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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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収まりかけていた状況をぶち壊し、しかも、銃だと?
なんてことだ。
ここまで御しがたい男とは。
何故こんなことになるのか。
単なる尾行が、これでは立派な発砲事件になってしまう。
ざわめきとも、賑やかさとも無縁な夜の界隈では、きっと誰もが今の銃声を耳にしたことだろう。
そして、誰かが通報するに違いない。

それなのに、この期に及んで、もう一度撃つつもりか。

頭の中に赤く明滅するパトカーのランプが浮かび、
けたたましいサイレンの幻聴が聞こえるような気がした。
タカギを止めなければ。

しかし、男B がそこまで思い至るよりも早く、タカギは銃を拾い上げていた。
大きく肩で息をしている。極度の興奮状態だ。
そして、凶暴な視線とともに銃口が向けられた。
噴水の横で、ようやく立ち上がった女に向かって。
ぶつけた拍子に脳震盪でも起こしたのか、女の足元はまだふらついていた。
銃を避けようとすらしない。
いや、避けるタイミングを計っているのか。
それにしては、動きが頼りない。
しかも避けるには近すぎる距離に、2人はいた。

「タカギさんっ」

男B が叫ぶ。抑制、というよりは悲鳴に近い声。

その場にいた誰もが、女の命を諦めた。
しかし。

シュッ……と、かすかな音が、した。
一瞬後、タカギが目を剥き、獣のような唸り声を上げて銃を取り落とす。

「……え?」

待っていた訳ではないが、聞こえる筈の銃声はなく、
代わりに周囲に響いたタカギの声に、男B は驚いた。
見ると、タカギは腕を押さえて地面に膝をついている。
押さえた腕からは、血を流していた。

「……」

何が起こった?
男B は女を見た。

女は、しかし、これもまた怪訝な顔で、目の前に崩れた巨体に目を向けている。
だが、すぐにやるべき事を思い出したようだ。
この隙を逃さず、今度は必要以上に強くタカギの顎を真正面から蹴り上げた。
鈍いような、鋭いような音が響き、
その数秒後、無言のまま、タカギはスローモーションで後ろに倒れ込む。

骨が折れたんじゃないだろうか。
もともと器量良しとは言えないタカギの顔が、さらに醜く歪んでいるのを見て
男B は自分が蹴られたような面持ちで自らの顎をさすった。

「……とんでもない男だな、こいつは。御しがたいバカとは、このことだ」

長い吐息の後で、そう悪態をつくと、女は2、3度頭を振った。
先程、噴水に打ち付けた影響か、気分が悪そうだ。
それでも、仰向けになって横たわる巨体に改めて目をやり、
さらに注意して、赤く染まるその腕に視線を落とす。
そうしていたかと思うと、今度は周囲に厳しい目を向け始めた。

必要以上に硬直していた身体をそろりと動かし、男B は女に近付いた。

「何が……」

あったんです、と尋ねようとした男B を女は、しっ……と制した。
何かを探ろうとするよう、視線だけを走らせている。

やがて、探し物を諦めたのか、女はもう一度深く息をつくと、
男B を顧みて抑揚のない声で言った。

「腕を撃たれてる」

「は? 誰が」

「あんたの仲間のバカなタカギさんが。誰かに撃たれてるんだよ」

「誰か……って、誰が?」

「知るか」

たった今、撃たれようとしていたのは女の方であり、勿論その手に銃などは見当たらない。
仲間達を振り返ってみても、
先程タカギに殴られた男C は、顔を押さえて地面に座り込んだままだし、
タカギに振り払われた男D も同様である。
どちらも、血を流して倒れているタカギの姿に、軽い驚きの表情を浮かべているだけで、
いずれかが撃った様子はない。

