そんな正体不明のワカツが作った正体不明の料理をハシでつつきながら、
アリヲが感心したような声を上げる。
「わー、今日はちょっとスゴイんじゃない?
肉みたいなモノが入ってる。ホンモノかな」
「それはないだろう。人工タンパクだって」
「それでも珍しいじゃん。いつもはほとんど野菜だけなのに」
「しかし、相変わらずグロいのに、ウマいな。
これだけ味がいいんだから、
見た目をも少しどうにかすれば、もっと客もたくさん入りそうなモンなのに」
そう言ってチラリとワカツを見た J に、
その言葉が耳に入っていた様子のワカツは無言で目をそらす。
どうにかする気は全くないらしい。
しかし、自分の料理に対する賛辞や、
空腹も手伝って小気味よいほどに皿の上の物体を平らげていく2人の姿は
この無愛想な男にとっても嬉しいようで、少しばかり口の端が上がっている。
2人の皿が半分ほどカラになった頃、
「おー、J がいるじゃん」
と、店の入り口に姿を現した人影があった。
振り返った J の目に映ったのは、長身で痩せぎすの一人の男。
「お、あーちゃん」 J が男に声をかける。
「久しぶりだなー、J。元気だったかぁ?」
『あーちゃん』 と呼ばれた男は、ニンマリと笑って J の肩をポンと叩いた。
どこか奇妙な印象を見る者に与える男である。
クセのある金髪を肩甲骨の位置よりも長く伸ばし、
丁寧に左右に分けて三つ編みにしている。
金髪の下に納まっているのは、やや面長でアゴが尖った、逆三角形の顔。
馬面、という表現が一番しっくりくる顔つきで、
丸いレンズのサングラスをかけているため今は隠れているが、目は青い。
髪と同じ色の髭を鼻の下にたくわえ、
口元はいつも笑っているように左右に広がっている。
そのせいで、何となく人好きのするタイプのようにも見える。
一目で硝子玉と判るアクセサリーを幾重にも首からぶら下げて、
その音が時々ジャラジャラと耳を打つ。
体にぴったりとしたシャツは、薄ら寒い季節にもかかわらず半袖で、
袖口から伸びる腕は細く筋張っているため、まるで昆虫の足のようだ。
薄暗い舞台に立てば、前時代的なロック・ミュージシャン、
あるいは、路上に座り込めば、二束三文の商品を売りつける露店の主人。
そんな胡散臭さを感じさせるこの男は、実はダウンエリアの情報屋である。
もっとも、それは副業であり、本業は飲み屋の従業員で、
時間帯から考えると、今から出勤、というところだろう。
男は J の肩に回した手をそのまま滑らせ、J の細い首に腕をからませた。
「しばらく会えなくて寂しかったよん、J」
「わー、抱きつくな、鬱陶しいっ」 思わず J が叫ぶ。
「あーちゃん、髪、髪がジャマ」
「J ってば、相変わらず冷たいじゃーん。
でも、そういうトコが好きだよん」
そう言いながらも、男は J のつれない言葉を気にしている様子でもない。
J の隣では、デイリーペーパーを読みながらハシを進めていたアリヲが、
男の姿を見て手を止め、
「わー、あーちゃんだ、あーちゃんだ」 と嬉しそうな声を上げた。
「おう、アリヲ。お前も久しぶりだなぁ。元気だったかぁ」
男は飛びついてきたアリヲを受け止め、しっかと抱き返した。
「うん、元気ー。あーちゃんは?」
「オレはいつでも元気元気、元気すぎて困っちゃうわ、ってなくらいよん。
オレほど元気な人間って、正直この界隈にはいないんじゃねえかぁ?」
「2人とも、もう止めな」 横で見ていた J が口を挟む。
「知らない人が見たら、変質者に襲われてる少年だ、まるで」
「失礼しちゃう」 男はムッとした顔をしてみせた。
「オレ、変人だけど、変態じゃないよん」
奇妙かつハイテンションな口振りで答えると、男は大げさな身振りで
アリヲと反対側の J の隣席に腰掛けた。
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