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蝶になった夢を見るのは私か それとも 蝶の夢の中にいるのが私なのか 夢はうつつ うつつは夢


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サフィラは黙っていた。
何も言わなかった。身動きもしなかった。
余りに静かだった。
静かだったために両親は結婚する本人であるサフィラの心境を推し量ることを忘れていた。
まるで自分たちが再び式を上げるような騒ぎである。

「……ません」

黙っていたサフィラがようやく口を開く。
微かに声が震えて聞こえるのは、言うまでもなく怒髪が天を突いているせいである。
つまり、強烈に腹を立てていたのである。

盛り上がっていた王と王妃は、サフィラの言葉が聞き取れず、

「ん? 何かな、サフィ……」 と、尋ね返す。

王の言葉が言い終わらぬうちに、サフィラは声を大にして同じ言葉を繰り返していた。

「承服できませんっ。絶対、絶対、ぜぇったいに私は認めませんっ。誰が認めるもんか。縁談? 冗談じゃない。私はまだ15ですよ? いや、そんなことはどうでもいい。フィランデの王子? そんなあからさまな政略結婚、本当に冗談じゃありませんよ。結婚? 婚姻? 喜ばしい? めでたいと思っているのは父上と母上だけでしょう。何度も言いますが、冗談じゃない!」

「だから冗談じゃないんですよ」

さすがに、娘の剣幕に真顔に戻った王妃はやんわりと言った。

「私達は勿論、フィランデの王も既に乗り気です。こちらが言い出したことなのですから、今更取り止めてくれと言うわけにはいかないのですよ、サフィラ。内緒にしておいたのは、お前の気を乱すまいと考慮して」

「事を円滑に進めようと考慮して、と聞こえますが」

「いえ、別にそういうわけでは」

「誰が何と言おうと、当人である私がはっきりと拒否しているのをお忘れなく。ああ、親子の断絶は下々の世の習いとばかり考えていましたが、まさかこの我が身にもふりかかってくるとは……」
サフィラはぼそりと付け加えた。
「いざとなったら私の全身全霊を傾けて、実力行使で拒絶します」

サフィラの言葉に、思わず王が悲鳴を上げる。

「サ、サフィラ、城を破壊してはならんぞっ」

「……そこまでしませんが」

「ともかく」 なだめるように、しかしきっぱりとした口調で王妃は言った。
「これはもう決まってしまったことなのです。さっきお前は未だ15だと言っていましたが、私はその年にお前を生んだのです。ですから結婚には十分適齢期ですよ。それに、政略結婚は姫君の常。私も同じように親の言われるまま結婚を言い渡されて、お父様のもとへ嫁いできたのです。私だって最初は、見ず知らずの男性と一緒に暮らすなど嫌で嫌でたまりませんでしたよ」

「……お前、そんなに嫌がってたなんて、わしは初耳だぞ」

「あら、ものの例えですわよ、ものの。そういうこともある、という話ですわ。……貴方、そんな悲しい目をなさらないで」

「だってお前……」

「お取り込み中、失礼ですが」 
ほんの一瞬、存在を忘れられたサフィラが、疲れたように二人に声を掛けた。
「母上と父上の馴れ染めは結構。生憎、私は母上のように素直に親の言う事を聞き入れる、という芸当は到底出来ない質です。そのことはお二人が一番よく御存じだと思っておりましたが」

「それは知っておる。知り過ぎている程よっく知っておるつもりだ、うむ」

「そんなに強調せずとも結構です」

「フィランデの王様は良い方ですよ。何も不安に思うことはありません」

とって付けたような王妃の言葉に、サフィラはあからさまな疑いの目を向けた。

「……父上、母上。私が何も知らないと思ってらっしゃるのなら大間違いですよ。あのフィランデのタウケーン王子の噂を」

サフィラの言葉に、突然王の態度がそわそわとしだした。
妃も困ったようにあらぬ方向に目を向ける。

「何のことかな、ん?」

「おとぼけでない。街に下りた時に西からの旅人や商人からよく聞いています。どうしようもない放蕩息子らしいですね、タウケーン王子というのは。宝物蔵の中身は無断で拝借するわ、怪しげな輩に混じって悪さはするわ、
しかも城に仕える侍女で王子の手がついていないのは、60近い小間使い頭の婆様ぐらいしかいないそうじゃないですか。そういう救いがたい男の下へ嫁に行けと、本気でそう仰せなのでしたら、城の一つぐらい破壊してさしあげても、まだ足りないくらいです。たとえ私じゃなくったってそうするでしょう」