思わず周囲を見回す男B だったが、この場にいる人間以外の姿も見当たらない。
女に視線を戻し、

「誰が?」 と、再度問うた。

「だから知らないってば。でも、確かに音はした。サイレンサーで殺した銃声が」

「……気づきませんでした」

「 ニブイね、あんた」

「はあ、すみません」

答えながらも、わざわざ消している音が聞こえてたまるか、と心の中で反発する男B だが、
逆に言えば、そんな音すら聞き逃さない女の方がどうかしているのだ……とは、
口が裂けても言えない。

「でも、誰の気配もない。逃げたのか、それとも……」

最後まで言わずに言葉を切ると、もう一度、女は辺りに目を走らせた。
やはり、その視界に映るのは、相変わらずの面々のみである。

「……ま、誰が撃ったのかは知らないけど、こっちは命拾いして、やーれやれってところかな」

そう言いながら、女は肩をほぐすように首を回した。
相変わらず周囲に注意を払ってはいるが、さほど動揺しているようにも見えない。
やーれやれ、じゃないだろうに。
男B の表情の中に呆れたような色合いが浮かぶ。


→ ACT 6-25 へ

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万が一の為の銃。
だが、発砲は極力避けろ。
それは、この仕事が決まった時の約束事だった。
念を押して言われるまでもなく、懐に忍ばせていても使う気などさらさらなかった。

それなのに。

「……それはダメだ、タカギさんっ」

男B がそう叫んだのと、その強張った表情から女が何事かを察したのと、
いずれが早かったか。

カチリ……と撃鉄を起こす音が女の背後でひそやかに響いた時、
女は振り返りもせず横に飛んだ。
ほぼ同時に、

  BAAAANGGGG !

……剣呑な谺が、夜の静寂を引き裂く。

「……」

誰もが沈黙した。
炸裂音が、空のあちらこちらに反射して、やがて消えていく。

男B は身体を硬直させた。
目の前には、タカギがいた。
その間にいた筈の女は地面に伏せている。撃たれてはいない。
タカギの発砲よりも、女の素早さの方が1、2秒ばかり勝っていたらしい。

ほっ……とする間もなく、男B はすぐに別の緊張を強いられた。
女が身をかわしたために、男B は銃を持ったタカギと正面から向き合う形になっている。
銃口は男Bの少し右側に向けられていた。
女が立っていた場所だ。
もしも、ほんの数cm、弾道がずれていたら。
男B は、朱に染まって地面に倒れる自分を想像して、背筋が波立つのを感じた。
弾の的となる不幸からは逃れられたが、
至近距離で聞いた銃声の余韻が鼓膜に残り、男Bを混乱させていた。

タカギは呆然としていた。
しかし、その目は血走っている。
銃は構えたままだ。
今や、誰の忠告も制止も届かない。
そう言わんばかりの形相が辺りの空気を凍りつかせている。

決まらないポーズのマネキンのように、誰もが動かなかった。
不出来な彫像達が立ち並ぶ空き地の中、
銃口だけが向けるべき相手を探して緩慢な動きを見せる。

全ての者にとって、ほんの数秒が永遠にも似て長く感じられた。

その一瞬後。

最初に動いたのは、女だった。

「……こンの単細胞っ」

たわんだバネが元に戻ろうとするように敏捷に起き上がると、
女はタカギの手を目掛けて容赦ない蹴りを見舞った。

「ダウンエリアで発砲すンじゃねぇよっ。ここには厄介な不良刑事がいるんだぞっ」

銃は撥ね飛び、タカギよりも数m離れた地面に、硬い音を立てて落ちた。
女の目は吊り上っている。
また、キレ始めた。
男B は何度目かのため息をついた。

銃を失い、空になったタカギの手が、
そこだけ突風に巻き込まれたかのように遮二無二振り回される。
偶然、女が身にまとっているコートにその手が触れ、
タカギは頭で考えるより早く (というより、恐らく何も考えずに)、
布地を引っ掴むと力任せにそれを引っ張った。

それは、さすがに予想外の行動であったようで、女は思わず後方へ体勢を崩した。
何とか踏み止まろうとするが、しかし、あらぬ力に引かれる自らのコートに束縛され、
重力に逆らえずに倒れ込んでしまう。
運の悪いことに、倒れた先には例の古い噴水があり、
その石造りの縁に女は側頭部を打ち付けた。鈍い音がした。

