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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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しかし、使者はまたもや王の言葉を否定した。 

「恐らくそれはないと思われますが」 

「なぜ、そう言い切れるのか?」 

「いえ、実は」 使者は目に見えて額が汗ばんでいる。
「その者の衣装やら何やら身の回りのものがすべてなくなっておりまして、それが、その……」

そのとき、王の傍らで両者の会話を耳にしていたクェイドが、何事かを思いついたように、はっと目を見開いた。そのまま王に一歩近寄り、こそこそと耳打ちする。クェイドの言葉を聞いていた王の表情が次第に険しくなっていく。 

「成程……」 王は玉座から立ち上がり、目の前で恐縮する使者の姿を睨みつけた。
「我が王女にろくでもないことを吹き込んで城から連れ出したのは、実はそなた達の仲間であったのだな!」 

「はい?」 突然の王の剣幕に、一瞬、使者は唖然とした。「それは一体……」

「しらばっくれるのか!」
使者の顔を憎々しげに見つめ、王は持参していたサフィラの手紙を使者の目の前に突きつけた。
「見るがよい! 我が娘サフィラは、昨晩このような手紙一枚残して、誰にも知られぬうちに城から抜け出しおった。そして、今もなお行方が知れぬわ」 

手紙の文面に素早く目を走らせた使者達は、さらに青ざめた。
王の激昂はとどまらない。 

「最初は娘の不始末ゆえ、詫びる言葉もないと思っておったが、蓋を開けてみれば、そなた等フィランデの者が関わっていたとはわしも気づかなんだ。いずれ、サフィラと示し合わせて、昨晩のうちに二人で城を抜け出しおったのであろう!手紙に書かれている『旅馴れた同行者』とは、姿を消したというそなた達の仲間に違いない!」

手紙を見れば、サフィラの家出はサフィラ本人の意志に他ならないことが明らかだが、王の頭の中では、『旅馴れた同行者』 すなわちフィランデの使者の一人がサフィラを無理やりさらって行った、という物語がほぼ出来上がっていた。
短絡的といえば短絡的であったが、それは、どちらかと言えば 「そうであって欲しい」 という王の気持ちの表われであった。
娘が結婚を嫌がって逃げ出した、というより、誰かにそそのかされた、ということになれば、ヴェサニール側の面目は立つ。 

しかし、断言された使者の方は、力一杯かぶりを振って王に叫んだ。 

「ご、誤解でございます! そのような真似をする筈がございません!」 

「いーや、騙されぬぞ」 王の態度は頑なであった。
「恐らく、婚約の儀の折にサフィラを見て、良からぬ思いを抱いたに違いない。大体、最初からあの使者はどこか軽薄な様子をしておったし、今考えれば、サフィラを見る目付きもどこかいかがわしかった」 

実際に婚礼の儀が執り行われた場では、そのようなことなど少しも考え付かなかった王であるが、今は極度の興奮も手伝って、有ること無いことを次から次へと妄想し始めていた。 

普段は温厚な王であったが、一度激すると収まるまでに時間がかかることを、同席しているヴェサニールの重臣たちは承知していた。そして、このような場合は口を挟めば挟むほど、その時間が長引くことも。それ故に、誰も意見を述べることもなく、息を詰めて成り行きを見守っていた。

「それにしても、みずからの主の花嫁を掠め取るとは、何という不埒な! フィランデに道徳はないのか! この上はそなた等の王にも事の次第を告げて、然るべき処分をしてもらわねばならん! もちろん、タウケーン王子にもじゃ! おお、哀れな王子殿! みずからの従者に裏切られたとあっては、どのように気落ちなさることか!」
「違うのです! 本当に違うのでございます!」 

使者の声は、既に悲鳴に近い。
しかし、弁解しようとする姿勢が、なおのこと王の怒りの火に油を注ぐ。 

「何が違うというのじゃ! この期に及んで見苦しい!」 

「恐れながら、申し上げます! その姿を消した使者というのは……」 

「おう、何じゃ、申してみよ!」 

「その者こそが、我がフィランデ国のタウケーン王子その人なのでございます!」

「……」 

「……」 

「……」 

使者の悲痛な声が響き渡った後、文字通り王の間は不自然なほどに静まり返った。 

王は黙った。
重臣たちも黙っている。 

ぜいぜいと呼吸を荒げる使者の息遣いのみが、人々の耳を通り抜けていく。 

「……何じゃと?」  ようやく王が我を取り戻し、突然すぎる使者の告白の意味を問うた。
「何と申した? タウケーン王子と?」 

「はあ、実は……」 

ここまで来たら、もう隠し立てすることもない、とばかりに、使者は白状し始めた。



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