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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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老人は、マティロウサの久方ぶりの客人である。
まさしくこの魔女の知己に相応しく、幾星霜もの時を生き、この世で起こる全ての事をその穏やかな瞳で見据えてきたであろうような風貌である。

マティロウサに出されたアサリィ茶を啜りながら、老人は今、まるで美しい音楽でも聞いているような表情で目を閉じ、考え事をしている。
それをマティロウサが腹立たしげに、そして幾分不安げに睨んでいた。

「ふむ、じゃあないだろ? さっきから話をはぐらかしてばっかりじゃないか。いい加減、本題に入っとくれよ。ただでさえこっちは驚いてるんだからね。谷に籠って以来なんの音沙汰もなかったあんたが、今になって顔出すなんてさ。一体どういう訳があって……」

「谷にも飽きてな、というのは理由にならんか」

「ならないよ」

にべもなくマティロウサが否定する。

「はっきり言っとくれよ、シヴィ。何で今更あたしを訪ねてきたのさ」

「予想はついておるんじゃないのかね? え、マティロウサ。お前様だって感じておらん訳じゃなかろうが」

「何をさ」

老人は答えず黙り込む。

「シヴィ」 マティロウサは、もう一度声をかけた。

シヴィと呼ばれたその老人は、アサリィ茶を一啜りして、ようやく言葉を絞り出した。

「……時が経てば、期は満ちる。どうやら、そういうことじゃ」

今度はマティロウサが口を閉ざす番だった。老いた魔女の表情が少しずつ強張っていくのを見つめながら、シヴィはゆっくりと、そして一言一言はっきりと言った。

「わし等はずっとそれを知っていたじゃろう? マティロウサ。いずれこの時が来るのをな。いわゆる……伝説の具現を」

「……七と一つの水晶」

マティロウサの声が震える。普段の魔女からは考えられないことである。

シヴィが静かに頷いた時、マティロウサはほんの少し青褪めながらも、落ち着きを取り戻した

「『目覚め』 が、近い……と?」

「ううむ」

マティロウサは眉根に深い皺をよせ、半分目を閉じて何事かを思い悩んでいる様子で再び黙り込んだ。部屋の中を沈黙が支配する。

やがて魔女が口を開く。

「でも、あたしたちには手出しができない。あんただって分かってるんだろう」

「直接関わるわけにはいかん。じゃが、『騎士』 達の手助けをするぐらいは出来る。それに 『黒き歌人』 はもう既に目覚めておる」 シヴィは言葉を切った。「谷でな」

「一人だけが目覚めていても意味はないよ、シヴィ。他の 『騎士』 達が必要だよ」

「水晶が 『目覚め』 れば、『騎士』 達もそれに魅かれて世に現われよう。その逆もまた然り。『騎士』 達の気配があれば、水晶はそれを追う。あの古の詩のようにな」

「あの詩……」

マティロウサは心の中にしまいこんだ記憶のかけらを静かに呼び起こすように、我知らず一つの詩を口ずさみ始めた。

「 その上 ナ・ジラーグというありて
 かの地ダルヴァミルにとどまり
 奇しく織り成す数多の彩を縒り集めて
 七と一つの水晶を造れり……

 ずっと伝説のままでいてほしかったね、出来ることなら」

「それも叶わぬことじゃ」

マティロウサは大きく溜め息を一つついた。まるで国を一つ消してしまう程の魔力を使い果たした後のように、貌からは血の気が引き、鋭い瞳にはいつにない疲労の影がありありと見て取れた。
シヴィすら、話し終える前と後では顔付きが少しばかり変って見え、先程マティロウサに軽口を叩いていた時に比べると、やはり表情は暗い。

アサリィ茶がすっかり冷えきって茶碗の中に残っているのを見て、マティロウサは大儀そうに手を延ばし、机の端に置いてあるポットを引き寄せた。

「しかし」

少しばかり忌々しそうに、マティロウサは呟きよりも大きな声で言った。

「しかしまあ、一体何て話を手土産に持って来てくれたもんだろうね、まったく。そうと分かってたら、家に入れるんじゃなかったよ。ああ、腹が立つったら」

「八つ当たりはいかん、八つ当たりは。運命には逆らえんよ、いくら魔女のお前さんでもな。まあ、ここでうだうだ言っていても仕方のないことじゃ。そういうわけで、わしにも茶をもう一杯」

いつの間にか、シヴィは元の穏やかな顔に戻っていた。差し出した茶碗にマティロウサがぶつぶつ言いながら薬草茶を注ぐのに目をやり、シヴィはぽつりと呟いた。

「わしらがこの世に生を受けるそれ以前からの約束事じゃ。妖精達すら覚えておらぬ昔の事ゆえ」

「伝説の具現、か」

マティロウサが面白くなさそうにシヴィの言葉を引き取った。

「そういえば、この間、氷魔が同じような事を言ってたよ」

「氷魔というと? 魔道騎士の名らしいが」

「あたしが位を授けてやった子でね。まだ16のくせに一度で受かっちまった可愛げのない若造さ」

「ほう、16才でのう」

シヴィが興味をそそられたように身を乗り出す。先程までしていた深刻な話のことなどもう忘れてしまったかのようだった。話題が変わってむしろ喜んでいるようにも見える。

「それは、さぞ優秀な騎士であろうな」

「年若くして資格を得るのが優秀だというなら、もっと優秀な子がいるよ」
皮肉めかした口調で魔女は言った。
「そっちの方はもっと問題の多い子だけどね。魔白っていって、15になって五日も経たないうちに騎士になっちまったよ」

「15?」 さすがに驚いたようにシヴィが尋ね返した。「そんな子がいるのかね?」

「いるんだよ、それが」

「ほう。逢うてみたいもんじゃな」

「あんたとなら話も合うだろうさ。何てったって憎まれ口と減らず口と軽口しか知らない子だからね。しかも厄介なことに、このヴェサニールの跡継ぎで、やんごとない王女の身ときている」

「変わった娘じゃな。ますます逢うてみたくなった」

「逢えるかどうか。前はちょくちょくここに顔を出してたけど、今はそうもいかないらしくてね。何しろあんな話がいきなり持ち上がっちまっちゃあ」

「あんな、とは?」

シヴィの問いに、複雑な表情でマティロウサは答えた。

「結婚話さ」



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