「実はね、サフィラ。お父様は一月程前から隣国フィランデの王に、ある私信を密かにお出しになっていたのです」
「私信? 何の」
「縁談です」
サフィラは后の言葉の意味を、一瞬考えた。
「縁談? それは……まさか父上の?」
「何故そうなる! わしが重婚してどうするのじゃ!」 父王は声を大にした。
「何を考えとる、お前は」
「父上の私信というから、もしかしたらと思ったまで。じゃあ……まさか母上の?」
「ますますそんな訳がなかろうが!」
勿論サフィラだってそんな訳がないことぐらい重々承知である。
しかし、先程感じた嫌な予感が、サフィラに話の核心をそらすように強いているのだ。
それを知ってか知らずか、后が猫なで声で続ける。
「サフィラ、私とお父様は極めて円満です。私たちの縁談ではないし、勿論そこにいるクェイドの再婚話でもありません」
お后様、な、何をいきなり、と王の傍らで赤面したクェイドを無視して后は続けた。
「今この城で縁談が最も似合う年頃の人間と言えば」
「なるほど、トリビアかリヴィールですね」 サフィラは后の言葉を引き継いだ。
「あの二人には良い嫁ぎ先を見つけてやらねばと、常々私も思って…」
「それも違います」
あくまで話をそらそうとするサフィラに、后は断固としたように言い放った。
「お前の縁談です」
サフィラが何か言うよりも早く、ここまで話せば後は同じだと思ったのか、后は火がついたように一気に話を押し進めた。
「つまりお前にふさわしい良い婿としてフィランデの王子を選び、国王に向けて手紙を送ったのです。私は反対したのですよ、私はね。まだ15になったばかりだから早すぎると。ところがお父様ときたら『ただでさえ変り者の娘なのに、この上年をくってしまったらそれこそ貰い手もなくなりかねない。仮にも一国の王女が行かず後家なんて体裁が悪すぎる。だから早いうちに片付けてしまわないと』 などと情ないことを言い出すものだから」
「お前、何もそういうことまでこの場で持ち出さなくても」
「子供は父親の本音を知っておいた方がいいんです。それでね、サフィラ、仕方なく私も黙っていたんですよ。そして、そうこうするうちに、ついにフィランデの方から使者が……」
「先程話した使者じゃ」 王が口をはさむ。
「そう、先程の使者です。その使者がフィランデの王直々の手による正式な書状を持ってきたのです。『フィランデ第三王子タウケーンとの婚姻を認める』 と」
「つまり今日この日より、我がヴェサニールとフィランデは姻戚関係と相成ったわけだ。二国にとってこれほど喜ばしいことがあろうか。いや、ない。わしはフィランデの王を知っておるがなかなか良い奴で、若い頃はよく共に狩りに出かけたり剣試合をしたりと、それはもう……」
「貴方、それはいいから。というわけでサフィラ、貴方に一言も言わなかったのは悪いと思いましたが、言うと絶対に反対するとお父様が言うもので」
「またそうやってわしのせいにする。サフィラの耳に入ったら魔道で城を壊されかねない、と言ったのは、この母のほうだぞ」
「それはともかく」 と后は咳払いをした。
「そういうことで、ギリギリ直前まで黙っていようということにしたのです」
「うむ。式は来月じゃ。あと一ヵ月で全ての準備を整えねばならん。忙しい月になりそうじゃ」
妙にうきうきと王が言った。后もそれに同調する。
「そうですわね、招待するお客様のリストを作らなくてはならないし、当日の料理、それから、何よりもサフィラのウェディング・ドレスも作らせなくては」
「来月というのは少し早すぎたかもしれんな。なにしろフィランデの国王は結構気の早い奴で、思ったがすぐ行動しなくては気がすまないという男だからな」
「貴方と同じじゃありませんの」
「いやあ」
始めの深刻な様相はどこへやら、いつの間にか二人は一ヵ月後に来る娘の晴れ舞台を心に思い描き、自分勝手に盛り上がっていた。
そしてやたらと浮き立っていたために肝心のことを忘れていた。
つまり、目の前の娘の存在である。
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