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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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「もうよい」 王は捨て鉢な口調で、傍らに立つクェイドに言った。
「式は延期……いや、中止じゃ、中止じゃ。フィランデの国王にも早馬でそれを伝えるがよい。国民にもそのように告知せよ。花嫁は逃げ出し、花婿は家臣の金子をくすねて姿をくらませた、とでも言っておくがよい」

「いや、しかしそれでは」

ヴェサニールとフィランデの両王家にとってあまりに醜聞すぎるのでは、とクェイドが使者の方に目を向けながら遠慮がちに反対したが、王は手で制した。その表情は、怒りと諦めに混じって、ある種の悟りのような感情が浮かび上がっていた。
醜聞だからといって、隠し通すには既に話が大きくなり過ぎているのだ。

「もうよい、と言っておる。他の理由が必要ならば、さっき王妃が言うたように、駆け落ちとでも、夜逃げとでも何とでも言っておけ。我が娘の気性は今さら隠し立てするようなものではない。城下の者なら皆知っておるだろうから、ことさらに驚くこともあるまい」

その点は事実であり、付け加えるならば、サフィラが城を逃げ出したことはこの時点で既に城下に広まっていたのであるが。

「あなた、でも、サフィラはどうするのです」 王妃が途端におろおろとした表情になる。
「まさか、このままにしておかれる訳ではございませんわね? 今頃はあの子、きっとアクウィラ辺りにでもいるのかもしれませんわ。今からすぐにでも衛士を走らせれば見つかるのでは? 」

「無駄じゃ、后よ」 王はきっぱりと答えた。
「言うのは心苦しいが、これまでに何度となく我らを出し抜いてきたあの娘じゃ。王女でありながら剣を学び始めたときも、魔道騎士の資格を勝手に得たときもそうであった。いつも我らが知るのは、後になってからじゃ」

「それはそうですけど」

「恐らく今回のことも、あの馬鹿娘め、急に思い立っての行動ではあるまい。我らが捜索の手を広げたところで、おいそれと捕まるようなことはあるまい。まったく我が娘ながら食えぬ奴じゃ」

側で直立しているクェイドなどは、そのように育ててしまった王と王妃自身にも問題があるのではないだろうか、と心の中で密かに考えたが、勿論それを口に出す愚は犯さなかった。
今さらそれを後悔しても詮無いことである。

しかし我が君、と、忠義心に厚い老侍従長は王妃に同調するようにやんわりと意見してみた。

「サフィラ様はヴェサニール唯一の後継者であらせられますぞ。王妃様が仰る通り、不在のまま放っておかれるというのも、いかがなものかと……」

クェイドの言葉が終わらないうちに、王はサフィラの置手紙をその面前に突きつけた。

「『必ず戻る』 と書いてあるじゃろう」
王はそっぽを向いて、やや消沈した声で付け加えた。
「……食えぬ娘ではあるが、あれは今まで自分から言い出した約束だけは破ったことがない」

