「それそれ、それがさぁ」 と、あーちゃん。
「ダークスーツに黒ネクタイ、しかもサングラスだよ。ステロにも程があるっちゅうの。
今どきマフィアだって、あんな絵に描いたようなカッコしないぜ。
もう笑っちゃうの何のって、あーおかしい。
オレだったら、あんなモン着て街中歩く勇気ないよぅ。絶対ゴメンだね」
あーちゃんは、本当に可笑しそうにクツクツと笑った。
「まあ、見るからにヤバいって感じなんだけども」 あーちゃんが続ける。
「あ、もしかしたら、ヤバいスジっていうより、警察関係ってコトもありうるねぇ」
「え」 J が露骨に嫌な顔をする。
「だって、あの冠婚葬祭いつでも OK、みたいなヤボったいスーツは、ぜーったい既製品だよん。
サイズも合ってないし、生地もよくないし、バーゲンで買ったような安物だよん。
薄給の警察官にはちょうどいい、って感じ?」
だよんだよん言っているが、こう見えても情報屋としてのあーちゃんの目は鋭い。
辺りの空気にそぐわない人物や気配には敏感で、それを瞬時に察知するのだ。
「警察がらみの厄介ごとは、あのアル中オヤジだけで充分だ」 ウンザリ顔で J が言う。
「ははあ、NO のおっさんか。J はアイツに目ぇつけられてるからなぁ。
相変わらずストーキングされてるらしいねぇ。
それって、むしろ愛されてるって言った方が……って、いや、冗談だよん、冗談」
目の前で J が握りこぶしを振り上げた姿を見て、一瞬あーちゃんが真顔に戻る。
「そんなコワイ顔しないでさぁ。罪のない冗談じゃないの」
「そういう冗談はオモシロくないぞ、あーちゃん」 J が憮然とする。
「NO に付き纏われて喜ぶ人間がいたら、見てみたい」
「だから、冗談だってば。怒るなよぅ……でもさぁ」 あーちゃんが話を戻した。
「警察の人間にしては、まとってる空気がピリピリしてんだよなぁ。
そのせいで、身を隠しているつもりかもしれないけど、結構目立つし、
さりげないふうを装っているフリが板についてないしねぇ。まあ、20点ってトコロかな。
でも J に気づかせなかったって点を考慮すれば、んー、35点だなぁ」
「……何となく気づいてはいたんだい」 少しムッとする J。
「んー、そういう負け惜しみも、オレ、好きだなぁ」
「負け惜しみじゃないやい」
「まあ、連中のファッションセンスのなさは無視するとしても、
尾けられる心当たりとか、あんの?
J ってば、また物騒なコトに首突っ込んでるんだろ?」
「そんなことはない。ここしばらくは荒事とは無縁の平和な毎日を送ってる」
「そうかぁ? そう思ってるのは自分だけカモよん」
「よん、って言われてもねえ……」
不可解な表情をしてみせた J だが、
尾行されている事実に対して、誰が、何の目的で、と疑問を呈してはみたものの、
思い当たることといえば、ひとつしかない。
そう、例のハコムラがらみの依頼。
今のところ、それ以外の仕事を請けてはいないのだから。
だが、そうだとしても、判らない。
いわゆる、麻与香が言っていたスペル・コーポレーションの連中だろうか。
それとも、ハコムラ内部の人間か。
あーちゃんの話からすると、どうやら尾けているのは、ちょっとヤバめの連中らしい。
となると、誰かが雇った裏プロ、ということも考えられる。
いずれにしても。
「……早すぎる」
つい、J は口に出して呟いた。
→ ACT 5-19 へ