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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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その老いた旅人は、自らの足取りの不確かさにすら気付かぬ様子で、ヴェサニール公国の裏に位置する『彼方森』の外れをゆらゆらと彷徨っていた。

もう幾年の旅の世を重ねてきたのか、ただ、老人の跡形もないまでにすり切れた旅装束と革靴、そして伸び放題の白髪と薄い髭だけが、それを教えてくれた。

異様な輝きを双眸に湛え、人が見たなら直ぐにその老人が正気を失ってしまっていることに気づいただろう。しきりに独り言を呟いては、肩から下げた麻袋を強く押さえ、まるでそれが口を利き、返事をするとでも言いたげに話しかける。

「もう直ぐだな……」

老人は歩みを止めて、袋を目の高さまで持ち上げると、震える手で口紐を解いた。
恐る恐る中を覗き込み、そして、まるで忌むべき物を目にしたかのように嫌悪も露わに目を眇めた。

「もう直ぐ、この森を抜ければ、私を自由にしてするのだな……?」

狂人特有の熱に浮かされたような口調で、老人は袋に、というよりは、袋の中身に向かって囁きかけた。嘲るように、それでも、何かを恐れるように。

「よくもこんな長い間、私を捕らえておけたものだな……大したもんだ、え、そうだろ?」

突然老人は笑い出した。咳き込みにも似た引きつった笑い声が木々に響く。
年を経た面相が醜く歪んだ。

「だが、もう直ぐだ。もう直ぐ、お前から離れられる」

老人はくくっと喉を鳴らして笑った。

「私の次は一体誰を虜にする気だ、うん?誰を破滅させるつもりだ、え?」

笑い声が次第に高く、ますます狂喜じみてきて、辺りの静寂な空気を震わせた。
旅人は笑い続けた。
もし聞く者がいたなら、思わず身の毛をよだたせたであろう、物狂おしい笑いだった。

笑い出したのと同じくらい突然に、老人は口を閉ざした。

ほとんど乱暴と言えるような仕種で袋の口を閉め、鬱蒼とした森の終わりと知れる、陽射しを通した木々の切れ目を目指して、再び歩き始めた。

「もう少しだ……。あの明るい所へ行けば、もう……」

虚ろに響く掠れ声を薄暗い森の中に残し、老人はゆっくりと、危うく、おぼつかない足取りで、ただただ歩き続けた。



(第一章・完)



          → 第二章 兆候 1 へ

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