それは、王の心に残された、精一杯のサフィラへの信頼の言葉であった。

「それに……まあ、あれは聡い娘じゃ。たとえヴェサニールの外で何らかの困難に出くわしたとしても、これまでそうであったように、己の利発さでみずからを救うじゃろう」

そうであって欲しい、と願うかのように王は付け足し、その言葉に、王妃や老侍従長をはじめ、その場にいた者達は、今さらながら父親としての王の心情を察して俯いた。

だが、すぐに王は沈痛さをかなぐり捨てると、今度は目の前に控えているフィランデの使者へ自棄的な視線を向けた。その口調は、翻って辛辣である。

「しかし、タウケーン王子の遁走については、我らも与り知らぬことじゃ、使者殿よ」

まあ、少しはこちらに、否、サフィラに非があるかもしれないが、と王は考えたが、勿論それは口には出さない。

「申し訳ないが、こちらは王女のことで手一杯じゃ。そちらはそちらで自国へ戻って何らかの対策を練られるがよかろう」

「はあ」 使者は気の抜けた返事で王に答えた。

「我が王女の不始末については、わしが直接フィランデ王に詫び状なり何なり書き記すことにする。それをお渡しいただこう」

その詫び状には謝罪だけでなく、タウケーン王子の好ましからざる性分についての恨み言も多少書き添えられることになるのだが。

使者への言葉を終わらせると、王は玉座を離れて先ほどの執務室へ戻った。後には后と重臣達の幾人かが続く。
王の後ろ姿を見ながら、王妃は、王に諭されはしたものの娘の捜索をやはり諦めてはおらず、後で密かに数人の衛士達を近隣諸国へ向かわせよう、と心に決めていた。
そして、クェイドを始めとする家臣一同は、明日行なわれる筈であった王女の結婚式の中止告知について、王家の恥とならない一番当たり障りのない言い訳を何とするか、胸中を悩ませていた。

後に残された形の使者達は、王達の姿が見えなくなるまで目で追っていたが、取りあえずはヴェサニール王の怒りから解放されたらしい雰囲気を悟り、一瞬だけ心を落ち着けた。

だがすぐに、今度はフィランデの国王へどのように報告すべきかという問題が頭をよぎり、新たな悩ましさが心を占める。それ以前に、王子に有り金を奪われた今、自国へ戻るための旅費をどこから工面するか、当座はそれが一番の問題であったが。

さまざまな思いが錯綜する中、王の間での詮議のひとときは終わりを迎え、サフィラの姿が消えたヴェサニール城は、慌しさよりも奇妙な静けさ、そしてその中に漂う幾許かの物寂しさに満たされようとしていた。



          → 終章・旅の始まり 10 へ

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「恐れながら申し上げます」
 
悩める王の思考を遮る声が、王の間の入り口から響いた。
家臣の一人が、手に何かを携えて佇んでいる。 

「ただ今、城下の者が、このようなものを持ってまいりましたが……」 

「何じゃ、こんなときに」 

王は不機嫌そうに言った。家臣は不興を買ったのではないか、と恐れながら、さらに付け足した。 

「それが……妙なことでございますが、使いの者が、こちらにおわすフィランデの方々に渡してほしいとの言伝てを申しておりまして」
 
「フィランデの?」 

王と使者は顔を見合わせた。いずれも、心当たりがない、という表情を浮かべている。
確かに妙である。ヴェサニールの民が面識のないフィランデの使者に何を渡すものがあるのか。 

「誰じゃ、それを持ってきたのは」 

「はあ、城下にある酒場の主人でございます」 

「酒場?」 

またもや王と使者は視線を合わせた。
使者は怪訝な顔をして、家臣から何かを受け取った。

それは一枚の紙を数回折りたたんだものだった。使者は忙しない手つきでそれを広げた。
紙面には何事かが走り書きしてあり、しばらくそれに視線を走らせていた使者は、読み進めるにつれて次第に目を剥き、表情を強張らせる。 

「何事かな、御使者殿」 

使者の面相の変化に不審を抱いた王が尋ねる。
尋ねられた方は、はっと目を上げると、消え入りそうな声でそれに答えた。 

「それが、その……」 使者は非常に言いにくそうである。「王子からの、手紙でございます」 

「手紙? タウケーン王子の? まことか!」 

「はあ……」 

「差し支えなければ、ぜひ見せていただきたいが」 

すぐにでも引っ手繰ってしまいたい、という気持ちを抑え、一応の礼儀を持って王は使者に言った。
しかし、それは頼んでいるというよりも、使者の耳には有無を言わさぬ命令めいた口調に聞こえた。抗うことはできず、使者は王の視線を避けるようにして手紙を差し出した。

王が目にした紙面には、あまり達筆とはいえない筆跡が記されている。
普段から書物を読むことに余り慣れていない者が書いたであろうと一目瞭然のその文章は、ところどころ誤字を線で消して正しい文字が書き直してあり、読みにくいことこの上ない。 

