「それにしても」 しばしの沈黙の後、阿南が口を開く。
「ミス・フウノが……」
「千歩譲って 『フウノ』 と呼んでも良しとする」 と、J が阿南を遮る。
「でも、『ミス』 は取ってくれ。
センタリアンのあんたに 『ミス』 なんて呼ばれると、なんかバカにされてるような気がする」
「別にバカにしてはいない」
「いいから」
「わかった、怒るな……つまり、何だ……フウノが、あいつと知り合いだとは思わなかった」
「それは、こっちの台詞」 J はちらりと阿南に目をやる。
「まさか、あんたと……諛左が古い顔見知りだったとはね」
それは、J にとって突然の、そして意外な事実だった。
勿論、阿南にとっても。
J はつい先程の、空き地での一幕をぼんやりと思い出す。
ブラック・スーツの一団が去った後、疲れ果てた J の目の前に、突然阿南は現われた。
ハコムラの警護人が、何故ここに? という驚きと、それに対する答えもないまま、
しばらくの間、2人は睨み合っていた。
遅ればせながら諛左が駆けつけたのは、そうやって2人が無言のまま対峙していた、
そんな微妙な空気の真っ只中だった。
「諛左」
現われた諛左に視線だけを向け、どこかホッとしたような調子で小さく J が呟く。
その呟きに、阿南が少し身じろぎした。
「ユサ……?」
J から目を離し、阿南は諛左に身体を向けた。
その表情には、何かを思い出そうとしている様子が窺えた。
一方、やっぱりここにいたのか、と J に声をかけるよりも早く、
予期していた以外の人影が目に入るやいなや、諛左は素早く全身に警戒を走らせた。
しかし、その人影から発せられた言葉に、今度は諛左が驚きの表情を浮かべる。
「……バウル・グランデの戦線にいた、ユサ・カイトウか?」
意外なところで名を呼ばれ、諛左が立ちすくむ。
「……誰だ?」
答えはない。
無言のまま、街灯の光を受けて暗闇の中にうっすら浮かぶ阿南の顔を見つめ、
やがて、諛左は探るように相手に尋ねた。
「アナム……アナム・ジャフナンか……?」
答えずに阿南は薄く笑った。
「なんで、あんたが?」 と、諛左。
「何故、お前がここに?」 同時に阿南。
「お前ら……知り合い?」 と、2人を見比べながら、J。
その場にいた3人が、それぞれ疑問を投げかけた。
どの問いにも、答えはない。
数秒間の沈黙。
誰もが、自分以外の2人の顔に、交互に視線を走らせた。
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