『ああ、じゃない。いつまで寝ているつもりだ』
「いつまでって……いま何時?」
『9時半すぎ』 諛左と呼ばれた男は素っ気なく答え、素っ気なく付け加えた。
『朝の』
「朝の9時半……。まだ明け方じゃないの。起こすんじゃないよ」
『世間では今の太陽の位置を明け方とは言わない』
「太陽がどこにあるかなんて知るか。
正午前なら8時だろうと9時だろうと10時だろうと同じことなの。
知ってるだろう、キライなんだよね、朝は」
『知っている。今までに何度も聞いた』
「だったら、なんで起こす」
ぶっきらぼうに彼女は尋ねた。
電話であれ、直接の対人であれ、起き抜けの彼女の反応は大体いつもこうである。
朝がキライだと言うが、ならば夜ならいい、というわけではない。
時間帯とは関係なく、他人に眠りを邪魔された時には機嫌が悪いのだ。
フォンの向こうにいる諛左も彼女の不機嫌の理由は判っているようで
もう馴れている、といった諦め混じりの口振りで先を続けた。
『なんで、とはふざけたことを。仕事以外にお前を起こす必要があるか?
でなければ、この建物が火事になろうと爆破されようと、
お前の安眠を邪魔するつもりは全くない』
ありがたいのか、その逆なのか分からない諛左の返答である。
「仕事ねえ……」
彼女の声はまだ曖昧で、それに対する諛左の口調は明確なことこの上ない。
『11時に依頼人が来る。
それまでに、そのボンヤリ頭を雲の外に引っぱり出して、とっとと下に降りてこい』
「依頼人?」
『そうだ』
「それ、聞いてない」
『言ってないから』
「……そゆコトは前もって言ってもらいたいんだけど」
『今言った』
「……」
ガキかよ。
彼女はため息をつく。
「……あんたが探してきた客?」
『そう』
「それは気が乗らないねえ……」
ムダだと知りつつ、彼女は軽く自己主張をしてみる。
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