書かれていたのは、次のような内容だった。


    一度は結婚すると決めたものの
    一人の妻を迎えることで
    世の中にいる幾千もの女性を悲しませることになると思うと
    非常に心が痛み、結婚する気がなくなってしまった。
    偶然にも、その気がない、という点では王女も同じ意見らしいし
           まあ、お互い様ということで。
    国に戻るのもどうかと思うから、しばらく他国で過ごすことにした。
    そのうち戻るから、心配するな。
    皆には代わりに謝っといてくれ。 

    それはそうと、この手紙を持ってきた男に酒場の支払いをしておいてくれ。
    数日分の飲み代が未払いなので。
    それから、当座の出銭のために
    お前達の持ち金を借りていくが、悪く思うな。いつか返すから。


手紙を読み終えた王は、しばし無言であったが、やがて無作法であるのを承知でそれを床に投げ捨てた。慌てて使者が手紙を拾い上げるのを無視して、玉座にどっかりと腰を落とす。
誰もがその顔色を窺っている中、王は苦いものを噛み潰すような面持ちで視線を泳がせた。

どうやら、馬鹿者という称号を与えられるのは、我が娘だけではないらしい。 

あの馬鹿婿。 
いや、むしろ、王子の方がサフィラよりも質が悪いではないか。 

放蕩者との噂は知っていたが、聞きしに勝る無茶ぶりである。
タウケーン王子をヴェサニールに迎え入れることができなくなった今となっては、むしろその方が良かったのでは、という気持ちすら沸いてくる。 

もう、どうとでもなれ。
王はその日何度目かの大きなため息をついた。



          → 終章・旅の始まり 9 へ
使者が語った事実、つまりタウケーン王子が使者の一人に身をやつして既にヴェサニール城を訪れていたという事実に対して、王は至極当然の反応を示した。
それは、数日前にタウケーン本人からサフィラが同じ事を聞かされたときに見せた反応とまったく同じもので、要するに呆れ果ててものが言えない、という類であった。 

一体何故そんなことを、いえ私どもも最初はお止めしたのですが、酔狂にも程があるではないか一国の王子ともあろう者が、お言葉はごもっともですがそういうご気性の方なのです、と王と使者の間でしばらく言葉の応酬が続いた後、ようやく両者とも少しだけ落ち着きを取り戻し、現実を受け入れる余裕が生まれたようだった。

「では、使者殿に尋ねるが」 王は疲れた身体を再び玉座に戻して、改めて使者に目を向けた。
「サフィラの手紙にある同行者とはタウケーン王子であるとお思いかな? 二人揃って姿を消した以上、そう考えるのがもっとも自然だとわしには思えるが」 

「いや、いくら王子でもそこまでは……」

使者は恐れ入るように答えた。しかし答えながらも、その様子はどこか自信なさげである。あのタウケーン王子なら、それは非常にあり得る、という思いを胸中から拭い去ることができないためである。 

「果たして、そうであろうかのう」

使者の返答に、王も不審の表情をありありと浮かべた。使者の言葉など頭から信じていない様子である。正直、立て続けにいろいろなことが起こったために、王も半ば投げやりな気分になっている感は否めない。サフィラが逃げ出してしまった今となっては、誰と一緒にいようが、何処に行こうが、もう後の祭りなのだから。 

そして、使者はヴェサニール王に負けず劣らず頭を痛めることになった。 

厄介なことを仕出かしてくださった。
もしもサフィラ王女をかどわかしたのが本当に王子であれば、本国の国王に何と申し開きをしよう。いや、それよりも、目の前にいるヴェサニール王への言い訳のほうが、より差し迫った問題である。 

使者は、王子がフィランデでいつもそうであったように、今回も、夜通し城下の酒場で飲み明かして、そのまま眠るか何かしてしまったために今ここに姿が見えないのだ、と思い込もうとしたが、身の回りの物も消えているという事実が、その想像を消し止める。