「あ痛っ」

それでも何とか起き上がろうとするが、女のダメージは大きいらしく、
先刻までの俊敏さは、やや影を潜めている。

その隙に、タカギはふらふらと起き上がった。
落ちている拳銃を目で探し、おぼつかない足取りで近付いた。

その時点で、静止していた他の彫像達は、ようやく動きを取り戻した。
事ここに至っては見て見ぬ振りもできぬ、とばかりに、
男C の方が、タカギよりも先に拳銃を拾い上げようとしたが、
タカギは有無を言わさず殴り倒した。
残った2人の男達は、タカギの背後から飛び掛り、何とか押さえ込もうとしたが、
体内でどんな興奮物質が分泌されているのか、
尋常でないタカギの怪力は、容赦なく2人を吹き飛ばす。

もう見境がなくなっている。
地面に打ち付けられた男B は、愕然とした。

こんなバカな。

バカな。
バカな。
バカな。

今度ばかりは、男B は本心からタカギを呪った。


→ ACT 6-24 へ

互いに、互いから解放された女とタカギ。
ようやく2つの身体が離れる。
女は肩の凝りをほぐすような仕草で、残る男達の動向を窺った。
平静に見えるが、その視線は油断ない。

「それにしても驚きました」 あながち、出任せでもない口調で男B は女を顧みた。
「見かけによらず、こういう事態に手馴れているようですね。
身のこなしが素早いし、腹を立てているように見えて、動きは冷静。
今更この場で、あなたが誰か、と問いただす気にはなれませんが、
個人的には非常に興味深い方だ」

「今度はナンパかい」 ぼそりと女が呟く。

「正直な感想ですよ。
それに……奇妙な、と言っては失礼ですが、何と言うか、変わった技をお使いになるようで」

「ただの護身術」

「そうですか? しかし、素人の手習いにしては、年季が入っているように感じましたが」

「そんなに気になるなら」 女は、ずいっと男B に近付いた。
「自分で試してみるという手もあるけれど、どうする?」

「遠慮します」 男B は即答した。
「いえね、貴女とタカギを見ていると、つい、
子供の頃に TV でやっていたヒーロードラマを思い出しましたよ。
か弱い主人公が、実は超能力を使う正義の味方で、誰も正体を知らない。
そして、悪い人間達を叩きのめす。
何というタイトルだったか、忘れてしまいましたが」

世間話でもするかのような男B の言葉に、女は興味がなさそうだ。
ただ黙っている。

「今考えると、バカバカしい物語ではありましたが、あの時は胸を躍らせて見入っていたもんです。
でも、その時、一緒に見ていた祖母が……ああ、私、両親がいないので
祖母に育てられたようなものなんですが、その祖母がですね、
実際に、常人以上の力を持つ人間を目の当たりにすると、
人の心に浮かぶのは、賞賛とか憧れとかでは決してなく、
異端な者に対する恐れや嫌悪、そういった負の感情だけだ、なんて言ってたものですが……」

男B は、ふうとため息をついた。

「コドモ心には、祖母の言っている意味が判りませんでしたが、
ようやく今、理解したような気がしますよ」

「なかなか深いバーサンだな」 女の無感動な返事。
「でも、こっちはそんなノスタルジックな思い出話には興味がないよ。
その異端なモノってのが、アタシだ、と?」

「滅相もない」

単に昔のことを思い出しただけなのだが、
自分でも少しばかり饒舌すぎる気がして、男は短く答えた。

「それで? この後、どうするの」
女は小さく欠伸をした。明らかにこの状況に飽きている様子だ。
「ツマンナイ話を聞かせられるくらいなら、もう用がないんだろう?
そろそろ帰りたいんだけど。うち、門限が厳しいから」

