
J は冷たく NO に言ったものだ。
『お前が、どこで、どんなふうに最後を迎えようと、こっちの知ったことじゃないんだよ、NO。
だが、今度また、事務所のガラス窓を無駄に新調するハメになるんなら、タダじゃおかない』
それからしばらくの間、弾痕だらけの外壁には一枚の貼紙が風に揺らめいていた。
そこには、
『 警察関係者出入り禁止、特に NO 』
と臆面もなく書かれていたものだ。
『この貼紙を外せ!』
とわめく NO の主張は、やはり無視された。
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