王と使者とが互いに相手の反応を窺い合う中、それまで一言も発さずに王の隣の玉座に座っていた王妃が、突然思いついたように言った。 

「あなた、これはもしかしたら、世に言う 『駆け落ち』 というものではないかしら?」 

「か、駆け落ち?」 王妃の突拍子も無い言葉に王は驚いた。

「そうですわ。サフィラと王子は、一目見たときから、きっと互いに魅かれあったのですわ。それで、手に手を取り合って……」 

本気で言っている、というよりは、多分に当てずっぽう的な発言である。
しかし、王妃自身も王に劣らず頭の中が多少混乱しているため、みずからの言葉の辻褄が合っていないことには気づかず、そうであったら気が楽なのだが、という類の思い付きであった。
むしろ、みずからのロマンスめいた発想が何となく気に入ったらしく、少しばかり夢見るような表情さえを浮かべている。

「王妃よ、それは非常に無理がある」 しかし、王はあっさりと水を差した。
「よく考えるがよい。そもそも 『駆け落ち』 とは、想い合うことを反対された男女が行なうものだ。サフィラと王子の場合はどうだ? 誰一人反対なぞしておらん。むしろ皆が諸手を挙げて大賛成しておるのだぞ」

唯一賛成していなかったのは、結婚する当人すなわちサフィラである。
しかし、その点を王はあえて無視した。 

「それなのに、結婚式を目前に控えた花嫁と花婿が何故手に手を取って国から逃げ出さなくてはならないのか。それは有り得ぬ話じゃ」 

「それは、そうでしょうけれど……」
王妃は否応なく現実を突きつけられ、目に見えて消沈した。どうやら、王妃なりに良い考えだと思っていたようだ。 

やれやれ、と王は心の中でため息をついた。
普段はしっかり者の王妃だが、ときどき乙女のように甘い無邪気さを発することがあるのだ。いつもならば、それも愛すべき王妃の資質として認めることにやぶさかではないが、今は違う。

それにしても、と王は重い額を手で支えながら考えた。 

王女がいない。
王子がいない。
結婚式もない。 

この不始末は、どのような形で解決を見るのだろうか。
タウケーンがサフィラを連れ出した、という言いがかりでフィランデの使者を叱咤してはみたものの、実のところ、それは事実ではないだろうと、王はうすうす勘付いていた。
十中八九、サフィラは結婚を疎んじて逃げ出したのだ。
最初から嫌がっていたではないか。認めたくはないが、それしか考えられない。 

分からないのは、タウケーン王子だった。
王子がサフィラの同行者であるかどうかはともかく、何故、彼自身も姿をくらます必要がある?
酔狂ゆえの行動にしても、意味不明である。
王は、再度ため息をついた。



          → 終章・旅の始まり 8 へ
しかし、使者はまたもや王の言葉を否定した。 

「恐らくそれはないと思われますが」 

「なぜ、そう言い切れるのか?」 

「いえ、実は」 使者は目に見えて額が汗ばんでいる。
「その者の衣装やら何やら身の回りのものがすべてなくなっておりまして、それが、その……」

そのとき、王の傍らで両者の会話を耳にしていたクェイドが、何事かを思いついたように、はっと目を見開いた。そのまま王に一歩近寄り、こそこそと耳打ちする。クェイドの言葉を聞いていた王の表情が次第に険しくなっていく。 

「成程……」 王は玉座から立ち上がり、目の前で恐縮する使者の姿を睨みつけた。
「我が王女にろくでもないことを吹き込んで城から連れ出したのは、実はそなた達の仲間であったのだな!」 

「はい?」 突然の王の剣幕に、一瞬、使者は唖然とした。「それは一体……」

「しらばっくれるのか!」
使者の顔を憎々しげに見つめ、王は持参していたサフィラの手紙を使者の目の前に突きつけた。
「見るがよい! 我が娘サフィラは、昨晩このような手紙一枚残して、誰にも知られぬうちに城から抜け出しおった。そして、今もなお行方が知れぬわ」 

