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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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「もうよい」 王は捨て鉢な口調で、傍らに立つクェイドに言った。
「式は延期……いや、中止じゃ、中止じゃ。フィランデの国王にも早馬でそれを伝えるがよい。国民にもそのように告知せよ。花嫁は逃げ出し、花婿は家臣の金子をくすねて姿をくらませた、とでも言っておくがよい」

「いや、しかしそれでは」

ヴェサニールとフィランデの両王家にとってあまりに醜聞すぎるのでは、とクェイドが使者の方に目を向けながら遠慮がちに反対したが、王は手で制した。その表情は、怒りと諦めに混じって、ある種の悟りのような感情が浮かび上がっていた。
醜聞だからといって、隠し通すには既に話が大きくなり過ぎているのだ。

「もうよい、と言っておる。他の理由が必要ならば、さっき王妃が言うたように、駆け落ちとでも、夜逃げとでも何とでも言っておけ。我が娘の気性は今さら隠し立てするようなものではない。城下の者なら皆知っておるだろうから、ことさらに驚くこともあるまい」

その点は事実であり、付け加えるならば、サフィラが城を逃げ出したことはこの時点で既に城下に広まっていたのであるが。

「あなた、でも、サフィラはどうするのです」 王妃が途端におろおろとした表情になる。
「まさか、このままにしておかれる訳ではございませんわね? 今頃はあの子、きっとアクウィラ辺りにでもいるのかもしれませんわ。今からすぐにでも衛士を走らせれば見つかるのでは? 」

「無駄じゃ、后よ」 王はきっぱりと答えた。
「言うのは心苦しいが、これまでに何度となく我らを出し抜いてきたあの娘じゃ。王女でありながら剣を学び始めたときも、魔道騎士の資格を勝手に得たときもそうであった。いつも我らが知るのは、後になってからじゃ」

「それはそうですけど」

「恐らく今回のことも、あの馬鹿娘め、急に思い立っての行動ではあるまい。我らが捜索の手を広げたところで、おいそれと捕まるようなことはあるまい。まったく我が娘ながら食えぬ奴じゃ」

側で直立しているクェイドなどは、そのように育ててしまった王と王妃自身にも問題があるのではないだろうか、と心の中で密かに考えたが、勿論それを口に出す愚は犯さなかった。
今さらそれを後悔しても詮無いことである。

しかし我が君、と、忠義心に厚い老侍従長は王妃に同調するようにやんわりと意見してみた。

「サフィラ様はヴェサニール唯一の後継者であらせられますぞ。王妃様が仰る通り、不在のまま放っておかれるというのも、いかがなものかと……」

クェイドの言葉が終わらないうちに、王はサフィラの置手紙をその面前に突きつけた。

「『必ず戻る』 と書いてあるじゃろう」
王はそっぽを向いて、やや消沈した声で付け加えた。
「……食えぬ娘ではあるが、あれは今まで自分から言い出した約束だけは破ったことがない」

それは、王の心に残された、精一杯のサフィラへの信頼の言葉であった。

「それに……まあ、あれは聡い娘じゃ。たとえヴェサニールの外で何らかの困難に出くわしたとしても、これまでそうであったように、己の利発さでみずからを救うじゃろう」

そうであって欲しい、と願うかのように王は付け足し、その言葉に、王妃や老侍従長をはじめ、その場にいた者達は、今さらながら父親としての王の心情を察して俯いた。

だが、すぐに王は沈痛さをかなぐり捨てると、今度は目の前に控えているフィランデの使者へ自棄的な視線を向けた。その口調は、翻って辛辣である。

「しかし、タウケーン王子の遁走については、我らも与り知らぬことじゃ、使者殿よ」

まあ、少しはこちらに、否、サフィラに非があるかもしれないが、と王は考えたが、勿論それは口には出さない。

「申し訳ないが、こちらは王女のことで手一杯じゃ。そちらはそちらで自国へ戻って何らかの対策を練られるがよかろう」

「はあ」 使者は気の抜けた返事で王に答えた。

「我が王女の不始末については、わしが直接フィランデ王に詫び状なり何なり書き記すことにする。それをお渡しいただこう」

その詫び状には謝罪だけでなく、タウケーン王子の好ましからざる性分についての恨み言も多少書き添えられることになるのだが。

使者への言葉を終わらせると、王は玉座を離れて先ほどの執務室へ戻った。後には后と重臣達の幾人かが続く。
王の後ろ姿を見ながら、王妃は、王に諭されはしたものの娘の捜索をやはり諦めてはおらず、後で密かに数人の衛士達を近隣諸国へ向かわせよう、と心に決めていた。
そして、クェイドを始めとする家臣一同は、明日行なわれる筈であった王女の結婚式の中止告知について、王家の恥とならない一番当たり障りのない言い訳を何とするか、胸中を悩ませていた。

後に残された形の使者達は、王達の姿が見えなくなるまで目で追っていたが、取りあえずはヴェサニール王の怒りから解放されたらしい雰囲気を悟り、一瞬だけ心を落ち着けた。

だがすぐに、今度はフィランデの国王へどのように報告すべきかという問題が頭をよぎり、新たな悩ましさが心を占める。それ以前に、王子に有り金を奪われた今、自国へ戻るための旅費をどこから工面するか、当座はそれが一番の問題であったが。

さまざまな思いが錯綜する中、王の間での詮議のひとときは終わりを迎え、サフィラの姿が消えたヴェサニール城は、慌しさよりも奇妙な静けさ、そしてその中に漂う幾許かの物寂しさに満たされようとしていた。



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