「はあ、それはまあ」

言葉を濁しはしたものの、男B としては女の言葉に諸手を挙げて賛成したい気分だった。
自らの仕事をここで放棄することになるが、そんなことはどうでもよかった。

恐らく、手ひどい叱咤を受けるだろうが、女の行動が想定外だった。
それに、今回のことはタカギの短慮さゆえのミスだ。
男B はそう決め付け、自分がそれを制止しなかった、という事実は敢えて無視した。
これまでも同様の失態を何度か演じているタカギである。
そう報告したところで評価は変わらないだろうし、
タカギを疎んじている後の2人も、何も言わず黙っているに違いない。今、そうであるように。

それにしても、と男B は改めて目の前の女を見た。

先程までのキレっぷりはどこへやら、タカギを落とした時点で女は完全に戦意を失ったようで、
詰まらなそうに足元の地面を爪先で掘り返している。
激し易いが、冷め易くもある性分らしい。

興味深い、とは、先程女に言った言葉だが、半分は男B の本心でもあった。

ともあれ、何とかこの場を切り抜けられそうだ、と男B が半ば安堵の息をついた時。

女の背後に倒れていた巨体が、ごそりと動いた。
本人が思いのほか頑丈だったのか、女がある程度手加減したのか、
どうやら、タカギが意識を取り戻したらしい。

男B は内心で舌打ちをした。
長話し過ぎたようだ。
今ここでタカギに復活されると、先刻よりも厄介なことになる。

ここは早急に女に退出してもらおう。

そう考えた男B だが、それを口に出して女に告げようとする前に、目に飛び込んできたのは。

タカギが、何かを握っていた。
黒くて、艶光りのする物体。

拳銃だった。


→ ACT 6-23 へ

「すみませんが……」 男B はへつらうような笑みを浮かべた。
「その辺で勘弁してもらえませんか、お嬢さん。タカギも懲りたと思いますから」

思案の結果、男B の頭脳は、やんわりと女を懐柔する策を選んだようだ。
これ以上揉めるのはごめんだ、という男B の、ある意味、事勿れ主義的な思いが勝ったらしい。
仲間2人の冷たい視線を背後に強く意識しながら、男B はそれを無視した。

ビビってるのか。
そう蔑んでいるであろう2人の胸中が手に取るように判る。
そうだ。
ビビっている。
悪いか。
俺は慎重なんだ。
バカがつくほど単純でもない。
あまつさえ、血に飢えた暴力好きではないのだ。
そこにノビているタカギと違って。

大体、尾行が失敗した時点で、引き返すべきだったのだ。
女は得体の知れない技を使う。
タカギはやられた。
後2人 (勿論、自分は数に入っていない) も、同じ運命を辿らない、とは誰が言える?

男B は胸中で言い訳を繰り返す。

しかし、女の方は手を緩めもせず、きっぱりと言った。

「いや、全然懲りてないと思う」

その言葉を証明するかのように、
掴まれたタカギの腕は、何とか束縛から解放されようとして、無駄に強い抵抗を示している。

「たぶん今、手を離したらまた突っかかってくるに違いない、この大木は」

「はあ……」

我ながら気の抜けた返事をする、と自らに呆れながらも、男B も女の言葉を否定できない。
タカギはそういう男だ。

「第一ね」 女は尖った声を上げる。
「先に手を出してきたのは、このタカギさんです。
しかも、あんた達は、それを止めようともしなかった」

「はあ」 男B の返事は代わり映えしない。

「仲間でしょう、一応」

「はあ」

望んでませんが、と男B は胸の内でだけ付け加える。

「そもそもですね」 女は続ける。「こんな状況になったのも、
元々はそちらが不躾に人の後を犬のように尾けまわしたのが原因です。
あまつさえ、頭ごなしに 『お前は誰だ、名を名乗れ』 なんて、無礼極まる」