手紙の文面に素早く目を走らせた使者達は、さらに青ざめた。
王の激昂はとどまらない。 

「最初は娘の不始末ゆえ、詫びる言葉もないと思っておったが、蓋を開けてみれば、そなた等フィランデの者が関わっていたとはわしも気づかなんだ。いずれ、サフィラと示し合わせて、昨晩のうちに二人で城を抜け出しおったのであろう!手紙に書かれている『旅馴れた同行者』とは、姿を消したというそなた達の仲間に違いない!」

手紙を見れば、サフィラの家出はサフィラ本人の意志に他ならないことが明らかだが、王の頭の中では、『旅馴れた同行者』 すなわちフィランデの使者の一人がサフィラを無理やりさらって行った、という物語がほぼ出来上がっていた。
短絡的といえば短絡的であったが、それは、どちらかと言えば 「そうであって欲しい」 という王の気持ちの表われであった。
娘が結婚を嫌がって逃げ出した、というより、誰かにそそのかされた、ということになれば、ヴェサニール側の面目は立つ。 

しかし、断言された使者の方は、力一杯かぶりを振って王に叫んだ。 

「ご、誤解でございます! そのような真似をする筈がございません!」 

「いーや、騙されぬぞ」 王の態度は頑なであった。
「恐らく、婚約の儀の折にサフィラを見て、良からぬ思いを抱いたに違いない。大体、最初からあの使者はどこか軽薄な様子をしておったし、今考えれば、サフィラを見る目付きもどこかいかがわしかった」 

実際に婚礼の儀が執り行われた場では、そのようなことなど少しも考え付かなかった王であるが、今は極度の興奮も手伝って、有ること無いことを次から次へと妄想し始めていた。 

普段は温厚な王であったが、一度激すると収まるまでに時間がかかることを、同席しているヴェサニールの重臣たちは承知していた。そして、このような場合は口を挟めば挟むほど、その時間が長引くことも。それ故に、誰も意見を述べることもなく、息を詰めて成り行きを見守っていた。

「それにしても、みずからの主の花嫁を掠め取るとは、何という不埒な! フィランデに道徳はないのか! この上はそなた等の王にも事の次第を告げて、然るべき処分をしてもらわねばならん! もちろん、タウケーン王子にもじゃ! おお、哀れな王子殿! みずからの従者に裏切られたとあっては、どのように気落ちなさることか!」
「違うのです! 本当に違うのでございます!」 

使者の声は、既に悲鳴に近い。
しかし、弁解しようとする姿勢が、なおのこと王の怒りの火に油を注ぐ。 

「何が違うというのじゃ! この期に及んで見苦しい!」 

「恐れながら、申し上げます! その姿を消した使者というのは……」 

「おう、何じゃ、申してみよ!」 

「その者こそが、我がフィランデ国のタウケーン王子その人なのでございます!」

「……」 

「……」 

「……」 

使者の悲痛な声が響き渡った後、文字通り王の間は不自然なほどに静まり返った。 

王は黙った。
重臣たちも黙っている。 

ぜいぜいと呼吸を荒げる使者の息遣いのみが、人々の耳を通り抜けていく。 

「……何じゃと?」  ようやく王が我を取り戻し、突然すぎる使者の告白の意味を問うた。
「何と申した? タウケーン王子と?」 

「はあ、実は……」 

ここまで来たら、もう隠し立てすることもない、とばかりに、使者は白状し始めた。



          → 終章・旅の始まり 7 へ

「それにしても、王」
捜索の打つ手すべてが不作に終わる中、この上なく苦い表情を浮かべる王に、侍従長のクェイドがそっと耳打ちする。
「あちらの方には、何とお伝えしたものでしょうか」

「あちらの方とは?」

「その……」 珍しくクェイドが言いよどむ。「あちらの……フィランデの……」

「む」

そうだった。王は新たな面倒事を思い出して、さらに頭を悩ませることになった。

ヴェサニールの城には明日の式に先駆けてフィランデからの使者が数人訪れている。今のところ、城内には緘口令が敷かれているため、恐らく使者の耳にはまだ事の次第が届いていない筈である。