「そんなことするのはお前くらいのものです」

と、后が口をはさみかけたが、サフィラはそれを遮って言葉を続けた。

「確かに、そんなどうしようもない王子の他には、私みたいに男か女かも分からない、育ち損ないの王女もどきの貰い手はないだろう、とお考えになるのは尤もな話です。どうせフィランデ側だって、これ幸いとばかりにタウケーン王子を押し付けてきたに違いない。三人も王子がいるんだから、一人くらいそこら辺の小国にでもくれてやれってなもんでしょう。だからって厄介者扱いされて片付けられるんじゃ、片付けられる方はたまったもんじゃありません。向こうだって、そう、タウケーン王子だってきっと嫌がっているに決まってる」

「いや、ものすごく乗り気だそうじゃ」

「そう、すごく乗り気で……はい?」

サフィラは眉をひそめ、王がここぞとばかりに言葉を引き継いだ。

「王子はものすごく乗り気らしいぞ。フィランデの王がそう書いてよこした」

「我が子かわいやの王の言葉では信用できませんね」

「信用のおける奴じゃ。保証する。それに……まあ、お前が今言ったタウケーン王子の噂話の全てを否定はせん。だが、それ程ひどい人間ではない、と言う事も付け加えておかねばならぬ。噂には尾ひれがつくものじゃ。それに、なかなかの美男子だぞ。お前だって今は少年のように見えるといっても、それなりの格好をすれば大層美しい……と思う。たぶん」

王は幾分自信なげに言った。

「ともかく、似合いの一対になるじゃろうて。年齢も25。15のお前と不釣合な年ではあるまいが」

「大いに不釣合です。似合いの一対? 何度も言いますが、冗談じゃない。ともかく、私は絶対にそんな放蕩王子なんかとは……」

「さっきも言ったように」

ようやく君主らしい威厳を取り戻してサフィラの言葉を途中で遮ると、王は有無を言わさぬ調子で重々しく言い放った。

「式まであと一か月。招待状の手配、晩餐の用意、衣装の準備、一か月の間にやらねばならぬことは山のようにある。お前も然り、じゃ、サフィラ。魔道なんぞに気を取られず、ドレスを着てもつまづかぬくらいには歩けるようになっておけ」

「父上っ」

「トリビアとリヴィールにもよく言っときますからね。これから忙しくなると思いますから、あの二人にもがんばってもらわないと」

サフィラの叫びも聞こえぬ風に、二人は、とにかく早くこの場を去ろうという様子を隠しもせず玉座から立ち上がり、戸口へと向かった。きっぱりとこう言い残すことを忘れずに。

「お前はフィランデのタウケーン王子と結婚する。そうと決めたら絶対にそうじゃ。例え城が破壊されようと、わしはこの話を進める。……じゃが、本当に破壊するなよ」

王と王妃は 『王の間』 から去り、一時はどうなるかと息を飲んでこの親子劇を見守っていた廷臣達も落ちつかなげにそそくさと王等に続き、後にはサフィラ一人が取り残された。

呆然とした表情から覚めたサフィラは、皆が消えたドアに向かって城も崩れよと言わんばかりの大声で叫んだ。

「父上の大馬鹿者ー!」

当然これは王本人の耳にも届いた。 


翌日、城下の街の至る所に公布板が設けられた。

  『ここに当国第一王女サフィラ・アーロン・ヴェサニリアと
   フィランデ国第三王子タウケーン・ノアル・リオイド・フィランデとの
   婚約を公示するものである。
   これは両国の友好の礎ともなる、極めて重要かつ
   喜ばしい縁談であって……』

これを読んで人知れず涙する娘が少なからずいた、という。



          → 第一章・ヴェサニールの魔道騎士 11 へ

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