「はあ、今度から初対面の女性に声をかける時は、充分気を配るようにします」

男B としては、少し気の利いたことを言って場を和ませようとしたつもりだが、
そゆコトを言ってるんじゃない、と、呆気なく女に一蹴されてしまう。

「ともかく、今更 『すみませんが』 も何もあったもんじゃない。
そう思うんだったら最初から面倒なことにならないよう、そちらの方に気を配るべきだ。
どこの誰々さんかは知らないけど、一応あんたら、そのヘンのプロなんじゃないの?
尾行にしろ、交渉にしろ、基本的なことが抜けている」

「はあ」

いつの間にか説教めいた口調になっている女の言葉を
男B は半分だけ聞き、半分は聞き流した。

確かに、最初に殴りかかっていったのは気短なタカギの方だが、
その前にタカギを挑発したのは、女の方ではなかっただろうか。
女に言わせれば、売られた喧嘩を買っただけ、ということなのだろうが、
男B としては、喧嘩を売らされた感がある。
だが、それを女の面と向かって口に出す気は、勿論ない。
事の始めよりは、女の激昂も幾分治まっている今、また機嫌を損ねるのは得策ではない。

気の抜けた男B の返事に毒気を抜かれたのか、
足元で呻いているタカギの横顔に、ちらりと目を落とした女は、少し眉をひそめると、
「手が疲れてきた」 と言い捨てると、タカギのこめかみ辺りに手刀を打ち込んだ。
軽い手さばき。
お前にはこれで充分だ、と言わんばかりの。
だが、ぐっ、と低い一言を発して、タカギは押し黙る。意識が軽く飛んでしまったようだ。

見っともなさ過ぎる、タカギさん。
呆れたような、腹立たしいような複雑な気分で、
男B は白目を剥いたタカギの顔に目をやった。


→ ACT 6-22 へ

タカギもタカギだ。
女の力など知れたもの。
とっとと跳ね除けてしまえばよいものを。

激しく動くと関節が堪えるのだろう、地味に足掻きながら、
それでも女に押さえ込まれているタカギに向かって、男B の憤りが向けられる。

しかし、女はタカギの背の上で、腕の手首と肘をきっちり掴んでいる。
何でもないように見えるが、女がその気になれば、
逆手に取った腕をさらに引き上げて、今以上の痛みをタカギに与えることも可能だろう。

ヒトの身体の間接は、曲がる方向にしか曲がらない。
その方向とは逆に力をかけられているのだから、
できるだけ無理な力を逃がすためには、大人しく押し付けられているしかないのだ。
タカギもそれを本能的に悟っていた。
自慢の怪力は、すべて物言わぬ地面に向けられている。
それ程までに、女の固めは完璧だった。

しかも、ご丁寧に、横を向いたタカギの顔の首元を、女は膝でさらに押し付けている。
タカギが動ける余地は、ますます少ない。

格闘技の試合であれば、
「ギブ、ギブ!」 と声が上がりそうな、そんな光景。
しかし、タカギは決して自らその言葉を吐くことはないだろう。

シンプルで、流暢で、素早く、しかも効果的な攻撃。
さらに言うなら、
女自身は、まったくと言っていいほど自分の力を使っていない。
攻めてくるタカギの勢いを利用して腕を取り、捻り上げただけだ。

あり得ない。
目の前の情景を、まだ信じることができず、もう一度、男B は自分に言い聞かせた。


もともとタカギは短気で浅墓な男である。
一緒に組むことが多くなった最近になって、ようやく、男B はそのことを知った。
身内とはいえ、その浅墓なる気短かさ故に、扱いに気を使わざるを得ないタイプの人間だった。

そして、今もまた。
ひょっとしたら、最初から腕力に訴える腹づもりでいたのではないか。
そう思わせるほど容易く、あっけない程簡単に相手の思惑に乗り、
タカギはバトル・モードに突入した。
自分の制止など、さらさら聞く気はないようだった。

予想外だったのは、相手の女がタカギの圧に微塵も屈した様子を見せないことだった。
この女が誰なのか、脅しつけてまで調べるような命令は受けていないが、
タカギに怯えた女が素直に答えてくれれば、それはそれでよし、と思わないでもなかった。
しかし、答えるどころか、女は逆ギレ状態だ。
しかもキレながら、どこか余裕のある表情で自分達を見下していた。

