空が薄明るい光を放ち、人々の動きがゆうるりと街に流れ出す頃。
無遠慮に注がれる外の光を厚いカーテンで遮った彼女の部屋は、いつものように薄暗い。
壁際のベッドの上は無人である。
寝息は部屋の中心に置かれた長椅子の上から聞こえてくる。
古びた布張りのクッションの上では
人の形に浮き上がった毛布が一定間隔で上下に動いていた。
毛布の端から黒い髪が覗いて、蛇のような形でシーツの上に陰りを流している。
平穏なる眠りをこよなく愛する彼女の、寝姿である。
突然、彼女の鼓膜に電子音を伴った不愉快な振動が届く。
いつも聞き馴れている癖に、いつまでたっても聞き慣れない音。
頭の中から少しずつ眠りを追い出そうとする室内電話 - イン・フォン - の響き。
それはコールに答えるまで鳴り止まない仕組みになっている。
離れた場所からでも有機的な音声の類を拾ってくれるイン・フォンは
数年前に彼女がマーケットで手に入れた代物で、受話器を取らなくても通話できる。
少しの手間も惜しみたい怠惰を身上とする彼女は、生来の不精さからそれを衝動買いした。
大抵の場合は、階下からの呼び出しに使われるイン・フォンだったが
時には、彼女にとって迷惑なこと極まりない目覚ましアラームとしても効果がある。
たった今のように。
PiPiPiPi ……
甲高い電子音は続く。
動きが止まっていた毛布の隙間から、根負けしたような吐息が響き、そろりと手が延びてくる。
眠たげな動きを見せる彼女の指が辺りを探り
銀色の無機質なフォンの送話ボタンへとたどり着くまで、それでもかなり時間がかかった。
「……だ?」
誰だ、と尋ねているつもりの彼女だが、前半が声になっていない。
『やっぱり寝ていたな』
スピーカーから声が響く。
思わず反抗したくなるほど断定的な男の声。
彼女は毛布から顔を出し、声の主を思い出そうとして朧気な記憶の中を手探りした。
半分閉じたままの瞼に、乱れた髪が厭わしげに降りかかる。
髪を掻き上げて視界が明らかになると同時に
スピーカーの向こうにいる男の名前が彼女の頭の中に浮かび上がった。
「ああ……諛左 (ユサ) か」
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