ニホンから遠く離れた異国の地では、未だ混乱が続いている。
『大災厄』 後、散り散りになった領土の覇権をめぐり、
旧大国と新興国との最初の争いが勃発したのは、今からおよそ500年前。
以来、トーン・ワールド各地で内乱やクーデターが頻発し、
現在も、歴史の暗い部分を引きずっている。
争いを逃れて、より平穏な、たとえばニホンのような国に流出する者。
報酬を求めて、傭兵 -マセナリィ- となる者。
異郷での現実も知らずに、ただ、ただ毎日の生活に追われて生きる者。
散り散りになった破片の世界の中では
人々までもが、ばら撒かれたビーズのようにあちらこちらへ転がり続けている。
収拾がつかないこと極まりない。
それを傍目に、ネオ・セブンは 『大災厄』 前の勢いを取り戻すべく、復興に余念がない。
同じアースの上で起こっている出来事には、温度差があり過ぎる。
今の世の中を構成している、大小様々で不自然なパズルのピース達。
それらが収まるべきところに収まり、
誰にとっても満足できるほどに世界が完成するまでには、
まだまだ時間がかかるのだろう。
J はため息をついた。
窓からの景色は、自分もごく小さなその破片の一つなのだということを
否応なく J に思い知らせるのだ。
J だけではない。
ニホンの片隅で、争いもないが理想もなく生きるダウンエリアの人々には、
どこかしら倦怠が付きまとう。
街がくすんだモノトーンに見えるのは、
きっと住人そのものが色を持たずに燻っているからなのだろう。
しかし。
世の中が千々に乱れようと、人々がどんなに転がり続けようと
K-Z シティはお構いなしに蠢いている。
人々の生み出す倦怠と欲望と虚偽によって。
それが、J の暮らす街だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ダウンエリアの一画。
表通りから一本裏に入った道筋にある4階建の旧いビル。
それが、J の仕事場兼居住スペースである。
この界隈は地価が安いことで知られているが
それでもビルを丸ごと一軒借り切っている人間は、そうはいない。
もっとも、ビル自体の数が少ないのだが。
『何でも屋』 がそれほど実入りのいい仕事なのか、と
他人の懐具合を探る人々も多いが、決してそうではない。
勿論、J が何らかの不正を行った、というわけでもない。
むしろ、当たり前よりも格安の借り賃で偶然手に入れた物件である。
ビルのオーナーによると、何やら 『曰くつき』 の代物だということらしい。
これまでの借主が次々と不幸な事故に見舞われているうちに噂が立ち、
今では誰も手を出そうとしなくなった、とのことだった。
もっとも、どんな 『曰く』 なのかを懸念するほど J の神経は細くはない。
安さだけが価値基準である。
とはいえ、時折滞納することもあるが。
少なくとも、2年前に J が借主となってからは、
建物に巣食う不吉の陰よりも J の強運が上回っているのか
取り立てて不幸と呼べる程の事件は起こっていないので、J 自身は良しとしている。
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