挙句の果てに。
タカギは、まだ組み伏せられている。
このザマだ。
弄ばれている。

同僚の無様な姿を見せ付けられ、男B の胸中に歯がゆい思いが沸き起こる。

簡単な仕事だと思っていたのに。
男B はため息をついた。
こんな予定じゃなかった。

タカギは倒れ、女は手を緩めず、残りの2人は見物客に徹している。
今回の仕事の仕切りを任された男B としては、微妙な立場にある。
この場を、どう片付けるべきか。
自称・頭脳労働者は、しばし思案した。


→ ACT 6-21 へ

やがて、かわし続けるのにも飽きたのか。
タカギの足元がよろめいた隙をついて、女は自分の顔の横に突き出された腕を払った。

そこからだった。
男B が女の動きに違和感を感じたのは。

女は足を一歩前に踏み出し、タカギの腕を左手で掴んだ。
そして、片方の手でタカギの脇腹を突いた。
そんなに強く、ではない。ごく軽く。トン……ぐらいの勢いで。
少なくとも、男B には、そう見えた。

だが、タカギは身体を折り、そのまま地面に膝をついた。
女はその隙を逃さない。
タカギの手首を掴んだまま捻ると素早く背後に回り、もう片方の手で、次は肘を取った。
そのまま、タカギの腕を背中から遠ざけるように、グイと真上に引き上げた。

ああ、あれはちょっと、いや、かなり痛いんじゃないだろうか。
タカギが思わず、うぉっと叫ぶのを耳にしながら、
男B は自分の腕が取られているような錯覚を起こし、眉をしかめた。

捻られて表側と裏側が入れ替わった腕を、
さらに普段とは異なる方向、つまり後正面に向かって無理やり曲げられようとしているのだから。

そして、腕が天を突いて身体から引き離されるにつれて、
もう一方のタカギの肩は、おのずと地面へ傾く体勢にならざるを得ず、
前のめりになっていくところを、あっけなく地面に引き倒された……というわけである。


その動作の全てが、
流れるように、
吹き抜けるように、
一瞬で行われた。

タカギの巨体が崩れた後、その場は沈黙に支配された。
不気味な、そして不穏な沈黙である。

あり得ない。
たった今起こった一連の光景を何度も頭の中で繰り返しながら、声に出さずに呟く。

殴る、蹴る、というありがちな手段なら、まだ判る。
少なくとも、つい先程タンカを切った女のキレっぷりから考えると、
そういう直接的な攻撃を仕掛けんばかりのノリと勢いがあった。

いや……やはり判らない。
何しろ、華奢な女 vs 大の男、というタイトルマッチそのものが
まるで子供の頃に見ていた、出来の悪い TV アニメのようで現実味がない。

さほど苦労もなく、しかも息すら乱れさせずにタカギを組み伏せる女の姿は、
男B にとって悪夢のようなものだった。


離れたところから2人が対峙する姿を見ていた他の2人、男C、D はといえば、
事ここに至っても動かず、面白いものを見たような表情で、軽い蔑みと好奇の視線を向けている。
勿論、前者はタカギに、そしてもうひとつは、女の方に。

男B は、男達を軽く睨んだ。
睨まれた方は、揃ってそっぽを向く。
心の声が聞こえるようだ。
『加勢しろなんて言うなよ。だったら、お前が行けばいい』

……どれだけ嫌われてるんだ、タカギさん。
男B はため息をついた。
いや、俺も決して好きではないけれど。
それにしても、少しぐらい手を貸したっていいだろうに。
そう思いつつ、男B 自身もそんな素振りを見せようとしないのは、
腕に自信がないから、という控えめな理由だけではない。


→ ACT 6-20 へ

プロフィール
HN:
J. MOON
性別:
女性
自己紹介:
本を読んだり、文を書いたり、写真を撮ったり、絵を描いたり、音楽を聴いたり…。いろいろなことをやってみたい今日この頃。
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