しかし。

花嫁になる筈だった自分の娘が逃げ出した、という事実を、花婿側の人間にどのように伝えればよいものか。王は頭を抱えた。否、どう伝えたところで角が立つのは見えている。フィランデの国王とは友人同士の間柄だが、さすがに今回は不興を被るに違いない。

「……仕方がない」

だからと言って、ずっと黙っていることは不可能である。
何と言っても明日はフィランデの国王、王妃ともども式に出席する予定なのだから。ならば、その使者にも早いうちに伝えておくべきか。
王は苦々しい口調でクェイドに言った。

「使者殿に会おう。王の間にお越しいただくように」


フィランデの使者数人が王の間に現われたのは、それからかなり経ってのことであった。
結構な時間を待たされた王にしてみれば、事件を聞いた使者が大層機嫌を損ねてやってくるのではないか、と気が気ではなかったが、現われた使者の表情はむしろ青ざめて、むしろ何かしらを恐れているような様子にさえ見えた。

王は怪訝な顔をした。
よく見ると、使者の数が一人足りない。先日の婚約式でサフィラに口上を述べた、一番華やかな使者の姿が見当たらなかった。
それはともかくとして、王は伝えるべき話を伝えるべく、重々しく口を開いた。

「あー、実は、使者殿。その、何と言うか、此の度は何とも面目ない事態になってしまって……」

「申し訳ありませんが、ヴェサニール王よ」
使者の一人が、相変わらず青い顔をしたまま王の言葉を遮った。
「こちらの方でも、実はそれどころではない事態が持ち上がってしまい……」

「それどころではない?」

謝罪すべき立場にある王だが、みずからの発言を邪魔され、さらに自国の王女の失踪を 『それどころ』 扱いされたことに、少しばかりむっとする。
しかし、よく見ると使者達はどこかしらそわそわと落ち着きがなく、王の不興すら目に入らない様子である。
逆に不審の念を抱いた王は、使者に問うた。

「使者殿には、いかなる気がかりをお持ちかな? 様子が普通ではないように見受けられるが」

「はあ」 と曖昧な返事を返すだけで、使者は視線を泳がせている。

王と使者達の間にしばし微妙な沈黙が流れたが、やがて、言葉を詰まらせた使者に代わって別の使者が意を決したように王を見た。

「実は、私どもの一人が……今朝から姿が見えないのでございます」

「姿が見えない?」 王は使者の言葉をそのまま問い返した。
「それは、どういう意味かな?」

「言葉通りの意味でございます」 使者が畏まって答える。
「昨晩は確かに部屋にいるところを見たのでございますが、朝、私どもが目覚めましたときには、既にどこにもおらず、今しがたまで所在を捜していた次第なのでございます」

遅れて現われたのはそのせいであったか、と王はどこかほっとした。
しかし、別の懸念が胸中に持ち上がる。

「確かに、お一人足りないようだが……城下に降りられたのでは?」

「いえ、御国の門番の方にお尋ねしても、そのような人間は通らなかったというお話でして……」

「では、いずれ、城内を見聞なさっているのではないのかな?」

少し苛立って王が答える。王としては、こんな非常時に人の城の中を勝手にうろつきまわるな、と言いたいところだったが、それをそのまま言い放つわけにもいかない。



          → 終章・旅の始まり 6 へ

タリスが懸念するまでもなく、王の胸中は不埒な一人娘の行動の後始末をどうするか、という一点で占められていた。

その頃には、詮議の舞台は王の間から執務室に移り、部屋の中央に設えられた石造りの大きな机を囲むようにして王と重臣達が座を占めていた。机の上には、サフィラの手紙が無造作に投げ出されている。
そして重臣達とは別に、壁際に置かれた小さな椅子にはトリビアとリヴィールが居心地悪そうに腰掛けていた。本来ならばこのような場に同席することなどできない二人だったが、サフィラ付きの侍女という立場から、否応なく呼び出されたのだ。

そして、たった今トリビアが今朝の状況を一通り説明し終えたところであった。
つまり、サフィラが部屋にいないことに気づいてから、その残した手紙を見つけるまでのことである。それに対して、今は重臣達からさまざまな意見が挙げられ、室内には活発ながらも不穏な空気が漂っていた。

