NO の不快など知らぬ顔の諛左はといえば、言いたいだけ言い切った、という様子で
既に NO 達の存在を無視して、デスクの端に積み上げられていた書類を手に取り、
千代子が運んできたコーヒーを片手に、文字を目で追っている。
沈黙と煙草の煙が、部屋の空間を支配する。
そんな、穏やかとは言いがたいムードの中。
PiPiPi....
静けさを破る、かすかな電子音。
それは、諛左の背広の内側から響いてきた。
諛左は胸元から AZ を取り出して、小さな画面に表示された名前を確認した。
『アーサー』
あいつか。
金髪三つ編みの面長な情報屋の顔が諛左の脳裏に浮かぶ。
顔をしかめて立ち上がると、諛左はそのまま奥にある別室へと歩き出した。
背後から、NO が、
「誰からだ?」 と探るような声をかける。
「期待に添えなくて悪いが」 と諛左。「お前が待ちくたびれている相手じゃないぞ」
「なんだ、悪いお仲間からのデンワかよ」
「良くも悪くも、仲間なんかいないお前には関係ないだろう」
「そんなモンいらねえ。邪魔くせえ」
吐き捨てる NO の台詞を背後に聞き流しながら、諛左は嘲笑うような視線を返す。
「お前も、たまには、別れたニョーボにでも電話してやればどうだ」
うるせえんだよっ、といきり立つ NO を無視して、諛左はドアを閉める。
電話をしている間に、あの不良刑事が帰ってくれればいいんだが。
相手をするのは容易だが、それはそれで面倒な男だ。
閉めたドアの向こうでは、NO が部下達を罵倒している。
気の毒に。
部下ではなく、八つ当たり要員、というところだな。
そう思いながら、諛左は AZ を受話状態にする。
『お、やっと出た』
開いたディスプレイに、サングラスをかけた男の顔が浮かび上がる。
『ユサ? こちら、あーちゃんだよん』
諛左は壁際のデスクに AZ を置くと、スピーカーに切り替えた。
まるで小さなテレビに映るアヤシゲな芸能人、といったふうのあーちゃんに眼を落とし、
椅子に腰掛けて煙草を取り出した。
「どうした、アーサー」
諛左は必ずあーちゃんを本名で呼ぶ。
それなりに親しくないわけではないが、諛左の中では、親近感と愛称とは別物であり、
『あーちゃんって呼べよぅ 』 と何度本人から懇願されても、そのスタンスを変えることはない。
『呼んでやりゃいいのに。呼ばれたがってんだからさ』
J などはそう言うのだが、大の大人を 『ちゃん』 付けで呼ぶなど、
諛左の感覚としては、どうにも受け入れがたいものがあるのだ。
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