他の者達の声に紛れて、二人の侍女は声をひそめ、しかしいつものように忙しなく口を動かした。

「それにしても」 トリビアが少しがっかりしたように言った。
「何も私達にまで何も言わずに出て行くことはないでしょうに、サフィラ様ったら」

「そうよね、お姉様」 妹が相槌を打つ。
「これまではいろいろなことを私達に打ち明けてくださっていたのに。そりゃあ私達はただの侍女だけど、サフィラ様がお生まれになったときからお側にいるのに、何だかショックだわ」

「たぶん、サフィラ様のことだから、私達が余計な心配をしないように、と気遣ってくださったから黙っていたんでしょうけど……」

トリビアはそう言いながらため息をついたが、実のところ、サフィラが二人にすら言わなかったのは、気を遣ったからではなく、単に二人のお喋り好きによって秘密の計画が漏れるのを恐れたからである。もちろん、二人はそれを知らない。

「でも、私達も少し迂闊すぎたわね、リーヴィア。サフィラ様なら、このくらい平気でやっておしまいになるということをすっかり忘れていたわ」

「まったくですわ、お姉様。今思えば、ここ数日サフィラ様のご様子がどうも神妙でいらっしゃったのも、すべて今回の脱走を悟られないためだったのね」

「サフィラ様らしいというか、何と言うか……。あなた、サフィラ様の手紙を見て?」

「見ましたわ。王様とお后様に謝罪しているようで、実は恨み言と脅しも忘れずに書き足しておく、というところが何ともサフィラ様らしい文章でしたこと。さすがですわね」

「感心してどうするの」 姉が妹をたしなめる。
「それよりも、気になるのはサフィラ様の同行者のことよ。一体、誰と一緒に行かれたのかしら?」

そこまで話して、二人は自分達の声がいつの間にかひそひそ話とは程遠いほど声高になっていることに気づいた。重臣達の戒めるような視線が自分達に注がれているのを知り、思わず二人は口を閉ざして下を向いた。


「……それで?」 しばしの沈黙の後、王は不機嫌そうに誰にともなく尋ねた。
「サフィラの手紙にある『旅馴れた者』とは誰のことじゃ?」

つい今しがたトリビアが疑問に思ったことと同じ趣旨のその言葉に、問われて答えられる者はその場には一人もおらず、ただ互いに顔を見合わせるだけである。
もちろん、二人の侍女も知る由もない。
無言が王の不興をますます募らせることを懸念した家臣の一人が、勇気を出して言った。

「王、それは、サフィラ様がいつも懇意にしていた城下の魔道騎士ではありませんか?」

サリナスのことである。二人の侍女は、なるほど、と言わんばかりに顔を見合わせた。
しかし、王が不機嫌そうにその言葉を否定する。

「その点については、既に城下に早馬を走らせておる」

実は王自身、誰よりも真っ先にサリナスのことを思い浮かべたのである。ついでに、魔女のことも。王にとっては天敵に近い二人である。サフィラが王にとって良からぬ事を行うときは、必ず魔道が関わっているからだ。
しかし、今回は王の予測は外れたようで、城の衛士が若き魔道騎士と老いた魔女の住処を訪れたときには二人とも家にいたし、サフィラの消息を知る手掛かりとなるようなものもなかった。
もっとも、サリナスはともかく、マティロウサは不機嫌を露わにして衛士を睨みつけたので、恐れをなした衛士は大して家の中を調べもせずに城へ急ぎ戻ったのだが。

しかし、二人でないとなると、王には誰がサフィラの同行者なのか、皆目検討がつかなかった。
ヴェサニールを訪れた他国からの旅人ではないか、と進言する者もいて、さっそく国の領内にある宿屋へと衛士が飛んだが、ここ数日中に国を出た者は誰もいない、という知らせを空しく持ち帰っただけであった。



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プロフィール
HN:
J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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